番外 -セーバくんの手紙-
「うーん……! ううん……!」
ガザス・タトリズ魔法学院。
若き魔法使い候補達が日々訓練に励む魔法学院で悩みに悩む一人の男子生徒の声があった。
生垣によって緑の迷路を形作られた巨大な庭園の奥にあるベンチで茶色の髪を跳ねさせている少年――セーバ・ルータックは一枚の白紙の便箋と向き合っていた。
「セーバくん……」
「セーバ……」
「セーバくん……」
そんなセーバを、生暖かい目で見届ける友人達。
無表情ながら人を惹きつける美貌を持つマルティナ・ハミリア。揃えられた赤髪に暗い印象を与える表情を浮かべるマヌエル・ジャムジャ。そしてそのマヌエルの背中に手を当てて暖をとっている褐色に白髪の少女ナーラ・プテリ。
大嶽丸の一件以降……共に死地を乗り越えた友人として、さらに仲を深めていた。
セーバとナーラは大嶽丸との戦いにて重要な役割を果たした事から、マルティナやマヌエルと同じく学院内でも一目置かれる存在となり順風満帆な生活を送っているはずなのだが……今のセーバの表情は苦悩と言うに相応しい。
その理由とは――
「ベネッタさんに何て返事を出せばいいんだろう……!」
素晴らしい庭園の中心で発せられた情けない声に、セーバ以外の三人からため息が漏れ出る。
こんな姿、自分達を慕っている後輩には見せられない。まさかここにきて頭角を現してきた有望株が、他国の貴族としている文通の返事に悶えているなどと。
「文通を始めたと思えばなんだその悩みは……」
同じ男として恥ずかしいと言わんばかりにマヌエルは目を伏せる。
セーバはベネッタと文通を初めて早半年以上……今になって返事に困るも何もないだろうにと。
「いやだって……自国の事情を話すにも、気持ちを伝えるにしても検閲がありますし……たかが手紙と思うかもしれませんが思った以上にハードルが高いんですよ……!」
「そういう所を私達に見られてもいいっていうなりふり構わない所がセーバくんのいいとこだと思うよ」
「そう……なのかな……?」
ナーラの褒めているのか褒めていないのかよくわからないセーバ評に首を傾げるマルティナ。
揺れるポニーテールはかつて話す練習に使っていたこの場所で普通に友人達と話せている事を嬉しそうに思っているようにも見えた。
「セーバ達がどんな内容の文通を行っているかわからないから我々も助言しようがない……ただ苦悩を聞かせるために我々を集めたのか? もうすぐ卒業で忙しい時期なマルティナ殿とこのマヌエルを?」
「うぐっ……! 仰る通り……! ご足労感謝します……!」
「わ、私は……魔法騎兵隊ハミリアへの進路が決まっているので……」
マルティナとマヌエルは二人より一つ年上なので今年で三年。
すでに卒業も間近に迫っている。とはいっても、共に名家の貴族であるゆえに、魔法学院でもトップクラスの成績なので進路に困ることもない。
若い頃から領地運営の勉強になるもよし、魔法使いとしてのキャリアを積むのもよし、魔法学院で教師になるのもよし、研究職に就くのもよし。
才能だけの貴族とは違い、修練を積んできた彼女達はどこに行っても歓迎されるだろう。
「マヌエルだって指名されまくって後は選ぶだけでしょう? 意地悪言わないであげてくださいよ。セーバくんは老けてるマヌエルと違って女の子への耐性が無い思春期男子なんですから」
「老けておらんわ。それに私も女慣れしているわけではない。幼少から婚約者が決まっていたからな」
「……他の女性とお遊びしたかったんですか?」
「そんなことは言っていないだろう。理由を述べただけだ」
「ふーん……そうですか……」
「ナーラ……わざと話をややこしくしようとするんじゃない……」
「あ、ばれました?」
マヌエルとナーラの婚約者同士の痴話喧嘩もどきを一瞬見せられたセーバは当事者でもないのにドキドキする。
この二人は俺より大人だ、と訳も分からない尊敬の眼差しとしながら生唾を飲み込む。
「その……お手紙は、私達も見て大丈夫なんですか……?」
「あ、はい! 向こうも検閲されていることはわかっていますし、内容は何てことない雑談なので……」
セーバはそう言って、懐に大切そうにしまっていたベネッタからの手紙を取り出す。
手渡されたマルティナが大切そうにすでに封蝋が切られた封筒を開けると、ふわっと、甘酸っぱい柑橘類のような香りが漂ってきた。
マルティナが便箋を広げると、興味津々とばかりにマヌエルとナーラもマルティナが読む手紙を覗き込む。
『拝啓
空から降り積もる真っ白な花々が輝く頃、いかがお過ごしでしょうか?
