522.空を翔ける者
『空はこの身の領域。果たして、満身創痍のアルムを守れるかな?』
グリフォンが翼を羽ばたかせると、風に乗って鬼胎属性の魔力がルクス達に届く。
縮まる距離は殺戮へのカウントダウン。
ヴァルフトも自身の血統魔法である巨大な白い鳥の速度を上げるが、それ以上の速度でグリフォンは迫ってくる。
「は、速すぎる――!」
「んだこいつは!!」
グリフォン。
獅子の胴体に鷲の頭と翼を持つこことは違う異界においてメジャーとも言える怪物である。
その歴史は古く、起源は紀元前まで遡り……その名と雄々しい姿は様々な芸術や紋章、神話や伝承の中に今でも住み続けている
時に神々の戦車を引き、時に黄金を守り、時に神の象徴として鎮座し、敵対した者を容赦なく引き裂く守護者とされる神獣。
英雄に敗北したわけではなく信仰が途絶えたことによって死に絶え、この世界に降り立った常勝の狩人。
それこそが、魔法生命グリフォンである。
「ヴァルフト! 追い付かれる――!」
「くっ……! おおおおお!! 迎え撃て!! 【千夜翔ける猛禽】!!」
ヴァルフトは白い巨鳥を反転させ、突っ込んでくるグリフォンを迎え撃つ。
巨鳥とグリフォンのサイズに大きな違いはない。
五メートルほどの二つの巨躯が青空の中でぶつかり合う。
響き渡るように鳴く巨鳥とは正反対に、グリフォンはただ静かに巨鳥の鉤爪を受け止める。
『ほう……ロックバード……。千夜に住む幻獣か。中々に練度も高い』
剣と剣がぶつかり合うような鈍い音が響き、鉤爪と嘴でぶつかりあった両者は拮抗する。
満身創痍のアルムが落ちないように、ルクスとベネッタは二人でアルムを支えながら巨鳥の背中にしがみ付く。
『我々がこの世界に来なければ、その力に溺れても恥にはならなかったであろうな』
拮抗は本当に一瞬だった。
巨鳥の鉤爪が岩を砕くなら、グリフォンの鉤爪は鉄を切り裂く。
巨鳥の嘴が骨を食むなら、グリフォンの嘴は骨ごと命を食い荒らす。
ヴァルフトの操る巨鳥の嘴も鉤爪は静かに敗北の道を辿っていき、数度の打ち合いだけで目の前の怪物との差が見えていく。
『甘く見るな幻獣の使い手よ。この身はメソポタミアからギリシャにまでその名を刻む古代王国の神獣。千夜の伝承に住む幻獣如きとは存在の格が違う。この身と渡り合いたいのなら、神鳥くらいの存在を顕現させねばな』
「ち、くしょう――!!」
言葉の通り、存在の格が違う圧倒的な膂力。
グリフォンは巨鳥の攻撃をものともせず、その鉤爪で薄氷を割るかのごとく巨鳥の片翼を引き裂いた。
「きゃあああああああああ!!」
「くそ! バランスがとれねえ!!」
『我が儘を言うな。普通ならこの身を前にして地に堕ちないだけ称賛されよう。数度撃ちあえたことを誇りに次の人生を歩むがいい』
グリフォンは落ちていく巨鳥とその背中に乗る四人に手向けの言葉を送りながら、空を仰いだ。
その先には、最も輝く天体がある。
「【平伏せよ、地獄に堕ちる者】」
その光を浴びるように翼を広げ、グリフォンは詠唱を始めた。
見上げるグリフォンの姿は空を戴く支配者そのもの。
響き渡る声には当然、魔力が宿っていた。
「【この身は王権を代行せし者。降り注ぐ威光の下、愚者への罰を今開帳する】」
雲が集まる。黒い魔力を取り込んだ雲が。魔力に染まって白から黒に。
自然にではなく、グリフォンの魔力によって生まれた黒雲が地に堕ちようとしているアルム達四人を嘲笑うように集結する。
「大嶽丸と同じ――!」
『言ったはずだ。空はこの身の領域だと』
空はグリフォンの領域。
その意味は空を駆けることができるからではなく、空の事象に干渉することができるということ――!
