幕間 -その頃ベラルタ-
「兄貴って女とかいないの? いるわけないか」
研鑽街ベラルタにはベラルタ魔法学院の生徒の為の寮が多数存在する。
その数ある寮の一つ、第三寮の共有スペースに紫の髪をした双子の兄妹が座っていた。
質問なのか罵倒なのか、話しかけているのか独り言なのかもわからない妹――ロベリアの一言に兄であるライラックは一瞬固まる。
その辛辣な物言いに怒りを覚えたかと思えば、ライラックはにんまりと嬉しそうに口角を上げた。特徴的な細目が一層いい笑顔に見せた。
「ふふふ、ロベリア……僕がとられるかもと心配なんですね?」
「いや、全然」
「安心してください僕の可愛い妹……僕は生涯ロベリア一筋」
「いや、だから全然心配してないってば」
「他の女性に靡くことなど有り得ませんよ」
「安心できるか。重度のシスコンってことじゃないの」
「シスコンではありません。妹を溺愛しているだけです」
「それがシスコンっていうのよ!!」
一方通行のライラックの声をするりとかわしてツッコむロベリア。
ロベリアが共有スペースにいるのは友人であるフレンとの待ち合わせのためだった。
フレン早く来ないかな、とロベリアは階段のほうをちらりと見る。
「照れ隠しに目を逸らすなんて……ふふ、お兄ちゃんはわかっていますよ」
「どんなめでたい脳みそしてんのよ!? フレン来ないかなって階段見ただけに決まってんでしょ!」
「はいはいわかっていますよ。僕は兄ですから」
「だからわかってないっての! 妄想の中のうちで満足感を得るな!」
「それは……現実の私だけを見ないと嫌だという解釈で……」
「いいわけあるか! バカ兄貴!」
「へぐっ」
ロベリアが投げたバッグを顔で受け止めるライラック。
こんな姿だが、これでもマナリルの四大貴族パルセトマ家の跡取り候補である。
「ったく……こんな調子だと心配になるわ……。次期領主なんだからしっかりしてよね」
「そういうロベリアだって相手がいないだろう?」
「…………まぁ、そうだけど」
言いながら、ロベリアは誰かを思い浮かべたかと思うと頬を染めた。
ライラックは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるも、そんなロベリアも可愛い、と精神を落ち着ける。
ロベリアがシスコンと言う通り、ライラックの精神はことロベリアに関しては無敵である。
「まぁ、仕方ないんじゃない。うちらって王家と繋がりあるわけだし。変なのが寄ってきたら陛下が勘付くからそういう話も慎重なんでしょ」
「なるほど、僕に女性が寄ってこないのはそういう事ですね」
「いや、あんたはシスコンってことが周知になってるからよ」
「な、何故でしょう!?」
「むしろ何でばれてないと思ってんのよ!? 真面目な顔してロベリアロベリアうるっさいのよ兄貴は! そりゃアタックしてくる女達もひきつった笑顔で諦めるわ!」
「妹を最優先するのは兄として当然でしょう?」
「当然でしょうじゃないの! 行き過ぎてるからドン引きされんのよ!」
「行き過ぎ……? 公共の場では弁えてるはずですが……?」
「ここも公共の場ですけど!? 弁えてそれ!?」
真面目な表情で言うライラックにロベリアは少し椅子を引く。
兄の愛が重い。妹として想われているのは嬉しいが、それはそれとして。
「ロベリアちゃんお待たせー」
「フレン!」
そんな重い愛をひしひしと感じるロベリアを救う救世主が階段から降りてくる。
桃色の髪と瞳が可愛らしいロベリアの友人フレン・マットラトが小走りで二人の下に駆け寄ってきた。
これから出掛けるからか、普段と違う格好で少し気合も入っているようだ。
「え、え、か、かわいいフレン! 髪巻いてんじゃん!」
「へへへ、ばっちり決めてきたの。ロベリアちゃんの隣を歩くんだからお洒落しなきゃって」
「めっちゃいい! 普段と雰囲気ちがーう! かわいい! 世界一かわいいー!」
「世界一可愛いのはロベリアちゃんだよ」
「急に真顔になるのやめなよフレン……」
お洒落をしてきたフレンの登場にロベリアはテンションが上がったのかフレンと手を繋ぎ始める。
そして目を輝かせながらこれでもかとフレンを褒め続けた。
お世辞ではなく本気で友人の格好を褒めちぎっているのがわかるほどにきらきらしている。先程まで兄にドン引きしていたとは思えない。
「あ、お兄さんもこんにちはー! いつもみたいに仲いいですね!」
「こんにちはフレンさん。ええ、勿論です。私とロベリアですからね」
「きも」
「ろ、ロベリアちゃん……そんな短く拒絶しなくても……仲いいことはいいことだよ?」
「それは否定しないけど限度ってもんがあるの。ほら行こ行こ! フレンの可愛さを自慢しなきゃ!」
「えー、なんかロベリアちゃん彼氏みたい」
「じゃあ今日一日エスコートしたげるわ」
「やった。じゃあ行ってきますねお兄さん!」
「行ってくるわね兄貴」
ロベリアは楽しみなのを隠しきれない様子でフレンと手を繋いだまま外へ出ようとすると、
「フレンさん」
「はい?」
ライラックに呼び止められて、フレンは振り向いた。
「言い損ねるところでした。普段とはまた違う魅力を見せられたようで一瞬見惚れてしまいました。とても素敵です」
「へ?」
「ロベリアをよろしくお願いしますね。いってらっしゃい二人とも」
そう言って、ライラックは二人に向かって手を振って見送る。
「はいはい、いってくるわ」
ロベリアはひらひらとてきとうに手を振り返し、フレンと外に出た。
何だかんだ無視をしない程度には仲がいい兄妹である。
「さ、行こ行こ。まずは……フレン? 何か顔赤いよ?」
「え? あ、え、うん……なんでもない、よ?」
「そ? はりきりすぎて体調でも崩したのかと思ったわ」
「そ、そんな子供みたいなことにはなってないけど……」
先程ライラックに言われた言葉を思い返して、フレンはセットした自分の髪をくるくると触りながら柔らかく微笑んだ。桃色の髪と瞳のように、頬もほんのり染まっている。
「うん……はりきってよかったかも」
ロベリアに聞こえない声の大きさで呟いて、フレンは満足そうに頷く。
褒めてほしい二人に褒められた満足感で胸をいっぱいにしながら、フレンは終始ご機嫌のままロベリアとの休日を過ごしたのであった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一区切り恒例の閑話です。
前話での感想のお願いを聞いてくださった方々ありがとうございます。
明日は更新お休みとなりますので、明日返信させて頂こうと思っております。
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