525.ダブラマの闇
「貴族の扱いが不当?」
「不当かどうかはマナリルにおける私達の価値観なので、断ずることはできませんが……少なくとも私には不当に思えました。ですが、ダブラマでは何故かそれが当たり前かのように語られるのです」
「んだそりゃ? 普通不当な扱いを受けるのは平民のほうじゃねえのか?」
疑問を口にしたヴァルフトに、周囲から冷ややかな視線が注がれる。
横たわっているアルムを見てヴァルフトは自分の口を手で塞いだ。
「まぁ、ヴァルフトの言わんとしてることもわかる……。マナリルだって俺らの世代まではいわゆる悪徳領主なんて言われる貴族はまだいたくらいだ。四大貴族のダンロード家が何百年も一貫して平民を庇護する方針だったのと、先々代の国王から行い続けていた意識改革の賜物で今じゃ珍しくなっているが……確かに不当な扱いを受けていたのは圧倒的に平民のほうだ。立場が弱いんだから当然といえば当然と言える。反魔法組織なんてのも平民から搾り取る圧政から生まれた集団だからな」
ヴァルフトの発言をヴァンがそれとなくフォローする。
今では珍しいが、マナリルには確かに平民に不当な扱いを続けていた時代が確かにあるのだ。
「ヴァン先生に説明されるまでもなくヴァルフトさんの発言の意図は当然分かりますが……アルムさんの前でそれを言うデリカシーの無さに引いているのですよ」
「もてない男って感じだし」
「ヴァルフトくん、アルムくんに謝ってー」
「う、うぐ……」
一斉に女性陣から畳みかけられるヴァルフト。
三対一の分の悪さ加え、自身でもどうかと思っただけに勝算があるはずもない。
ヴァルフトは反論もせずに大人しくなり、サンベリーナは話を続けた。
「話を戻しますわ。ダブラマの方針は"美しき国。誇り高き貴族がいる国。弱き貴族を許さぬ国、弱き平民を庇護する国"と非常に立派に見えるのですが……この弱き貴族を許さぬ国、という点が異様すぎるのです」
「確かに……ダブラマは弱い貴族に厳しいイメージがあるな。"数字名"連中とかほぼ使い捨てにされてるイメージだ……」
ヴァンが過去の記憶を思い出すように空を仰ぐ。
「ヴァン先生……数字名って何ですかー?」
「ほら、仮面被って同じ格好してる連中いただろ? あいつらは王家直属と聞こえはいいが……実際は使い捨ての作戦に使われることが多いんだ。前の戦争の時からそうだった」
「あー!」
ベネッタは『シャーフの怪奇通路』で戦ったダブラマの魔法使いの事を
思い出す。
あの場所に自分で入っていったベネッタが言えることではないが、作戦遂行のためとはいえあの場所に入らされるのは使い捨てにされていると言う他無い。
「あいつらは才能が無いって判断されて、名前も数字にちなんだ名前に変えさせられた貴族達らしい。家名を名乗ることも許されてない。せっかく封鎖してるダブラマの情報を他国に与えることになるからな」
「大変だぁ……」
「その組織とやらも実際は三十人以上所属しているようなのですが、王家直属と呼ばれるなど上位五人以外はどうでもいいような名前で呼ばれたりもしているのです。ですが……この国はそれだけではありません」
サンベリーナはそう言って、扇を閉じる。
そして右で指を二本、左は大きくて手を広げた。
「それは……どういう意味だい?」
「二十五人」
「なんですかー?」
「この一月で処刑されたダブラマの貴族の人数です」
話を聞いていたルクス達は絶句する。
あまりの衝撃に声を出そうにも出ない。ベネッタですら驚きで治癒魔法の手が止まってしまっていた。
一月に二十五人は明らかに異常な数。
当然マナリルでも貴族を罰することはあるが、血筋の保護を兼ねて幽閉が基本となっている。処刑となるのはかなり珍しい。
特にダブラマは魔法使いの数が減っている。そんなペースで処刑し続ければ魔法使いが衰退する未来を早めるだけだ。
「ダブラマでは誇りを持たない貴族とされた貴族が処刑されるのは珍しいことではないそうですが、調べてみたところ……年が明けてから処刑スピードが異常に上がっているんです。罪状には死罪になるとは思えないものもありました。地図を作成していた貴族が国家転覆を計画した内乱罪をこじつけられたり、複数人と不貞行為をした貴族がダブラマの理念に反するとされて反逆罪に決まったりと忙しなく処刑が行われているのです」
「……王都に行き来している商人の間では三週間後にはアブデラ国王直々に何らかの催しを行うって噂も広まってるし」
サンベリーナが話す信じられないダブラマの事情にフラフィネが一見関係の無さそうな補足をする。
しかし、フラフィネが何を言いたいのかは不思議とこの場にいる者は理解することができた。
「さあ、私が思ったことと同じことを皆さんも思っていらっしゃるのではないですか……?
