534.あるべき普通
「結局……どんな人とか教えてくれないねー」
「そうだね。マリツィア殿とルトゥーラ殿の親友だったって話だけはしてもらったけど……」
「みんないい人ではあるんだけどー……何か釈然としないような?」
ヤムシード領に到着してから二日。
ルクスとベネッタはヤムシード家の屋敷のあるクレコウスの町を散歩していた。
相変わらず、寝たきりのアルムを含めた五人はそのままヤムシード家に世話になっている。
正直に言えば、世話になりすぎている、が正確だろう。
ヤムシード家にいる使用人は五人。執事が一人とメイドが四人。上級貴族のように専門のメイドを何人を雇っているわけではないようで、分担制だそうだった。
そんな人数で急に増えた五人の客人の世話などいかに使用人が平民といえど不満が出るのが必然なのだが……起床、食事、湯浴みに至るまで使用人達はおろか屋敷の主人であるハリルまでが手伝っており、しかも全員が不満そうな様子も見せないのである。
特に、ベネッタへの労りが凄まじく……ベネッタがお菓子が好きとわかった途端おやつが決まった時間に運ばれたり、ルクス達とは違ってまるで着せ替え人形のように着替えの種類が多く用意されていたり、寝る前には温かい飲み物が運ばれてきたりと普通なら警戒するのが馬鹿らしくなるほどのもてなしを受けていた。
「……ちょっと過剰な気はするね」
しかし、アブデラ王に先手を打たれたルクス達にはそれがまた警戒を強める要素にもなっていた。
アブデラ王に大胆な先手にはまってしまったのもあり、ハリルや使用人達の献身的すぎる様子は懐柔しようとしているように映る。
なにより、ハリルが好意的な態度を見せるのはわからなくもないが使用人達から不満が感じられないのが一番警戒を強める要素だった。
謁見の間でのマリツィアの裏切りのような言葉もあって、ルクスは懐疑的になっている。
「こんにちは!」
「こんにちはー!」
「あ、こんにちはー」
すれ違う子供達にベネッタは手を振る。
こちらが貴族と知ってか知らずかすれ違い様にぺこりと小さく頭を下げてくる。
子供ながらに礼儀正しい二人組だった。
「教育が行き届いてるな……いや、治安がいいのかな」
なだらかな下り道を歩きながら、ルクスは周囲を見渡す。
見るからに田舎ではあるものの、市場らしき場所には店がずらりと並んでいる。
観光客向けというよりは地元向けの店だろう。
山のように盛られている野菜や店先に吊るされているフルーツはまさにといった光景だ。
王都やマリツィアのリオネッタ領のような文化的価値を感じる建物もほとんど無い。
だが、そんな小さな町でも人々は活気に満ちており、今日という日を過ごしていた。
それが妙に温かい光景に感じるのは二人が地下遺跡に閉じ込められていただからだろうか。
「……ベラルタとかと変わらないね」
「……そうだね」
活気ある人々の様子を見て、二人はベラルタを思い出す。
国は違えどそこに住む人々はみんな同じだ。
今日を過ごして明日を生きるために、精一杯生活している。
ゆえに魔法生命という脅威が存在することや、今ダブラマがそんな危機に晒されているなどわかるはずもない。
時に、特別よりも普通であることが幸福な時もある。
「はははは! おいおい、本当かぁ?」
「本当だって、昨日さ――」
「ちょっとこれ二着無いの?」
「いやぁ、同じデザインとなると……」
「おかわりはどうです?」
「はは、流石気が利くね」
カードゲームをしながら雑談に興じたり、真剣に買い物をしたり、客の要求に困り顔を浮かべたり、ただカフェに座ってミントティーを飲んだりと……今日だけでなく明日も来るべき普通を堪能している。
……この光景が壊されるかもしれないと知っているのは、今この場にはルクスとベネッタだけだ。
「ダブラマって怖いなあって思ってたけど……それは敵の魔法使いだったからなんだよねー」
「争っているのは魔法使いや兵士であって、そこに住む人達じゃないからね……」
「当たり前のことなはずなのに、ボクわかってなかったかも」
「そう思えるのは大事なことかもしれないね」
そんなもしもを一時忘れて、二人は歩き続けた。
「普通だねー」
「うん、普通の町だ」
「ハリルさんは名領主ですなー」
「おっと、オルリック家だって負けてないよ?」
「ふふ、ルクスくん負けず嫌いだー」
「いやいや、ただ事実を言っただけさ」
「ルクスくんてそういうとこあるよねー」
てきとうな会話を交わしながらルクスとベネッタは町の市場を歩く。
ただそれだけのことが、心を晴れやかにして余裕を持たせる。
そう丁度……今日の天気のように。
「ねぇねぇ、ルクスくん」
しばらくの間、並ぶ商品を見ながら歩いているとベネッタが悪戯っぽい笑みを浮かべならルクスの顔を覗き込んできた。
「なんだい?」
「若い男女が二人きりで町を巡る……もしかして、これってデートになるー?」
穏やかだったルクスの表情が急に強張る。
予想通りの反応に満足したようにベネッタは笑っていた。
「おっと……随分心臓に悪いこと言ってくれるな……。急にエルミラの顔が思い浮かんだ」
「どうー? ベネッタジョーク!」
「いやー、ほんと勘弁してくれ……」
「へへ、ごめんねー。エルミラとミスティに会いたいなー、って考えてたら思いついちゃって」
「まぁ……ある意味威力でいえば抜群だったかな……」
「おおー! もしやボクってば笑いの才能ある?」
「いや、それは申し訳ないけど無いって言わせてくれ」
「あちゃー、駄目かー」
町の人々に混じって、緩い会話を繰り広げる二人。
ずっと気を張っていたがためにこんな時間も久しぶりだった。
だが同時に……物足りなさがあるのも知った。
「二人にも会いたいけどー……アルムくんも早く起きてくれるといいなー」
「アルムのことだからきっと普通の顔して起きてくるさ。おはよう二人とも、ってね」
町を歩いて普通に浸り……ルクスとベネッタは自分達の望む普通に足りない三人がいることを改めて実感するのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
いつの間にか感想が2000件突破していたことに今気付きまして……改めてありがとうございます!
相変わらず一章が長いお話ですが、変わらず応援していただけると嬉しいです。