こちらは大切なお友達共々、健やかに日々を過ごしています。
ガザスで見せた私達の姿よりもまた一つ成長しているかもしれません。
先日のお手紙はセーバさんの好みを知ることができてまた一つお友達として近付けた気がします。私もオレンジは大好物です。尤も、苦手な果物のほうが少ないのでどれも大好物と言えるかもしれません(どうかはしたないなんて思わないでくださいね)。
オレンジは料理は勿論、お菓子などにも使われるマナリルでも代表的な果物ですが、食材として以外にも私には今身近なものとなっています。
男性の方にはピンと来ないかもしれませんが、オレンジが旬となるこの季節は香水としても新商品が出る季節で、友人のミスティとエルミラが嬉しそうに買い物の予定を立てています。二人は強いだけじゃなくてとてもお洒落さんなんですよ?
セーバさんもオレンジが好きでいらっしゃるということですので、マナリルのオレンジそのものをお届けすることはできませんがこのお手紙にオレンジの文香を添えてお届けしたいと思います。丁度このお手紙が届く頃にはハエルシスの時期も近付く頃だと思いますので、心ばかりのプレゼントとしてお受け取りください。
マナリルとガザスでは気候も違うと思いますがこの寒い季節、どうか体に気をつけてお過ごしください。私も日々自身の体を大切にして過ごしていこうと思います。
それでは次のお手紙も楽しみにお待ちしています。
マナリルよりガザスへ。あなたの友人ベネッタ・ニードロスより。
セーバ・ルータック様へ』
静かにベネッタからの手紙を読み終えた三人から感嘆の声が上がった。
およそ友人同士のやり取りとは思わない固さが抜けない形式なのは置いておいて、
「ベネッタさん……字がとてもお綺麗ですね……」
「ただの文通相手に文香をプレゼントだなんて、ベネッタさん凄いお洒落な方ですね……。 これは無自覚に男性を虜にするタイプの女性ですよ……」
「計算でやるにしては純朴な内容なのがまた……セーバには勿体ない子だな……」
「ちょっと!? やめてくださいよ皆してそうやって自分のやる気を削ぐのは!?」
好き放題言われたセーバが立ち上がろうとするも、立ち上がる前にナーラがその両肩を掴んで座らせる。
そして不憫な子羊をみるような瞳でセーバを見つめながら、ゆっくりと首を横に振った。
「駄目だよセーバくん……。ベネッタさんは多分、自分なんてっていう低い自己評価だけど実は密かな人気があって狙ってる人が結構いるタイプの人だよ……遠距離のセーバくんに勝ち目無いよ……」
「やめてよそのやけに具体的な分析……ナーラのそういうの当たってそうで恐いから……」
※当たってそうなのではなく当たっている。
「まぁ、そもガザスとマナリルではな……それにカエシウス家とオルリック家と繋がっている様子だったということは……良縁はいくらでもあるだろう」
「マヌエルさん!?」
「大丈夫……セーバくんはいい人だから……。きっと、他にもいい女性が現れる……」
「マルティナさんまで!?」
マヌエルとマルティナの言葉がセーバに突き刺さる。
マルティナのほうは励ましのつもりで言っていたのだが、遠回しに諦めろと言っているようにしか聞こえなかった。
コミュニケーション能力の低いマルティナの痛恨のミスである。
セーバは友人三人からの声に涙目になりながら、
「す、少しは応援してくださいよ! 友達なんだからぁ!!」
味方として呼んだはずの三人が全く味方してくれない嘆きを庭園の中心で叫んでいた。
「俺は諦めませんからね! 諦めないぞぉ!!」
目尻に溜まった涙を拭うと、改めて恋心をマナリルに向かって叫ぶ。
だがどれだけ叫んでも、自分の便箋は白紙のままなセーバなのであった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一区切り恒例の閑話になってます。頑張れ男の子……!




