519.一片の疑いも無い
「なに!? 脱出できる!?」
『かもしれない、ね』
メドゥーサからされた嘘のような話に、広間に戻ってきたアルムとルクスは驚きを隠せない。
そんな二人の反応にメドゥーサは上機嫌でもったいぶるように髪をくるくると指で巻いている。
「出口は無いと……言ってなかったか?」
ルクスは疑念の目でメドゥーサを見る。
最初に聞いた時、メドゥーサは確かに出口は無いと言っていた。気まぐれにこちらを攪乱しようとしているのなら許さないという怒気がルクスの金の瞳に宿っていた。
そんな視線をすり抜けるように、メドゥーサはくすりと軽い笑みを返す。
『ええ、出口は無いわ。私は嘘はたまにしかつかないもの』
「……! 出口は無いが、脱出する手段には心当たりがある?」
『ふふ、そんな便利なものじゃないわよ? ただ、あなた達が話していた方法をほんの少し手助けしてあげるだけ。地上を巻き込まない位置さえわかれば……地表まで一気に貫ける魔法が撃てるんでしょう?』
メドゥーサはそう言いながら、自分の耳をとんとんと指で差す。
そのジェスチャーで自分達の会話が聞かれていたことにアルムとルクスも気付いた。
「……聞いてたのか」
「まぁ、いいじゃないかアルム。話を聞いてくれてたおかげで脱出方法を教えてくれる気になってくれたんだから」
『ふふ。そうそう感謝しなさいな。私は人間とは根本的なスペックが違うの。ねぇ、ベネッタ?』
「……? ベネッタ?」
メドゥーサの隣でやけにおとなしいベネッタに違和感を感じるアルム。
せっかくここを脱出できるかもしれないというのに、メドゥーサの隣でただ黙っているだけだ。
アルムの心配そうな声で我に返ったのか、ベネッタは笑顔を浮かべる。
「な、なに!? アルムくん!?」
「いや……大丈夫か?」
「うん! 脱出できるんだもん! 元気になったよー!」
えへへ、と両腕をわざとらしく動かして元気とアピールするベネッタ。
その様子に違和感を感じるが、憔悴しているからこその違和感かもしれない。なにはともあれここを脱出するのが優先だ。
「それで……メドゥーサ殿は攻撃しても大丈夫な位置がわかると?」
『ええ、勿論。生きるにの精一杯な頭で少しよく考えてみなさいな。ダブラマの人間はここの遺跡をどうやって見つけたんだと思う?』
「……そうか! 発掘作業だ! ダブラマほどの大国、しかも王都付近とあれば地盤の調査を念入りにするに決まってる! 掘り進んで問題ない場所に通路を作ってここを見つけているはずだ!」
メドゥーサに問われて、ルクスが即座に気付いた。
オルリック家は魔石発掘の事業を手掛けている家系。むしろ何故もっと早く気付かなかったのかと、ルクスは自分に呆れてしまう。
『はい当たり。遺跡調査のために掘られたトンネルがちゃんとあるのよ』
「だが……そんなものは見当たらなかったが……」
『はぁ……あなた達ここにはどうやって来させられたの?』
「!!」
言われて、アルムは思い出した。
アルム達がここに落ちたのはラティファによって地面を砂に変えられたから。
そして、この地下遺跡に落下した時の記憶を辿ると、アルムは確かに覚えていた。
水に落ちる直前、自分達が通ってきたはずの空洞を砂が埋めていた一瞬の光景を。
「まさかあの場所だけじゃなく……この地下遺跡はラティファって魔法使いに砂で固められている?」
『そういうこと。この地下遺跡にはあのアブデラっていう性悪男が罪人認定したやつが落とされる。罪人を閉じ込めるのに、檻があって当然でしょ?』
言われてみれば、気付ける余地は十分にあった。
年数による劣化を除けば比較的綺麗に保全されている地下遺跡。王城から直通で落とすことの出来る手際の良さ。万が一にも這い上がれないようにと落ちてきた空洞を塞ぐ意志ある砂。
生き残るためにと思考のリソースを割かれていたということだろうか。メドゥーサがここにいることといい、この地下遺跡は当然ダブラマが元々管理している場所に決まっている。
(わかったからと何かができたわけでもないが……)
それでも、これだけの考える時間があったのなら状況を把握する意味も込めて推測を伸ばすべきだったとアルムは自省する。
平静のように見えて、思考が狭まっていたということだろう。
自分があれだけ特殊な魔法を目の当たりにして、このような考えすらも思いつかなかったのだから。
