544.反撃までのカウントダウン3
「アルム……!」
アルム達が到着した翌日……北部から帰ってきたミスティ達がリオネッタ領に到着した。
湯浴みを終えて旅の汚れを落とすと、ミスティはすぐさまアルムが休む部屋へと飛び込んだ。まだ乾ききっていない銀色の髪はたおやかで普段のきっちりした印象とはまた違う艶やかさがある。
「ミスティ、久しぶりだな」
「ああ……! よくご無事で……!」
部屋に飛び込んだ勢いでそのままミスティはベッドに座るアルムに飛び込む。
ルクスやベネッタ、ヴァンにヴァルフトに加えて……マリツィアと執事の爺やの目がある中の大胆な行動にルクスやベネッタすら少なからず驚く。
「っと……大袈裟だなミスティ」
「大袈裟ではありません……ダルドア領であなた方が捕まったという噂を聞いてどれだけ心配したか……!」
「ああ、すまん……そうか、アブデラ王が噂を流したんだな……」
「当然、欺瞞情報であるとわかってはいましたが、それでも少し不安でした……」
「悪い……。けどこの通りみんなに助けられて無事だ。こうしてミスティにも会えてる」
「はい……よかった……!」
ミスティがより一層アルムを強く抱きしめる。
それを見てヴァンが「若いねぇ」などと茶々を入れているが、二人の耳には届いていないようだった。
しかし、ミスティに抱きしめられていたアルムは突如顔を歪める。
「っづ……!」
「あ、あ、も、申し訳ありません私ったら……! お怪我しているという話は今さっき聞いたばかりなのについ……!」
「い、いや、いいんだ……大分よくなってはいるから……」
「べ、ベネッタ! ベネッタどうしましょう! 私のせいでアルムが!」
「だ、だだ、大丈夫! だ、大丈夫だから、ボ、ボ、ボクを揺らさないでー!」
急いでアルムから離れ、涙目になりながらベネッタの両肩を揺するミスティ。
よほど動揺しているのか普段の様子は一切無い。
そんな慌ただしい部屋の様子を、ミスティから少し遅れて到着していたエルミラとルトゥーラが扉の外からじっと見ていた。
「おいあの二人あれで恋人じゃねえのか?」
「そうよ、馬鹿みたいでしょ?」
「ああ、あいつの前だとカエシウスのお嬢ちゃんは馬鹿って覚えとくわ」
「アルムの事以外なら賢いのよ。ほんとに」
そんなミスティの耳に届けば失礼極まりない雑談を交えてエルミラとルトゥーラは部屋の中へ。
顔を合わせるのは二手に別れて情報収集をした日以来……ヴァンとヴァルフトと人数を増やして、再びアルム達は集まった。
「アルム大丈夫なの? てか、ヴァン先生とヴァルフトなんでいるの?」
「おいおい、俺達の活躍でこいつらは逃げ切れたんだ……もっと敬うんだなロードピス」
「俺は潜入任務だったからな。アルムの魔法見て合流しただけだよ」
「エルミラも久しぶりー!」
「そっちはどうだったんだい?」
「ふふ、聞いてくださいよアルム。エルミラったらかっこよかったんですよ?」
「へぇ、何があったんだ?」
各々雑談をし始めるアルム達の横でルトゥーラからの報告を聞き終わったマリツィアが立ち上がる。
そして全員の前に出ると同時に、アルム達もマリツィアに注目した。
「皆様ありがとうございます。まずはこうしてまた無事に集えた事……それだけでなく新たな協力者を迎え入れられた事にダブラマを代表してこのマリツィア・リオネッタから感謝を」
マリツィアは一礼して続ける。
「旅の疲れもございますでしょうが、まずは互いに何が起こったかについて情報共有を。それが現状の把握にもなるかと思います。まずはアルム様達のほうですが……すでに魔法生命と接触して交戦したと。それどころかアブデラ王の罠によって生還すら危うかったと聞き及んでいます」
「ああ、僕達は使者という形で王都に行ったが……まずはそれが罠だった。迎え入れるなんて表向きだけで、アルムを殺る気満々だったよ。王都にある地下遺跡に挨拶代わりに落とされた」
