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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第八部:翡翠色のエフティヒア -救国の聖女-

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532.日食の瞳

 ドクン。


 脈動が聞こえる。


 ドクン。


 千年を超えた静謐を経て、鼓動する。


 ドクン。


 闇を落とし、地獄を映す穴の奥。


 ドクン。


 生命のように、時を刻み始める。

 神の威光を踏みにじり、闇だけをここに集めながら。


「んぐ……! ぐっ……おおっ……!」


 月の明るい銀色の夜。

 豪奢な内装とは裏腹に、その輝かしい光の一切を通さない部屋のベッドの上。

 脳内に響き渡るその脈動をダブラマ国王――アブデラ・セルダール・タンティラは受け止めていた。

 今すぐ首を掻きむしって自死したくなる衝動を、生にしがみ付き一層強まった死の恐怖が拒ませる。

 生命は長く生きれば生きるほど、死への恐怖が強まっていく。

 自分という今に至るまでに積み上げた結果の瓦解。

 刻み続けてきた時の停止。

 遠い未来に訪れる存在の忘却。

 長く生きたからこそ実感する死後という未知。

 その全てが恐怖に変わる最後を恐れている。

 百年近くを生きているアブデラ王にとっては拷問のような時間だった。


「はっ……! はっ……! は……ハハハハハハハ!!」


 見る者が見る者ならば、王の気が触れたと勘違いするだろう。

 しかし、その笑い声には苦痛を超えた喜々がある。

 響き渡る狂笑は闇の中に呑まれていく。


「後少し、後少しで全てが叶う……ならばこの苦しみのどこに顔をゆがめる理由があろうか」


 ――幾多の偽りを創り上げた。

 女王を呪い、偽りの王位を得た。

 玉座を守るべく、偽りの均衡を望んだ。

 贄となるべき民を増やすため、偽りの理想を築いた。

 全ては最後に訪れる真の理想を結末とするために。

 身を焦がすような欲望(エゴ)で、この地に支配するために。


「あなたの声が聞こえる。あの日結んだ約束を紡ぐ声が」

『契約は絶対だとも』


 瘴気のように纏わりつく鬼胎属性の魔力。

 闇より深い魔力の奥から、アブデラ王は自らが崇める神の声を聞く。


「我は全てを手に入れる」

『手に入れられるとも。契約を果たせば』


 核を失ってもなお、その意思が存在し続ける魔力残滓(ざんし)

 定形を持たない命がゆえに成立する異常事態(イレギュラー)がここにある。


「あなたを復活させた暁には全てを叶える」

『叶えられるとも。それこそが我が力。我が故郷の摂理。魂を運ぶ船の顕現』


 アブデラ王の脳裏に浮かぶのは、砂漠の女王だった。

 契約と共に備わった呪いでその存在を縛り付けた。

 まだ少女だった彼女の人格を凌辱し、精神を汚染し、誇りを根こそぎ奪い取った。


「あの女も」

『ああ、できるとも。支配するのは君だ』


 全てを手中に収めるために。


「この国も」

『造作も無い』


 全てを踏みにじり、この欲望(エゴ)を叶えるために。


「遠き未来の果てまで――!」

『叶えられるとも。それこそが我が契約。偽りなどではない、真なる神との契約なのだから』


 全てはその理想のために。

 魂を呪いに売るほどに焦がれた――たった一つを手に入れるために。


『存分に叶えるがいい我が契約者。我が真体を復活させよ。我は永久の闇に住まう者。我が瞳は全ての生命を掌握する。太陽すらも照らせぬ地の底から、我が契約者の偉業を見届けよう。

毎夜の旅は終わりを告げる。百年の旅の終着の果て。契約者が望む理想の世界にて我は神として君臨する。(ことわり)を破壊し、秩序の混沌をもたらそう。巡る生命の運航を意のままに』


 ――満ちていく。

 闇が満ちていく。その力があるがゆえに。

 声が命を軽んじる。その権利があるがゆえに。

 人とは違う生命体が、幻想の中にいるべき存在が現実を侵食していく。

 かつて世界の在り方とはそこに住まう生き物のものではなく――我々のものだったのだと主張するその声が――。


『歪だと笑うか太陽よ。我を唾棄するか太陽よ。神無き天体の下で……祝福するがよい矮小な生命達。

偶像でもなく、幻想でもない真なる神の凱旋を見よ。我が名は"アポピス"。太陽の敵にして混沌と復活を司る者。苦しむ者は安堵せよ。不安に苛まれる者は讃えるがよい。我がこの地に君臨した時、死への恐怖は虚無へと消える。生命の(ことわり)その全てを我が瞳が操ろう』

「あ……! ごぎぁ……! あが、あああああああああ!!」


 アブデラの声が余裕の無い悲鳴へと変わる。

 黒い魔力光が全身を蝕み、生命が拒絶するべき闇が蝕んだ生命の寿命を伸ばす。


『日食の時は近い。贄はある。船もある。残るは時のみとなった。間違いなく契約は為されよう。我が契約者よ違えるな。必ずやこの天体に――我が瞳を刻むのだ。名も無き天体に、我が名とともに刻むのだ』


 それがこの地を統べる新たな理となり、貴様は永遠の王となる。

 その声を最後に、声は闇の奥へと消えていった。

 残されたアブデラ王はただ笑っていた。自身が望むダブラマの未来を夢見て。

いつも読んでくださってありがとうございます。

三部からちょくちょく名前が出てきていたのでわかっている人もいたと思いますが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 日食……イルミナさんの自立した魔法がありますが、観測できないだけで事象は起きているから効果を得られる。ということなのでしょうか……? 彼らが何をどうするかも楽しみです。
[良い点] あぁ、楽しみです。 望みを叶えた、欲望を満たした。 そう、確信した瞬間に打ち砕かれる彼らの顛末が。 とりあえず、話は繋がったので、まだ回収されていない伏線が楽しみですね。
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