521.ダブラマ王の狙い
「サンベリーナ殿やフラフィネくんもダブラマに?」
「ああ、お前らとの連絡が途絶えて王様からのご指名がきてな! 追加戦力としてダブラマに送られたんだよ! 鬼胎属性との交戦経験があって、どこにも所属してない奴っていうアホみてえな条件に当てはまるのは俺達くらいしかいねえからな。それに、ダブラマの人喰い砂漠を超えるには飛行の魔法が必要なのもあって俺様の力がいるってわけだ!」
ヴァルフトの操る巨大な白い鳥の上でルクスは自分達が地下遺跡にいる間の動きをヴァルフトから聞き取る。
地上に出た喜びに日向ぼっこでもして一日中浸っていたいが、そうもいかない。地下遺跡にいた自分達は致命的に情報が遅れている。
「くはははは! 馬鹿な国王もついにランドレイト家の重要さに気付いたってわけだ! 今回の作戦が終わった暁にゃあ叙勲からの上級貴族への昇格も夢じゃねえぜ!」
国王直々の指令とあって家の力を誇示するチャンスでもあるからか、ヴァルフトも気合が入っている。
「ヴァルフト……ちなみに、僕達からの連絡が途絶えてから何日経ってるんだい?」
「今日で九日だ」
「九日……! そんなに……!」
「俺達が到着したのが昨日の夜明けだからな」
マリツィアの動きは? エルミラ達の調査はどうなってるのか? 自分達がいなくなったことでマナリルとダブラマの間に何らかの軋轢は生まれたのか?
いくらでも問いたいことは出てくるが、到着して二日も経っていないヴァルフトが把握できているとは思えない。困らせるだけだろう。
「ヴァルフト達の動きを教えてくれ」
「お前らの捜索のために俺が王都上空の感知魔法の外から。サンベリーナとフラフィネは王都に潜入してダブラマ国内の情報収集も兼ねての捜索で別れてる……つっても通信用魔石が使えねえから連絡は取り合えねえ。互いに無理な行動は無しってことで、明日落ち合うことになってる」
「通信用魔石が使えない?」
「ああ、ダブラマに入った直後はまだいけたんだが……なんかあるっぽいぜ」
ルクスは使者として国王カルセシスから賜った通信用魔石を取り出し、魔力をこめる。
魔力光は灯るが、別の通信用魔石に繋がるような反応が全く無かった。
「それにしても……あいつ大丈夫なんかよ?」
ヴァルフトは後ろでベネッタに治癒魔法をかけられているアルムのほうをちらっと見る。
全身を切り付けられたかのように血塗れのアルムには流石に驚いたらしい。
「なんかあいつ毎回大怪我してんなおい……ガザスの時もそうだったしよ……」
「それだけ……頼ってしまっているという事かもしれないが、今回はアルム以外ではどうしようも無かったからね……。本当に頭が上がらない」
「地下に閉じ込められたってのも意味がわかんねえなおい。マナリルからの使者として行ったんだろ? お前らが出てマナリルに報告したらそっこーで戦争になんじゃねえのか? 口封じにぶっ殺したほうが手間もかからねえだろうに」
「そこは僕も疑問だったが……アルムを警戒しているからだと思うんだ……。こちらが先手をとられて動揺している間に地下遺跡に閉じ込めようってことだったんだと思う」
「なんつーか……マナリルと長年争ってる国にしては詰めが甘くねえか? 結局こうして脱出できちまってるじゃねえかよ?」
「向こうもそれだけ『女王陛下』という魔法使いを信頼していたのかもしれないね。なにせダブラマを長年守り続けているらしいから……」
「アルムくん!」
ルクスとヴァルフトの会話を中断させるベネッタの声。
二人が振り向くと、治癒魔法をかけられながらアルムがゆっくりと目を覚ましていた。
アルムは痛みに耐えながらゆっくりと首を動かし、周囲を見回しているようだった。この様子ならこのまま治癒魔法を数日かけ続ければ回復するだろう。
一先ずは安心と三人は思い思いの声をかける。
「おいアルム! このヴァルフト様が来てやったぜ! 感謝しな!」
「アルム。君のおかげで外に出れたよ。わかるかい? ちょっと眩しいかもしれないが」
「あ、アルムくん……! 気分はどう? まだ痛いと思うけど――」
アルムはかけられる声には反応を示さず、とある方向に顔を向けている。
そして何かに気付いたのか目を見開いた。
「く、くる……」
「え?」
「なにか……くる……!」
アルムが顔を向けているのは王都セルダールの方角。
ルクスは体を動かせないアルムの代わりに後方に見える王都セルダールを注視する。
何かに勘付いたのか、危険を察知したのか。どちらにせよいい加減なことを言う性格でないのはよく知っている。
しかし、見る限り王都のほうには何の変化も無い。
王都の周りは開拓された地平。地下遺跡から出たアルム達には眩しいくらいの快晴の大空。
見える王都セルダールは威風堂々とした巨大な都市のままそこにある。
だが、何か。
何か、胸騒ぎがする。
逸る鼓動は本能からの警告か。
理性もまた思考を加速させる。
だって、考えてもみろ。