「その場には私もいましたが……あまりの戦力差にその場はアルム様達を見捨てざるを得ませんでした。この件に関して憤りを覚える方がいらっしゃるのは当然です。どうか後で個人的に私にぶつけてください」
正直にその場で起きた出来事を告白するマリツィアだが、アルムが庇うように口を挟む。
「あの場は仕方ない。どう考えても抵抗するほうが損な状況だったし、先手をとられてた。マリツィアの判断は正しかった」
「アルム様、それはあなた達がこうして生還したからこそ言えるお言葉ですから……現に、アルム様は大怪我を負っています。私の見立てが甘かったゆえに招いた自体なのは間違いございません」
「だが……」
「そのお話は後で……。現状の問題はアルム様という魔法生命に対する大きな戦力を使わされてしまったことです。ルトゥーラさんお願いします」
「お、おう」
マリツィアがルトゥーラにそう言うと、ルトゥーラの瞳の色が変わる。
くすんだ赤から黒に。ルトゥーラは最初に見た時に吐きそうになったことを思い出したのか、躊躇いがちにアルムを見た。
「……確かに、最初に見た時の二割くらいってとこか」
「そうですか……」
しかし、今回ルトゥーラは吐き気を催すことなくアルムの魔力を見つめることができた。
それは全く嬉しくない変化。それだけ圧倒的な魔力を今アルムは失っているということだ。
「けど、俺達よりは多い。隣にいるカエシウスのお嬢ちゃんくらいあるのがえぐいな」
「体の傷のこともありますからね……」
「あ、体のほうはボクに任せてー! 後一週間で痛みがないくらいには回復させてみせるよ!」
ふん、と鼻を鳴らしてやる気を見せるベネッタ。
腕が鳴るというやつだろうか。両手を握って力強いジェスチャーを見せている。
そんなベネッタを後目に、ルトゥーラはアルムをじーっと見ながら言う。
「こいつは魔力が滅茶苦茶あるからつええんだろ? なら役立たずにされちまったってことか?」
そんなアルムの現状を粗野に表現したルトゥーラに苛立ったのか、マリツィアは額に青筋を立てた。
「……誰かルトゥーラさん殺していいですよ」
「『蛇火鞭』」
「うおっ!? いでえ! あっぢー!?」
マリツィアからの許可を得たエルミラがノータイムで下位の攻撃魔法を唱え、火の鞭をルトゥーラにぶつける。
良い子のみんなは家の中で火属性魔法を使うのは危険なのでやめましょう。
どれだけ慣れていても火属性魔法は火事の元。冬の季節は特に火の用心である。気を付けよう。
「アルム様はアルム様、ルクス様、ベネッタ様の三名を失う我々にとって最悪の事態を旗色が悪いながらも全員が揃うこの状況にまで挽回してくださったんですよ? それにも関わらず貴方という人はよくそんな事が言えますね? アルム様に感謝こそすれど貶めるような言葉を吐くとは……この頭の中には何も詰まっておられないんですか?」
「ごめんなさい! 悪かった! 俺が悪かった!!」
アルムに向かって頭を下げさせられ、マリツィアの手で床に額を擦りつけられるルトゥーラ。
必死な謝罪とマリツィアの形相ににミスティ達もこれ以上怒る気も流石に失せて苦笑いを浮かべた。
「いや、実際今の俺は役立たずだ。ルトゥーラさんの言う事も正しい。離してあげてくれ」
「アルム様がそう仰っても失礼な口を利いていい理由にはなりません。そうですよね?」
「はい! そうです!!」
「アルム様に免じて、この姿勢は許してあげましょう」
そうしてルトゥーラの頭は床から解放されるが、椅子に座ることは許されずそのまま床に座らされる。
ダブラマ第三位の魔法使いルトゥーラ・ペンドノート。決して民に見せないであろう情けない姿のお披露目である。
「アルム様の規格外の魔力に頼ることは難しくなりましたが……ヴァルフト様とヴァン様という戦力は間違いなくプラスです。我々に足りなかった機動力を得たのは大きいと言っていいでしょう」
「俺様は元々アルム達を助けに来たからいいがよ、おっさんは協力すんのか? 別の任務があったんじゃねえのか?」