まるで、何かを間に合わせようとしているようだ、と」
「あれだけお膳立てをしておいて……アルムを仕留められなかったか」
玉座で呟き、広間に響くその声は叱責のようだった。
ダブラマ国王アブデラの闇のような黒い瞳は……王城に帰投し、宿主の形態に戻っているグリフォンを見つめていた。
玉座の間には国王アブデラとグリフォン、そしてスピンクスの三人だけが集っている。
本来、煌びやかであるはずの玉座の間は暗澹たる雰囲気に包まれ、荘厳と呼ぶには相応しくない重苦しさが漂っていた。
「まさか、その呟きはこの身を責めているのかアブデラ王よ。文句ならば撤退を指示したスピンクスと……スピンクスに委ねた貴殿の采配を恨むのだな」
その闇のような瞳を獣の瞳が睨み返す。
対外的には仕えているような形を見せてはいるが、この場にいる三名の立場は対等。
アブデラはダブラマの国王ではあるが、だからといってグリフォンやスピンクスが仕える理由は当然無い。
三人が三人とも自身の欲望のために協力関係を築いているに過ぎなかった。
アブデラは睨むグリフォンに口元だけで微笑む。
「勿論責めてなどいないとも……君の撤退も奴がラティファを負傷させなければ有り得ざることだった。つまりは我々の想像通り、アルムという人間が脅威だということを再確認したに過ぎない」
「それだ。まさかラティファが負傷するとは……どういう理屈だ? 本体はこの城にあったのだろう?」
「恐らくは……アルムの魔法にそういった特性があるのでしょう……」
スピンクスが窓の外を見ながらゆっくりそう言うと、グリフォンの表情は解せないと言わんばかりに眉の間にしわが寄る。
「無属性魔法だろう?」
「無属性魔法だからこそでしょう……魔法としての現実が確立される前に捨て置かれ、創始者という存在もいない、魔力と魔法の中間とされる半端な魔法……。だからこそ使い手の"変換"によって……属性という方向性に縛られぬ自由さがあるのかもしれません……」
「普通であれば、その自由な"変換"を現実にできる魔力量が人間に備わらないということか……言わんとすることはわかるが、貴様が"答え"を見たわけではないのだな?」
グリフォンは宿主の状態でもなお鋭さの変わらない目でスピンクスを睨む。
白いヴェールの下から窓の外を見つめるスピンクスはそんな視線も軽く受け流しているようだった。
「ええ……。それでは不公平になるではありませんか……。私は人間の味方であり、敵でもある者……。それこそがスピンクス。それこそが私なのですから」
スピンクスはそう言って窓から視線を外すとグリフォンに笑いかける。
白いヴェールの下で微笑むその表情が何を意味するのかグリフォンには読み取れない。
「相変わらず奇妙な女だ。この身の願いを邪魔する気であれば、今ここで引き裂くのも一つの答えになり得るか?」
「それもまたあなたが出す一つの答えでしょう……。ですが共に同郷の守護者同士……。あまり利口な答えとは思えませんが……?」
二人の女性の体から鬼胎属性の魔力が漏れ出る。
重苦しい空気がさらに重く、充満する黒い魔力が生命の死を求めて奇妙に蠢く。
ここに誰かが入ってくればその場で卒倒するであろう殺気の渦が玉座の間にできていた。
「やめよ。ここにいるのは自らの望みの為に共同歩調をとる同志のはずだ」
「ちっ……」
「失礼致しましたアブデラさん」
そんな空間の中で、アブデラは何の影響も無いかのように玉座に座ったまま二人に言い放った。
無益な睨み合いだとわかっているからか、スピンクスもグリフォンも大人しくその言葉に従う。
「悲願の成就はもう目の前まで来ている。些事で袂を分かつには勿体ないと思わないかね?」
「ほう、人間も百年近く生きればそれなりの器になるのだな? だが、勝利を確信するのは油断し過ぎではないか? その目の前まで来ている段階でこのスピンクスはあろう事かこの身に撤退を指示したのだぞ? アルムが生きているだけで脅威は拭えぬだろう」
「確かにアルムを殺せれば最良だった。だが……あやつらがあの方法で脱出した時点で我々の目的は達成されている……。そうだろう? スピンクス?」
アブデラは悪辣な笑みを浮かべながら、スピンクスに問う。
「どういう事だ?」
「安心してくださいグリフォン……。アルムはもう、間に合わないということですよ……」
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お陰様で600話も超えてさらに続いていきます。これからも頑張りますので応援よろしくお願いします!




