523.綱渡りの対峙
「あーあー……またこんなのと戦わなきゃいけないとはな……!」
『風を利用して無理矢理飛行を可能にしているのか……。ダブラマにまで轟かせるその名は伊達ではないな。この身を前に魔法を崩さずに飛行し続けられるとは』
「余裕だ余裕。こいつらみたいなまだまだななお坊ちゃん達とは場数が違うんだよ」
「ヴァン先生かっこいー!」
「すいません、ヴァン先生……!」
黄色い声援を浴び、アルム達四人を血統魔法で浮かせながら、ヴァンは思考を回転させる。
余裕そうにグリフォンと対峙している勇ましい姿とは裏腹に、内心では口汚く今の状況を嘆いていた。
(何が伊達じゃないだくそったれ……! やせ我慢に決まってんだろ……! 助けるためとはいえ状況が悪すぎる……! 俺含めて人間五人を飛行させるのは無理だ……!)
それも自身の血統魔法によるコントロールの限界を知っているからこそ。
ヴァンの血統魔法【風声響く理想郷】の飛行可能人数は本来三人。
自分を含めたら二人が定員だ。今は浮かせるだけにとどめているから何とか安定させているが、二人も定員オーバーのこの現状で飛行しろと言われれば誰かをあらぬ方向に吹っ飛ばすことになるのは間違いない。それか自分の魔法式で脳が焼き切れるかのどちらかか。
なんにせよ、機動力のあるこの魔法生命から五人無事に逃げおおせるなどという奇跡はまず起こせない。
アルム、ルクス、ベネッタ、ヴァルフト、自分の誰かは今から確実に殺されてしまう。
自分以外を地上に下ろして逃がす? いや、馬鹿正直に戦ってくれるはずがない。 満身創痍のアルムがいる地上のほうを狙うに決まっている。
ヴァルフトの血統魔法を待つ? 壊されたばかりの血統魔法を鬼胎属性の魔力が充満しているこの場で安定して"放出"できるとは思えない。
何か起きろとヴァンは初めて何者かに祈る。自分の限界は余裕そうな救出を演出することだけだと。
『だがヴァン・アルベール……いかに貴様が強者であれど、満身創痍のアルムを抱えてこの身を制することができるかな?』
「試してみるか?」
グリフォンが翼を広げて臨戦態勢に入る。
一対一でも怪しいわ、とヴァンは心の中で正直かつやけくそ気味に叫んでいた。
誰でもいい。誰かこの状況を動かす最後の一手を打てと――
「――『光芒魔砲』!」
『なに!?』
グリフォンが翼を広げた瞬間、ヴァンの血統魔法によって浮いていたアルムが突如手を向け、魔法を唱える。
放たれる無色の砲撃をグリフォンは狼狽しながらもその場から上昇して回避した。
「アルムくん!?」
「アルム!」
「おいてめえ無茶すんな!」
「ぐっ……! ヴァン、せんせ……い……! 援、護します……!」
激痛に顔をしかめながらアルムは戦闘の意思を見せる。
血塗れの制服に満身創痍の体。どう見ても戦っていい体じゃないその目には揺るぎない闘志が宿っている。
今の言葉がはったりではなく、本気なのだと思わせるに十分……否。アルムは本気でそのボロボロの体のまま戦おうとしている。
「俺一人で十分だ、なんて台詞を教師としてははきたいところだが……相手は魔法生命、ありがたく頼らせてもらうぞ」
余裕を演出するためにヴァンは不敵に笑う。
本当はほとんど動けないなどと思えないような自信に満ちた笑み。
アルムが目を覚ましたことで勝算があると思わせるためだけの演技を。
(……当時より魔力が上がっている? それとも【原初の巨神】とラティファでは使う魔力に差があったのか?)