「【権能代行・暴風雷】」
黒雲から降り注ぐのは雹ではなく、黒い雷と斬撃のような風。
この場以外が快晴の中轟く雷鳴、吹き荒ぶ嵐。
村一つであればあっさり焼き払うような自然現象が鬼胎属性によって再現され、たった四人の人間へと襲い掛かる。
「【雷光の巨人】!!」
その降り注ぐ自然現象を、歴史の結晶が迎え撃つ。
ルクスの唱えた血統魔法は黒雷の中に響き渡り、顕現した雷の巨人はグリフォンの創り出した災害を受け止める。
"オオオオオオオオオオオオオ!!!"
轟く二つの雷鳴。雷の巨人は咆哮とともに全てを防ぐ盾となる。
黒雷が降り注いでも砕けず、斬撃のような風を受けてもそのカタチは崩れない。
雷そのものとして顕現した巨人はその歴史に相応しく、鬼胎属性の魔力をアルム達に届かせることなく全て焼き切った。
『人への罰で巨人を砕くことは敵わぬか……流石にミノタウロスを制しただけはある』
グリフォンは改めて、血統魔法を唱えたルクスを視界に入れる。
ようやくグリフォンはルクスを敵と認識する。
だがそれでも彼女の余裕は崩れない。
『運が悪かったな。風属性創始者マエーレ・アルベールが敷いた"天への到達"を不可能にする理さえ残っていれば……この身とまともに勝負することもできただろうに。所詮は雷。空から落ちることはできても飛ぶことはできはしまい』
「く……!」
ルクスの血統魔法はたとえ強力であっても飛行できない。
雲や魔法で跳ねることはできても、自由飛行には程遠い。
いくら"現実への影響力"が高く、グリフォンの攻撃を防ぐことができたとしても飛行できる魔法生命であるグリフォンと勝負にならないのは明白。
いずれ訪れる結末が敗北なのだとルクスが悟るには十分すぎた。
『恨むのなら、その理を破壊した者を恨むがいい。誰なのかは知らぬがな』
グリフォンが止めを刺すべく鉤爪をアルムに向ける。
ヴァルフトの【千夜翔ける猛禽】はすでに消失した。
【雷光の巨人】が盾にはなっているが、それでも落下しながらグリフォンと直接戦闘してはまず勝てない。
せめてアルムだけでもと、ヴァルフトとベネッタに目配せしていると――
『む――?』
落ちるアルム達に向かって来ようとするグリフォンが突如翼を広げて加速を止める。
何かを察知したのか、ルクス達から目を離した。
鉤爪と獅子の爪で空を走るように翔け、グリフォンは周囲を見渡す。
『人間――!?』
その警戒でグリフォンの瞳が見つけたのはこちらに向かってくる人間。
鳥の翼も虫の羽も無く、ただの人間にしか見えない誰かが一直線に風に乗ってこちらに突貫してくる。
そんなことが有り得るのかと一瞬戸惑うグリフォン。人間が飛べないのは当然。その戸惑いが図らずも一瞬の隙を生んだ。
しかし、狙いはグリフォンではない。
後数秒で地面に落ちるというアルム達に向かって、その人間は突っ込んだ。
「久々に会って早々……なんでお前らはやばそうなトラブルに巻き込まれてんだ!!」
「ヴァン先生!?」
「ヴァン先生だー!!」
空から突っ込んできたのはボサボサの髪に無精髭を生やした人間――ベラルタ魔法学院の教師の一人ヴァン・アルベール。
血統魔法によって地面に落ちるアルム達四人を風で拾い、その勢いのままヴァンはグリフォンを、五メートルはある怪物を怯むことなく睨みつける。
『ヴァン・アルベール……警戒リストにあった名前か。すでにダブラマに潜入していたか』
「おいおい……。随分礼儀正しい国だなダブラマ……! うちの生徒を地面に叩き落とそうとするとはなぁ!!」
いつも読んでくださってありがとうございます。
最初のほうにちらっと話に出ましたが、この人も潜入してました。