あんな脱出の仕方をしておいて……静かすぎるような――
【異界伝承】
ルクスの、いや全員の背筋に悪寒が走る。
王都から離れ続けるこの上空まで声が聞こえるはずがない。
その聞こえるはずのない声が――王都からここまで届いた気がした。
背筋に悪寒で鳥肌が立ち……その瞬間、遠くに見える王城から何かが飛び立った。
「なん……だ……!?」
一瞬の疑問すら愚かであるかのように。
王城から飛び立った"何か"からこちらへの――殺意の音が響き渡る――。
【天空戴冠・王権の鷲獅子】
空の眩しさを恐怖で霞ませる黒の魔力。
その名の主は巨大な翼を羽ばたかせ、大鷲よりも遥かに巨大な鉤爪と獅子より鋭利な爪を持って雲を切り裂きながら駆ける。
――ただ一体の生命によって、この天空は彼女のものへと変わった。
「速度を上げろヴァルフト! 魔法生命だ!!」
「っ――!」
空に浮かぶ鬼胎属性の魔力を見てルクスが指示を出す。
魔法生命の危険度はヴァルフトも身に染みている。
自身の血統魔法が出せる最大速度で逃れようとするが――
『数瞬遅いな。それでは何も守れまい』
力強い女性の声がルクス達の耳に届く。
ただの女性の声ではない。歴戦を想像させる余裕と威厳に満ちた声だった。
その声に吐きそうなほどの殺意を孕ませているのだから質が悪い。
大鷲を凶暴化させたような頭と翼、猛禽の鉤爪と獅子が如き巨躯が合わさった威圧感は魔獣などの比ではなく……なにより、その身に纏う黒い魔力がその正体を物語っている。
暗に手遅れと突き付ける声が届く距離にまでその怪物――グリフォンは迫っていた。
『こちらの最高速度に対応できぬ愚鈍さ……同じように空を駆ける者としては致命的と言わざるを得ないな』
「この……! 化け物が……!」
「アブデラ王の脇にいた魔法生命か――!」
「あの恐そうな美人さんー!?」
『また会うこととなったな。この身はグリフォン。その賛辞は遺言として貰っておこう』
グリフォンの獣の瞳を見てルクスはその正体を察する。
謁見の間においてスピンクスと対になるように玉座の脇に立っていた獣の瞳をした女性。
その正体がこの魔法生命なのだと――!
『脱出できたということはメドゥーサを懐柔したか。流石と言いたいところだが……その不憫さに同情しよう。あのまま地下遺跡で息絶えていれば必要以上の苦痛を味わう事は無かっただろうに』
「あんな場所にメドゥーサ殿を閉じ込めれなければその通りだったかもしれないが!?」
『……まぁよい。この身の狙いはただ一つ。邪魔をせねば命を拾えるかもしれぬな?』
「……?」
ルクスはグリフォンの瞳を睨みつけて、違和感に気付く。
この魔法生命は鬼胎属性の魔力を纏い、吐き気がするような死の気配を振りまいてはいるが……ミノタウロスと戦った時のような感覚とは何かが違っていた。
確かにこちらに迫ってきているというのに、少し遠い。
まるで……グリフォンの瞳にある殺意がこちらに向いていないような――?
「ま、まさか……!」
自分達が殺されずに地下遺跡に落とされた疑問。
警戒のためだと思っていたそれは、自身の考えと似て非なるものだったとルクスはようやく気付く。
そう、アブデラ王はルクスの考え通りアルムを警戒していた。その見解は間違っていない。
だが、警戒した結果とった手段が自分の想像と違うとしたら?
その証拠に……グリフォンはただ一点を見つめている。
『【原初の巨神】を破壊し、大百足を打倒した【天星魔砲】……これらを可能にするまでに"現実への影響力"を引き上げるその魔力量は常軌を逸していると言う他ない。紅葉や大嶽丸をも葬ったその者は確かに魔法生命の天敵だろう。だが無理に"現実への影響力"を上げているからか……いささか反動が大きすぎるようだな?』
先手をとってアルム達を地下遺跡に落としたのは、地下遺跡で野垂れ死なせるためではない。
警戒しているはずのアブデラ王がそんな不確定なままアルムを対処したと終わらせるはずがない。
「くそ……! そういうことか……! そういうことだったのか!! こいつらの狙いは最初から――!!」
そう、奴らはわかっていた。
【原初の巨神】を破壊し、大百足を打倒したアルムがただ野垂れ死ぬはずがないことを。
奴らは笑みを浮かべて、これ以上無いほどに信じていた。
アルムがその力によって必ず――地下遺跡から脱出することを――!
『そう。我らの狙いは最初から――天敵アルムの魔力切れだ』
天空を統べる魔法生命がその鉤爪をアルムに向ける。
――狩るべき獲物を弱らせるのは常套手段だろう?
矮小な命を射殺す鋭い瞳が、捕食者の常識を語っていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
地下遺跡脱出編終了です。ここで一区切りとなります。
強襲されるアルム。呪法を受けたベネッタ。ここからどうなるのか……?
続きも頑張って更新していきますので、応援よろしくお願いします!




