524.渓谷の合流
王都セルダールから西部に二十キロ程離れたゲルトラ渓谷。
圧迫されるような断崖とクリーム色の岩肌が特徴のこの渓谷は魔石が発掘されないことが判明しているダブラマでは珍しい土地である。昔こそ西部へ向かう通り道になっていたものの旧道の老朽から今はここを通るのはよほどの物好きか逃げおおせた罪人くらいなものである。
ある意味、このダブラマでそう扱われているアルム達にとってはピッタリの潜伏場所だった。
「この人は全く……どこかに行ったら大怪我しなければいけない決まりでもあるんですの?」
「うわー……アルムっちの制服もうこれ白くないし……」
眠っているアルムの横でその姿に呆れるのはサンベリーナとフラフィネだった。
この二人にヴァルフトを含めた三人は元々アルム達の捜索のためにマナリルから派遣されており、当然不正入国なので大きな町で宿をとるというわけにもいかず、王都に近いゲルトラ渓谷を拠点としていた。
自然の中で迎える夜は町や村よりも早い。しかし、森のような深い闇はない。
アルム達がいる谷底に近い川岸にも平等に月光が届いている。
「これで敵の攻撃は一度も受けていないというのですから難儀ですわね」
「うん……三人で脱出するために頑張ってくれたんです……」
アルムの横では依然としてベネッタが治癒魔法をかけ続けている。
ベネッタの治癒魔法でもアルムのボロボロな姿は変わらない。内側から破裂するような傷が多いせいか、一つの傷でも治りが遅いのだ。
「ダブラマの『女王陛下』……第一位でしたか。中々に厄介な魔法使いを相手にしなければいけないようですわね」
サンベリーナはお気に入りの扇をばっと開く。
いつものようにぱたぱたと少し扇いでみるが……今は春前であり時間は夜。川が近いということもあって届く冷気は昼の比ではない。
サンベリーナは体をぶるっと震わせ、「調子がでませんわ……」と不満げに呟きながら大人しく扇を閉じた。
そしてついでとばかりに、岩に座ってじっと火を見つめているルクスをちらっと見る。
「それにしてもルクス・オルリック……あなたがいながら平民であるアルムさんがボロボロであなたが無傷とは……このような体たらくでは四大貴族の名が泣くというものですわ」
「さ、サンベリーナさん……! 仕方なかったんだよぅ……」
ベネッタがフォローするも、ルクスは静かに首を横に振った。
「いいんだベネッタ。サンベリーナ殿の言う通りだよ」
「で、でも、遺跡の周りは砂の檻があったってメドゥーサさんも言ってたし……多分地属性の魔法だから雷属性じゃ難しいってボクにもわかるよ……」
「ああ、そういう理屈があるのもわかってるよ。ベネッタの気持ちもありがたい。けど、あの脱出に僕は一切何も絡んでいなかった。ベネッタのようにメドゥーサから脱出の方法を聞き出すこともできなければ、アルムのように僕達を生かし続けるような知識も無かった。あの場で誰が足を引っ張ったかは明白だ」
「そ、それは……」
ベネッタが反論しようとすると、それをサンベリーナが制止する。
「ベネッタさん、手元が狂いますわよ」
「さ、サンベリーナさん……」
「言い訳をしない潔さだけは認めてさしあげましょう」
サンベリーナは変わらず、ルクスに厳しい目を向ける。それは気に入らないと思っていつつも好敵手と定めているからこその視線。
そんな視線に目もくれず。ルクスの瞳にはパチパチと音を立てて燃え続ける火が映っている。
「ヴァルフトさんもご苦労様でした。ここに皆さんで集まれたのはあなたの功績が大きいですから」
「相変わらず上から目線でむかつくな……」
「……? まぁ、それはこの私ですし……?」
「それで伝わるでしょ? みたいな困惑顔やめろ。余計にむかつくわ」
「あら失礼。では早く慣れてくださいな」
「これだから上級貴族はくそだぜ……」
それ以上言い返す気も起きずに舌打ちするヴァルフト。
そんなヴァルフトの言葉遣いも舌打ちも許容するサンベリーナ。
相性が良いのか悪いのかよくわからない二人である。
「そういえば……ヴァン先生はどこからきたんですかー……?」
