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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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536.ヤムシード家

「ぜんっぜん怪しいとこがねえ……」


 アルム達がヤムシード領到着から五日。

 アルムが寝かされている客室にはルクス達も合わせて五人が集まっていた。アルムの護衛も兼ねて、ここに集まることが多い。

 そんな客室に大きなため息が一つ。まるで怪しくないことがおかしいとでも言いたげに、ヴァンは懐疑的な表情を浮かべていた。

 ハリルに怪しい点が無いことは喜ばしいことなのだが何故か納得いっていないようである。


「怪しいところがないならいいのでは……?」

「いや、よくないだろ……王都から俺達が命からがら逃げた先に都合よく現れた協力者だぞ。お前はマリツィアのことは信じろと言うが……あいつが本当に協力者かどうかは信じられないだろうが」

「まぁ、それはそうなんですが……」


 アルムはじーっと椅子に座るヴァンを見る。

 ヴァンはこの屋敷の人間を疑っていると言いつつもその姿の変化は一目瞭然だった。

 普段学院で見かけるボサボサの髪と無精髭の目立つだらしない姿ではなく……ヤムシード邸の使用人達のお世話によって無精髭は消え、髪もきっちり整った渋い魅力をかもしだす壮年の男性に変貌しているのである。


「普段より整っているヴァン先生を見ると疑うにも説得力が無いというか……むしろもう受け入れているように見えてしまって……」

「そ、それは相手の出方を窺うためにだな……拒否したらボロを出さないかもしれないだろうが?」

「な、なるほど……?」


 ヴァン自身も自覚はあったようでてきとうに誤魔化す。

 油断しているわけではないのだが、ここでの湯浴みの時間が居心地いいのは認めざるを得ない。

 特にヴァンもダブラマという慣れぬ地で長期間滞在している。こういったもてなしが心にしみるのは仕方のないことだった。


「ほだされやがって……それでも教師かよ情けねえ」

「……」

「……」

「ルクス、ベネッタ……なんだその目は」


 と、ヴァンに呆れるような言葉を口にするヴァルフトだが……ヴァルフトがここでの料理を気に入っており、おかわりまで求めているのは食事を共にしているルクスとベネッタは周知とするところだった。

 食事の時のヴァルフトを見れば、お前が言うな、という視線を向けたくもなる。


 だが、仕方ないと思う気持ちもあった。

 この屋敷の食事はどこか気を張らざるを得ない自分達を安心させる温もりがある。

 貴族の食事といえば豪華なものを想像するかもしれないが、この屋敷で出される食事はどこか庶民的なのだ。

 豪華な盛り付けも、過度に並べられるような量も無い。しかしそれが決して悪いことなのではなく、むしろここの食事の良い部分だ。

 ただただ食べやすく遠慮をさせない程度の量と、家庭料理のようなラインナップ、それでいて満足感のある食事にルクス達はありがたさすら感じている。

 昨晩の献立は川で獲れた魚とアスパラガスの煮込み料理で、とろみのある甘辛いソースにほんのり漂う香草の香りが脂の乗った魚と相性抜群の一品であった。


「僕としては使用人の中に一人、魔法使いが混じっているのが気になりますね」

「え!?」

「まじか!?」


 ルクスの言葉にベネッタとヴァルフトは驚きを隠せないようで互いに顔を見合わせた。

 しかし、アルムとヴァンのほうを見ると特に驚いていない。


「あれか? ベネッタによく服を着せたがってるって人」

「ああ。僕は気付いたのは昨日だけど……他の人より移動範囲が広いんだよあの人。多分強化を使ってこの屋敷を見回りしてるんだと思う」

「あ、あの人そうだったんだぁ……」


 ベネッタはこの五日、着せ替え人形にされてきた日々を思い出す。

 その話題の使用人と一番接触しているのはベネッタだ。互いに自己紹介しており、名前がティノラさんということも知っている。橙色のロングヘアの使用人だ。

 ベネッタはここ数日ドレスルームで下着を選ばれ、民族衣装を着せられ、高価そうなドレスも着せられという時間を午前中に設けられ、ヤムシード家の使用人達の着せ替え人形と化している。ベネッタ自身もダブラマの服を色々試着出来て満更でもなく、着せたい使用人と着たいベネッタというまさにwinwinの時間だった。

 今ベネッタが着ている金の刺繍が施された白のカフタンドレスもそのティノラチョイスである。


「アルムくんとヴァン先生も知ってたんですかー?」

「いや、確信は無かったがあの人だけ他の人と雰囲気が違ったから」

「勿論と言いたいとこだが、俺も誰かまではわかってなかったよ。だが少し考えれば……仮にもダブラマの第五位がいたって家に、領主一人にただの使用人五人だけってのはおかしな話だと思わないか?」

