527.鮮烈な紅玉
何で……こんな事になってしまったのだろう。
俺は何でここにいる?
何で俺は、この人に殺されそうになっているんだ?
「誇り高きダブラマの民達よ……今日も君達が日々生きる姿を見れてとても嬉しく思う。このジュヌーン・ダルドアは長く生きてきた。とても長く生きてきた中で、領主としての誉れは領民である君達が健やかに暮らす姿がここにあることである」
ここはダルドア領のパヌーンの町。
それはわかる。
ダブラマが誇る魔法使い――第二位のジュヌーン・ダルドアの演説に耳を傾けている平民達がこちらに注目している。
それもわかる。
ジュヌーン様の横にはいつものように同じ仮面と同じローブが特徴の数字名の護衛。側近のニサとイクだろう。
いいぞ。状況はしっかり把握できているみたいだ。
俺は冷静に今を見ることができている。
…………なあ、じゃあ何で俺は殺されるんだ?
何で処刑されるんだ?
何でこんな昨日設置しましたみたいな小汚い処刑台に乗せられてるんだよ?
夢であるべきだろ?
俺は何かの間違いだって言いに来ただけだ。
ここに連行されてきたのだって、誤解を解くためだ。
だって、俺は何もしていない。
領民の為に、地図を作ってただけなんだ。
新しく領地に来た人が迷わないように、気持ちよく暮らせるように。
渓谷の多いこの国で、新しく商いを始めようって人達が迷わないように。
「その私がここに謝罪しよう。君達の生活を脅かしかねない貴族が一人生まれてしまったことを……。この者はダブラマの地理を他国に売り渡し、ダブラマを脅かそうとした反逆者である」
ジュヌーン様の演説が続く。けどその内容は事実無根だ。
違う。違う違う違う違う!!
俺はちゃんと調べた! 許可もとってある!
地図を作ることは違法ではないし、万が一を考えて許可をとったんだ!
畏れ多くも俺みたいな若造が国王様に申請もしたんだ! もう少し時間があれば誤解だってわかるはずなんだ!
「だが安心してほしい……我々は決してこのようなダブラマの貴族に相応しくない者を見逃さない。私はこの国の未来を見据えている。それはこの歳まで生きさせてもらったこの国への恩返しでもあるのだ。悪の芽が咲く前に、刈り取らんと日々を過ごしている。私が賜った『天罰』の名に恥じぬように……今ここでダブラマに生まれた悪の貴族に天罰を下そう!」
外してくれこの口にある布を!
俺に話させてくれ!
それだけでいい!
誤解だ。誤解なんだと。説明させてほしい!
なあ! こんなの間違ってる!
「最後に、この罪人にも機会を与えようと思う。恐れなくていい我がダルドア領の民達よ……。この者もこうなる前はダブラマの貴族だった……。この国に最後の言葉を遺させてやってほしい」
そう言って、ジュヌーン様は俺の口にあてられた布を外した。
俺は慌てて、誤解を解こうと声を上げる。
「かひゅ――」
なんだ!? 息が!?
「っ……か……あああああ~~~!!」
何か喉に詰まっているのか!?
いや、少しだけど呼吸はできる。なんだこれは。
うまく、声が出せない!?
「あえああああ!! おうあえええ!!」
「おお……。何と凶暴な……! 最後の遺言も吠えるばかりとは……! まるで人の心を失ったかのようだ……」
ジュヌーン様は芝居がかった様子でそう言い放つ。
そして今まで静観していた広間の人々が声を上げた。
「ジュヌーン様! 危ないです!」
「もう見ていられません! その者の名誉のためにも早く終わらせてあげてください!」
「貴族としての誇りを失った者に最後の慈悲を!」
もう見ていられないと言わんばかりに、広間に集まった人々は口を揃えて刑の執行を望み始める。
その根底に、罪人とはいえこれ以上の醜態を晒さないであげてほしいという善良さが垣間見えてしまうのが……ただ死を望まれるよりも苦しい。
何故だ?
何でこんなことになった?
「おひょはん……! おひょはん……!」
何故このような間抜けな声しか出せないのだ!?
毒を、薬を盛られたのか!?
この身に被らされた汚名を晴らそうとすることすら許されないというのか!?
「見よダルドア領の善良な民達よ。君達の慈悲深い声が最後の良心に涙を流させているのだろう……。最後に、この者はほんの少しだけ人の心を取り戻したのかもしれぬな」
いつの間にか、俺の目からは涙が溢れていた。
いわれなき罪でここにいること。
自分の最後にまともに喋ることすらできないこと。
罪人にされている俺にさえ、民達がその善良さを忘れていないこと。
そんな善良な民に、罪人だと思われていること。
よりによって、このジュヌーン様に……罪人として扱われていること。
色々なものがぐちゃぐちゃに頭の中を引っ掻き回して……俺はいつの間にか泣いていた。
悲しいのか、苦しいのか。自分でもわからない。
こんな死に方をするほど、俺の生き方は間違っていたのだろうか?
才能は無くとも、民の為に生きていこうと決めた矢先にこの仕打ち。
……そんな決意さえ間違っていたのだろうか。
「では……この処刑が最後の慈悲になることを願いこの者――イクラム・トルテオーンに罰を下そう」
ジュヌーン様のその声で、じっと黙っていた側近の一人ニサがローブの中から白刃をすらりと抜く。
突如、俺の体は何かに拘束されたかのように身動きがとれなくなった。
ジュヌーン様のほうを見ると、満足そうな顔でこちらを見つめている。
ああ、俺はもう助からないんだとその時悟った。
何よりも俺が死ぬことを望んでいる人がここにいるとその時知ったのだ。
遅いと馬鹿にされるかもしれないが……そりゃあ、最後まで信じたくなるじゃないかよ。
「やれニサ」
「は。ジュヌーン様」
最後に聞いたジュヌーン様の声は、演説していた時の好々爺とは思えないほどに冷たかった。
ニサの声にも躊躇いはない。
そりゃそうだ。この国では強い貴族こそ正しい。
たとえ俺が普通に喋れたとしても……この場にいる第二位のジュヌーン様の言葉を疑うはずがない。
俺は、ここに来た時点で死んだんだ。
「痛みは一瞬だ」
それは最後の慈悲だったのだろうか。
ニサはそう言って、諦めた俺の首目掛けて剣を振り下ろす。
処刑を見つめていた民達もその瞬間は見たくないのか目を逸らしている。
……ジュヌーン様は、微かに笑っていた。
この場にいる誰もが、俺が無実であることなど信じていない。知るはずもない。
ただこの国のために処刑が早く終わることを望んでいる。
ああ、俺って本当に、
本当に……。
……何の価値も無かったんだな。
「きゃああああ!!」
目を閉じた俺の耳に、つんざくような爆発音とニサの悲鳴が響いてくる。
剣が処刑台に転がる音と、誰かが処刑台に乗る音がして俺は驚きながら目を開けた。
「ほほほ……。まさか、こんな命知らずがいるとは思わんかったの……」
見えたのが魔法使いとしての顔を見せるジュヌーン様と臨戦態勢をとるイク。転がっているのさっきまで俺の首を刎ねようとしていたニサ。
そして、俺の目の前には――
「やっばぁ……隠密だってのについやっちゃったわ……」
燃えるような赤髪と紅玉のような瞳を持つ少女が、鮮烈に立っていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
エルミラくんのこういうとこが好き。