「王都だよ。お前らが捕まったって噂がダブラマ中に広まってすぐに調査を切り上げて王都に来た……色々情報を探ってたら王城から魔法生命らしきやばい怪物が飛び出すわ、戦ってるのがお前らだわで頭が追い付かん……」
「な、なんかごめんなさいー……」
「いや、一先ず間に合ってよかったってことは確かだ」
ヴァンは横たわるアルムとフラフィネが持つ血だらけの制服をじっと見る。
「そいつ治癒魔法だけで大丈夫なのか……?」
「本当は病院に行って検査するべきなんですけどー……」
「ダブラマの病院を頼るのはリスクが高すぎるか……」
「はい……。治癒魔法は感染症とかには無力なので検査だけでもしたいんですけどー……」
「ん? マリツィアって協力者に頼めばいいし?」
血で染まったアルムの制服を見続けるフラフィネが何気なくそう言うと、ルクスとベネッタの間にどことなく気まずい空気が流れる。
フラフィネはそんな空気に気付き、いつも通り頭の両脇に髪を纏めているお団子を揺らしながら二人を交互に見る。
「……」
「……」
「あ、あれ? うち……何かまずい事言ったし?」
「何かあったのでしょう。ですが、実際頼れるのは協力関係にあるマリツィアという御方くらいでしょうし……二人が何を懸念しているのかはともかくいずれ会いに行かなければいけませんね」
サンベリーナの言う通り、これからの為にも真偽を確かめなければいけないということはルクスもベネッタもわかっている。
だが二人の中にはマリツィアに対しての疑念がちらついており、理屈ではわかっていても頷くことができなかった。
考えて悲しくなったのか、ベネッタの瞳にじわっと涙が滲む。
ベネッタはぐしぐしと乱暴に涙を拭って、アルムに再び治癒魔法をかけ始める。
「そういえば……ミスティ様とエルミラさんは? 私達はアルムさん達の捜索のために駆り出されたのでこちらの動きをあまり把握しておりませんの。ヴァン先生がこちらに来ていたことは来る前に知らされましたが……」
「通信用魔石が使えなくなっているから俺もそこら辺は知らん。実際あの二人はどうしてる?」
サンベリーナとヴァンが聞くと、ルクスは火を見つめながら答える。
「エルミラとミスティはダブラマの第三位ルトゥーラという魔法使いと霊脈の調査を行っています。別れる前はダブラマの第二位ジュヌーンという魔法使いが治めるダルドア領に行っているはずですが……今どこの霊脈にいるのかまではわかりませんね」
「霊脈の調査ってことは……」
「はい、ダブラマのアブデラ王は魔法生命の力を持っているようなのですが……その点に関しての情報がまだ少ないので霊脈を調べているんです」
「霊脈は俺もカルセシス陛下の命令で調べていたが……ここ一月回った感じでは特に変わった様子が無かった……。昼に戦ったやつといい国王といい……後はスピンクスってやつもか……。これだけ国内に魔法生命がいるのに霊脈に変化が無いってのは逆に不気味だな……」
今までマナリルで確認されている魔法生命は良質な霊脈を求めていた。
霊脈に接続することで自身の魔力を無尽蔵にし、"現実への影響力"を一気に高めていく。だからこそヴァンもダブラマ国内の霊脈調査を命じられたのだ。
しかし、ヴァンが回った大小含めた四つの霊脈は全て何の変化も無し。
国王までが魔法生命を持っていることに加え、グリフォンにスピンクスという魔法生命が多数いるにも関わらず、ダブラマ国内の霊脈に何の変化も無いというのは確かに不気味という他無い。
「ちっ……結局わからねえことばかりじゃねえか」
使用できない通信用魔石。変化の無い霊脈。何故かこの国に集っている魔法生命。
アブデラ王の目的も加えて、現状では考えるにも情報が足りなすぎている。
「不気味なのは魔法生命に関してだけではありませんわ」
思案しても答えに辿り着かないであろう話にサンベリーナが割って入る。
その表情は険しくなっていくが、サンベリーナは再びお気に入りの扇を広げて顔を隠した。
「私とフラフィネさんで王都セルダールで色々とお話を聞きましたが……この国、どこかきな臭いですわよ。平民が幸福に暮らすその裏に少し、不穏な影を感じます」
いつも読んでくださってありがとうございます。
お久しぶりのお二人。