「あ、確かにー……」


 言われてみれば、と納得するベネッタ。

 しかし、着替えさせられている間特に怪しい点が無かったのでベネッタはここ数日魔法使いだなどと疑うことすらしていなかった。


「すごいなー……全然気づかなかったやー……」

「いや、気付くこいつらのがおかしいだろ……」


 呆れたような目でアルム達三人を見るヴァルフト。

 同時に、場数の違いを見せつけられているようでもあった。


「ボクも……わからなかったな……」


 ヴァルフトだけでなく、ベネッタも同じことを思ってしまう。

 それを表に出すようなことは無かったが。


「まぁ、わからないのも無理はない。そもそも何もしてないわけだからな」


 話はヴァンが切り出した本題に戻る。

 そもそもの問題は、五日間の時間があって本当にもてなされているだけという事実である。


「こうなるとマリツィアの協力者説を真とするのが一番納得いくが……それだけでここまでもてなされるかって話がな……」


 ヴァンはどれだけ考えても答えが出ない疑念にいらいらしているのか貧乏ゆすりをし始めた。

 ここの使用人に整えられた見た目には似合わないが、ある意味ヴァンらしさを感じる。


「ヴァン先生はこの家の人達が不満ですか?」


 アルムが問うと、ううむ、と唸るヴァン。


「いや、むしろありがたいと思ってるが……出来過ぎじゃねえのかって思うわけだ。俺はダブラマとの戦争に参加したこともあるから余計にダブラマの人間に対する印象が凝り固まってるのかもしれない。けどな……相手が人間なのは変わりない。突然来た俺達に何故そこまで献身的になる? 寝床の用意と食事の用意でもしてくれればそれだけでこっちはありがたいにも関わらずだ」


 不満かと問われて唸る辺り、ヴァンもこの屋敷の人達にも思うことはあるのだろう。

 だが……同時に怪しく感じざるを得ない状況でもある。

 仕事が五人分増えたと言ってもいいのに、嫌な顔どころかむしろ喜ぶようにアルム達の世話する五人の使用人達。そしてその使用人達すら手伝う主人のハリル。

 朝の挨拶から洗濯、外出の用意から食事、湯浴み後のマッサージまで……これらの仕事を突如やってきた客人に(ほどこ)してなお不満を持つ様子の無いこの屋敷の人間達に不穏さを感じてしまうのは無理のないことだった。


「俺にはあいつらが俺達もこの場所に引き留めているようにしか思えん。いくら休戦中で、マリツィアの協力者といっても……相手はダブラマの人間なんだぞ。俺達と争っていた敵国の人間なんだ」


 それはダブラマとの戦争経験のあるヴァンだからこその言葉か。

 ダブラマとの戦争が起きていた時代に生まれていないアルム達は、その言葉を否定するには若すぎた。

 だが同時に、ダブラマがただの敵という側面だけではないことをアルム達も知っている。

 敵対と協力。どちらの状態もアルム達はしてきたからこそ否定も肯定も難しい。


「これは俺が……お前らと違って汚い大人だからか? 俺は今にも魔法生命がここを襲ってくるような気がしてならない」


 そして当然、その可能性もアルム達は否定できない。

 そうならないといいな、という願望だけがこの場に残った。











「あふ……」


 その夜、ベネッタはお手洗いに起きていた。

 昼間の話が気がかりながらも生理現象は仕方ない。

 欠伸をしながらお手洗いから出ると、


「眠れませんかベネッタ様」

「ふあっ!?」


 昼間話題にも出ていたティノラという使用人と遭遇する。

 ベネッタはあまりの驚きで声を出してしまうが、すぐに自分で口を覆う。

 ティノラは寝間着ではなく使用人が着るクラシックなメイド服のまま、手には魔石のランタンを持っていた。


「てぃ、ティノラさん……」

「お、驚かせて申し訳ありません」


 ティノラという使用人のほうも驚いたようで、橙色の目をぱちくりさせていた。

 大方、屋敷の見回りでもしているのだろう。魔石のランタンが普通に使われているのは流石ダブラマという所か。


「お手洗いに起きただけですから大丈夫ですよー」

「そうですか、ハリル様と同じく眠れないのかと思いまして……なにせ皆様にとっては敵地ですからね」

「……? ハリルさん、眠れていないんですか?」


 何故だろう、とベネッタは首を傾げる。

 一方ティノラは目を伏せて困り顔を見せた。


「はい……少し思う所があるようでして……」


 ティノラの口から理由は語られない。

 いや、語れないのかもしれない。

 自分だけで抱える悩みが往々にしてあることはベネッタにもよくわかる。


「あの……どこにいらっしゃるんですか?」


 気付けば……ベネッタはハリルがどこにいるのかを尋ねていた。

 昼間の話が頭のあったからだろうか。自分も役にたつべく探りを入れようと考えたのかもしれない。

 もっとも……ベネッタはアルムの治癒という仕事があるのだが、本人にとってはそれが当たり前すぎた。


「……っ」

「てぃ、ティノラ……さん……?」


 対して、ティノラの反応は思ったのと違うものだった。

 最初にベネッタの小さい悲鳴を聞いた時よりも驚いているのか息を呑んでいて、ランタンに照らされた瞳は信じられないものを見たように震えながらベネッタを見つめている。


「……どうぞ。ホットミルクを、入れましょう」


 ティノラは微笑んで、ベネッタを案内する。

 自分一人では危険かもしれないと思いながらも、ベネッタはティノラに案内されるまま着いていく。

 案内された広間には、暖炉の前に置かれたソファに……寂し気に座るハリルがいた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

誤字報告いつも感謝です……!助かってます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔法使いかどうか見抜けるってすごいなwスポーツとかで経験者かどうか見抜くのと同じかなー [一言] 更新お疲れさまです
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