「教師をおっさん呼ばわりするなヴァルフト。元々俺の任務はマリツィア殿とカルセシス陛下の協力前提でやってた潜入任務だ。タイミングは早まったが、俺が合流するのは元から予定通りなんだよ」
言いながら、ヴァンは懐から通信用魔石を取り出す。
「だが、あろうことか通信用魔石が使えなくなっちまったからな。どう合流しようか考えていたところにアルムの魔法が見えて仕方なく合流したってわけだ。まぁ、結果的にいいタイミングだったがな」
「はい。助かりました、ヴァン先生」
「そうだろうアルム。お前はヴァルフトと違ってなんだかんだ俺を敬ってくれるな」
「おっさんって言われたの根に持ってるわねこれ」
「ヴァン先生大人げないー」
エルミラとベネッタの野次に、わかってないな、と言わんばかりにヴァンはゆっくりと首を振る。
「覚えておけ。俺ぐらいの歳のおっさんはな……自分がおっさんだとわかっていてもおっさんだと言われると微妙な気持ちになるものなんだ……」
「な、なんかごめんなさい……」
哀愁漂うヴァンの言葉で微妙な空気になり脱線しかけるが、ミスティがすっと手を挙げて話を元に戻す。
「通信用魔石の件なのですが……恐らくは、妨害の方法を突き止めました」
「そうそう。そのせいで私達ずっとダルドア領に滞在してたのよ」
ルトゥーラも口を開きかけるが、マリツィアに睨まれて口を紡ぐ。
本来二手に別れた内、ミスティ達の責任者だったのだがどうやら先程の失言で発言権を失ったらしい。
そんなルトゥーラに代わって、ダルドア領で見つけたとある存在についてをミスティが口にする。
「第二位のジュヌーン・ダルドアが守護するダルドア領を調査した結果……。通信用魔石や記録用魔石といった音声や映像に関する魔法式を妨害する魔石……恐らくはダブラマのみが独占しており、他国に秘匿していた巨大な魔石の存在を確認しました」
「魔石の妨害……そんなことができるのか」
「一種の対抗魔法のようなものでしょう。呪詛魔法に対する無属性の『解呪』のような。状況からいって秘匿していたその技術をあちらは私達の入国と同時に作動させていると見てよいでしょう。私達が入国するまでそんなものがあるとは夢にも思いませんでしたから……」
ミスティは言葉を区切り、微妙な表情を浮かべる。
「……だからこそ、そのような魔石があるとわかった時に少し違和感を抱いたのです」
「違和感?」
「情報を遮断できるこの魔石は戦争時において有用なのは語るまでもありません。マナリルとの戦争で使えば大きな戦果をもたらすでしょう。そんな技術を、アブデラ王は私達を妨害する為だけに使っている……」
「ああ、そうだな。少なくとも、俺が潜入してしばらくは使えてた。使えなくなったのはお前らが来てからのはずだ」
そう言って、ヴァンは通信用魔石をルクスに投げる。
試しにルクスが魔力を通してみるが、光るだけでどこかに繋がる様子はない。静かに淡い光を灯す魔石が目の前にあるだけだった。
「先の話にあった十分な戦力を整えた上で、マナリルからの使者であるアルム達を狙う策略……。そして情報を遮断する秘匿され続けてもおかしくない技術の露出……あまりにも全てをかけすぎているように思えるのです。これから戦うかもしれない相手に手札を見せすぎている。
私達がマナリルに戻って仕切り直すことを想定していない……いえ、私の推測に過ぎませんが、仕切り直させればその時点であちらは勝利するのでしょう」
「ど、どういう事ー……?」
ミスティはベネッタの疑問に軽く頷いて、
「私の推測に過ぎませんが、あちらの狙いも短期決戦。絶大な力を得る何らかの方法、もしくは創始者の魔法による理のような世界への影響力を手に入れる手段があり、それを実行できる段階が目前にまで迫っており……彼等はその何かを成就させることに全霊をかけている。恐らくは権力でという意味ではなく、力で一国を手中に収められる方法があるのではないでしょうか」
アブデラ王勢力の目的の輪郭を看破した。
いつも読んで頂きありがとうございます。
おっさんと呼ぶ時は気を付けましょう。




