529.救出劇を経て
「おいあんた……あの子に感謝するんだな。俺は助けようなんて思ってなかったからよ」
「…………」
「黙ってるのは勝手だが……ああ、喋れないんだったか」
ミスティ、エルミラ、ルトゥーラの三人は処刑されそうになっていたイクラムを連れてダルドア領の町パヌーンを抜け出し、あらかじめ雇っていた馬車とラクダを置いてあるティウオ村という小さい村で数時間休憩をとることにした。
この村はダルドア領にある村でありながらルトゥーラの領民で構成されており、正体は砂漠を遊牧する民で構成された村。砂漠を移動して生活しているため当然ジュヌーンがこの村の位置を把握しているはずもない。
処刑台から連れ出されたイクラムはまだ喋ることができないようで、村のテントの中で呆然と座り込んでいる。村の人に出してもらったきゅうりとトマトをざく切りにしたサラダとラクダのミルクに一口も手を付けていない。
果たして喋れないのは魔法生命の能力によるものなのか、それとも……父親であるジュヌーンの言葉にショックを受けているのか。本人にしかわからない。
「……せめて、助けられたことに恥じないことをしろよ。お前みたいな弱小貴族知らねえが……それでも、ダブラマの貴族なんだろ」
そう言い残して、ルトゥーラはテントを出た。
あの様子なら感知魔法もいらないだろうと、入口にいた村の青年に見張りだけを頼む。
「それにしてもだ……。ったく……正義感強いお子ちゃまと組まされたもんだぜ……」
予定外の修羅場を無事に抜け出し、ルトゥーラはにやけながらもため息をつく。
ダルドア領での情報収集はすでに終わっており、町を抜け出すだけの状態だったのでさほど問題は無かったが……それでもエルミラの行動は危険極まりないもの。
ルトゥーラ個人としてはああいった青臭い行動は嫌いではなく、第二位であるジュヌーンに一泡吹かせられたので悪い気持ちはしていないが……共同戦線を組んでいる魔法使いとしてはやはり見過ごせない。
ここは大人として一つ忠告してやらないとな、とルトゥーラはミスティとエルミラが休息をとる隣のテントへと入った。
「ごほん……。おい入るぜ。共同戦線を張ってる身として少し言っておきたいことが……」
「いや、鬼胎属性の魔力が漏れてたから確定でいいと思うわ。側近のどちらかかもと思って確かめに行ったけど間違いない」
「なるほど……エルミラ、他にわかったことはありますか?」
「人格浸食はまだ。できるだけ喋らせてみたけど極端な思考や言語の乱れも無い。魔法生命を受け入れてるタイプの宿主っぽいわね。人格浸食に関してはあんたのお姉ちゃんみたいなパターンも無くはないけど……単純にまだそこまで進行してないんじゃないかしら」
「シラツユさんから聞いた常世ノ国の状況やこれまでのダブラマの経緯を考えると魔法生命の核が運び込まれたのは一年半以内でしょうからね……恐らくはメドゥーサという魔法生命に襲撃された時期に逃げてきたという魔法生命が持っていたと考えるのが妥当でしょうか」
テントに入ると、休息そっちのけでエルミラが手に入れた情報を共有する二人がいた。
ルトゥーラ曰くお子ちゃまらしいエルミラとミスティが会話するその険しい表情には甘さなど見られない。
「わかる能力は拘束か行動阻害って感じかしら……少なくともあのイクラムってやつは喋れなくさせれたから気を付けたほうがいいわね。もっと引き出せればよかったんだけど……これ以上はあのイクラムってやつに直接体がどうなったかを聞くしかないわ」
「いえ充分な収穫だと思います。アルム達が捕まったという噂が流布されていた時点で私達の侵入はばれていたでしょうし……何の情報も無い魔法生命の情報をこれだけ手に入れられましたから」
「助けたかったのもあるけど、あのイクラムってやつ明らかに何かされてたからね。ただでさえ戦う相手が増えたなら少しでも情報を手に入れとかないとって思ってさ」
テントの入り口で立ち尽くすルトゥーラ。
もう忠告してやろうという上から目線の思考はどこかへ行っていた。
それどころか……ルトゥーラも知らなかった情報の無い魔法生命の情報をこれだけ回収してきたその行動に感心すらしている。
「ミスティもありがと。ちょっと頭に血が昇ってたからあのタイミングは助かったわ」
「ちょっと……でしたか?」
「こ、この女……はいはい! 完全にキレてました! ミスティ様のおかげで冷静になれました!」