先程まで迷いなく戦闘の意思を見せていたグリフォンはアルムの魔法を見て初めて迷いを見せた。
グリフォンは魔法生命の中でも高い"現実への影響力"を誇る。とはいえ、"最初の四柱"には及ばない。
相手は大百足を葬り、大嶽丸をも打倒した者。ここで確実に葬っておきたいが、自身の核が破壊された時のリスクがグリフォンの中に天秤として浮かび上がる。
グリフォンがどちらをとるべきかと思案していると、グリフォンの耳で魔力光が淡く光った。
『引いてくださいグリフォン』
その巨躯に似合わないサイズの通信用魔石から聞こえてきたのはスピンクスの声だった。
自身が決断する前に囁かれた撤退の声に、グリフォンは反射的に怒りを覚える。
『アルムを殺す最大の機会を逃せというのか?』
『ヴァン・アルベールの参戦で簡単ではなくなったでしょう? それに、今こちらからもアルムの魔法が空に放たれたのを確認致しました……アルムの魔力がまだ残っている可能性がある以上無理に戦闘を仕掛けるのはリスクになりましょう。未だ姿を現さないミスティ・トランス・カエシウスという懸念事項もあります。ラティファさんが負傷している今、彼女には私達で対応しなければなりません』
『貴様の言うそれは全て悪い方向に考えた場合だろう。ここがアルムを殺す最大の機会であることには変わりない。それとも……同郷の貴様がこの身……グリフォンの力を信じておらぬと?』
『とんでもありません。しかし、この段階であなたが破壊されでもすれば……かの御方の"存在証明"が弱まります。私達は確かに守護者でもありますが、確実な復活をもたらすための楔となる役割も担っていることをお忘れなく』
『……』
『決めたのでしょう? たとえどんな形でも望みを果たすと』
言われて、グリフォンは忌々しそうに目を細める。
アルムとルクスをその苛烈な瞳で睨むと、ため息をつくかのように嘴を鳴らした。
『……わかった。帰還しよう。貴様に乗ってやる』
『ありがとうございます』
グリフォンから感じる威圧感が急激に薄まっていく。
空に充満した鬼胎属性の魔力も薄まっていくが、ヴァンはそれでも臨戦態勢を崩さない。
グリフォンは翼を羽ばたかせ、より上空に上がったかと思うと王都セルダールのほうへと飛び立っていく。
『一つ問おうスピンクス……貴様は誰の味方だ?』
最後にアルム達を一瞥しながら、グリフォンは魔石の向こうにいるスピンクスに問う。
『そんなもの決まってるではありませんか。私はいつだって自分の味方でしかありません。魔法生命というのはそういうものでしょう?』
『確かにそうだ……そうだったな。帰投する』
魔石の向こうに聞こえる不敵な笑い声を聞きながら、グリフォンは通信を切る。
嵐が過ぎ去ったかのように、この場はただの青空へと変わっていった。
「ぶはぁ……まったく、綱渡りもいいとこだ……」
グリフォンが一足で来れなくなった距離まで離れたのを見届けて、ヴァンは大きく息を吐く。
緊張から解放され、全身から噴き出る不快な汗で自分の生を実感した。
「ヴァン先生助かりました」
「何言ってんだ。お前らが耐えたから助かっただけだ……それに、引いたのはアルムを警戒してのことだろうしな」
ヴァンはぐったりと風に乗っているアルムに向けて顎を動かす。
「それで? 本当に援護できたのか?」
「…………」
アルムから返事が返ってこず、隣で浮いていたベネッタがアルムの頬をつんつんとつついた。
「……ヴァン先生、アルムくん気絶してますー」
「まぁ、そうだろうな……魔力は本当に残ってるのかもしれないが、その怪我じゃな。ベネッタの治癒魔法でほんのちょっと起きられただけだろうよ」
「ですが、それが撤退の決め手になったようですし……流石の……」
そう言って、ルクスは奥歯を噛み締める。
最後まで言いきることができなかった。こみ上げてくる悔しさで今にも血液が沸騰してしまいそうなほど顔が熱くなる。
「とりあえず王都から離れるぞ。正直に言うと、俺の血統魔法も限界なんでな」
「お、おい……戦う気満々みたいなこと言ってたじゃねえかよ……」
「馬鹿言うなヴァルフト。はったりに決まってるだろうが、自慢じゃないが、こちとら今にも漏れそうなくらいやせ我慢してるんだ」
額に脂汗をにじませながら、ヴァンはゆっくりと全員を地上に降ろした。
そして追跡を警戒しながら、後日サンベリーナとフラフィネと合流する予定の場所へとヴァルフトの案内で移動し始める。
こうしてアルム達は元凶の集う場所……王都セルダールから逃げきった。
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