「うふふ、ごめんなさいエルミラ。少し意地が悪かったですね。……あら、ルトゥーラさん? どうされました?」
そこでようやくルトゥーラが入口で立ち尽くしているのに気付いたのか、ミスティとエルミラ二人の視線が集まる。
「どしたの? イクラムってやつに何かあった?」
「え? あー、えっとだな……」
しまった、とルトゥーラは心の中で舌打ちする。
忠告する気で来たのだが、もうそんな気は全く起きない。
むしろ、今回の一見向こう見ずな救出劇は、協力を申し出たルトゥーラ側の情報不足を補うための行動ともとれる。
これで少し軽率だなどと……どの口で言えというのか。
「よ、よくやってくれたな!」
「は? う、うん……」
苦し紛れに、ルトゥーラは親指を立ててエルミラを賞賛する。
突然子供のように褒められたエルミラはきょとんとしながら返事をするしかなかった。
もう少し何か無かったのか俺、と気まずさが留まる事を知らなかった。
「そ、それより……やっぱ慣れてんだなお前ら……。魔法生命に対する判断というか行動に基準があるっつーか……」
「伊達に何回も交戦してないからね。魔法生命には色んなやつがいるから思考とか願いとかを察するのは無理だけど……今までのやつらと比較して現状を把握することはできるでしょ? あいつらはその気になれば町一つ食い殺せるような怪物ばっかだもの。少しでも有利になる情報は持っておかないと」
そんな相手の前に迷いなく出れることが、すでに偉業だとこの少女は理解しているのだろうか。
ルトゥーラはその精神の強さに自分なりの敬意を払う。
「マリツィアが連れてきた理由がよくわかる……」
「なに?」
「いや、なんでもねえ……これからの方針をちょっとな」
「そうですわね……これからどうされるのです? あれの位置を調べるのに随分時間がかかりましたから……」
本当ならば、今頃三人は別の霊脈に移動しているはずだった。
しかし、ダルドア領を調べている内に想定外のものを発見し今日まで滞在していたのだ。
「ああ、それの情報共有も含めて……一度リオネッタ領に戻る。アルム達が捕まったとかいう噂の真偽の確認も含めてな」
「尾行されないかしら?」
「そこは心配しなくていい。ジュヌーンは魔法使いとして超一流だが……感知魔法は不得手でな。一度会っただけのお前の魔力を辿るなんてのはまず無理だ。側近のニサとイクも所詮は数字名だ。そんな高度な感知魔法は使えねえ」
「なら急いで戻ったほうがいいわね……魔法じゃなくて足だけで捜索されるようになったらそれこそ向こうの手の平の上になりかねないわ」
「ああ、だから数時間後には出発だ。道中で……」
ルトゥーラはイクラムがいるテントのほうをちらっと見る。
「……あいつからも情報を聞き出さなきゃなんねえな」
暗に、イクラムの処遇をどうするかとルトゥーラは言葉を濁す。
どう聞き出すか、聞き出した後にどうするかは、あえて口にはしなかった。
「それ、私に任せてもらえない?」
そんなルトゥーラの考えを見透かしたかのように、エルミラが情報を聞き出す役目を名乗り出る。
「おいおい、助けただけじゃ飽き足らず尋問まですんのか?」
「そんなんじゃないけど……でも、私にやらせてほしいのよ。駄目?」
「まぁ……あんたが助けたわけだしな……。別にいい」
「うん、ありがと」
とはいえ、ルトゥーラは全てを任せる気も無い。
ルトゥーラもまたダブラマの第三位の魔法使い。計画に支障が出るかもしれない存在をただ見過ごす甘さはない。
イクラムがエルミラへの恩を仇で返すようならば当然……イクラムの結末はエルミラが助ける前と変わらない。
(尋問なんて柄じゃなさそうだが……できんのかね)
腕を組みながら、内心で少し不安を零すルトゥーラ。
当然だが、魔法使いとしての資質と尋問の上手さは比例しない。
「大丈夫ですよ」
「あん?」
そんなミスティの一言は不安を見透かしたかのようだった。
「エルミラに任せましょう」
「んん……編成を間違えたな……。常に二対一だ……」
「ふふふ、そういうわけではありませんが……何の考えも無く任せてと言う子ではありません」
ミスティは信頼を、ルトゥーラは疑心の目をエルミラに向ける。
エルミラは何を思っているのか……イクラムがいるテントのほうを真剣に見つめていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ルトゥーラはマリツィアより一歳年上の二十歳です。