『さ、私についてきなさいな。一応、その場所に案内してあげる。光栄に思いなさい』
メドゥーサはアルム達を案内するべくずりずりと体を引きずろうとするが……人一人分くらいを進んだところですぐに止まる。
『……やっぱりおぶっていきなさいな』
「え、ええ……そのくらいは当然……」
『このメドゥーサをおぶれるのだから……これも光栄に思いなさい?』
「わかりましたよ……」
メドゥーサの案内でアルム達は数日を過ごした広間を後にした。
去り際にアルムは広間に向かって手を合わせて、ルクスとベネッタもそれを真似るとメドゥーサの指示で地下遺跡を歩き始める。
途中、亡霊に襲われるも今となっては慣れたものだ。
手早く亡霊を退けて歩廊を歩く。ここに落ちてきた当初は不気味に聞こえていた水音も、ここを離れると思うと心地がよく聞こえてくる。
歩廊の壁画を見納めとばかりに眺めながらしばらく進んでいくと……今まで歩いてきた歩廊と特に変わった様子も無い何の変哲も無い場所に辿り着いた。
『ここよ』
「ここは地図を作る時にも通ったが……丁度端に当たる部分だ。ベネッタ風に言うと船の船首といった感じか」
『ええ、間違いないわ。ここが一番あの砂女の気配が濃いの』
メドゥーサの髪が生き物のように蠢き、天井のほうに毛先が向く。
『あなた達や他の人間と違って、私はここに落ちてきたんじゃなくてここにあったトンネルを通って連れてこられたのよ……私を拘束した砂女が坂を下っていったのを覚えているから、本来はこっから坂になった道があるはずよ』
「ベネッタ。見てみてくれ」
「う、うん! 【魔握の銀瞳】!!」
ベネッタは手首に巻かれた十字架を取り出し、血統魔法を唱える。
地下遺跡に響き渡る歴史の合唱。
翡翠の瞳に魔力が集まり、ベネッタの瞳を魔力が銀色に変えていった。
「少なくとも、上に魔法使いとか魔法生命はいないみたいかなぁ……それに、変な感覚がする……。ガザスで見た妖精みたいなふんわりした命の気配……ちかちかするというか……」
ベネッタの瞳には岩盤の向こうにある命の気配が映っている。
命そのものではないが、その源泉との繋がりがある小さな気配が……上に向かって並んでいるかのような。
「……ベネッタが言うなら間違いなさそうだな」
『ちょっと? この私を疑ってたのかしら?』
「確認です確認」
『ふん、気に食わないわね』
「噛まないでください。痛いです」
がじがじ、とおぶっている状態で無抵抗のアルムの肩を噛むメドゥーサ。捕食の為に食いちぎるというよりは抗議の意を示すような噛みつきだ。
アルムは噛まれながらも、背中におぶっているメドゥーサを優しく地面におろす。
「よし……ルクス、ベネッタ。離れてろ。念のため防御魔法をかけておけ」
「任せたよアルム」
「が、頑張ってアルムくん!」
ルクスとベネッタは言われた通り、天井のほうを見上げるアルムからメドゥーサを引きずりながら離れる。
「後……その後の俺のことを任せた」
「任された!」
「うん! ボクも頑張って治すよー!」
この後、自分がどうなるかを知っているアルムはルクスとベネッタに自分を託す。
離れても伝わってくるアルムの集中。
そんなアルムの背中を見て、メドゥーサは懐疑的な表情を浮かべる。
『それで? 教えてあげたところで地上まで本当に行けるわけ? 私としてはそれをどうやるかのほうが気になるんだけど?』
「ええ、それについては問題ないんですメドゥーサ殿。だってつまりは、大地への攻撃でしょう?」
『ずいぶんな信頼ね? ベネッタといいあなたといい……私はあの砂女の魔法を破れるとは思えないんだけど』
ルクスとベネッタは顔を見合わせる。
「当然ですよー。特にボクは、アルムくんが勝ったところを見てるんですから」
先程まで浮かない顔をしていたベネッタの表情が、アルムの背中を見て一変していたのにメドゥーサは気付く。
蛇の髪から伝わってくるベネッタの信頼と安堵の感情。
この地下遺跡は依然として冷えた空気に包まれているはずなのに、その声からは温もりを感じる。
まるで……もう脱出することが約束されているかのような――
「『準備』」
狙うは地上。破壊するは大地。
ならば、破壊できぬ道理などこの男には存在しない。
そう、二人は知っている。ベネッタは見届けている。
出会って最初の年。そして五人で最初に巻き込まれた最初の事件その結末――
「"充填開始"」
――大地の巨神を迎え撃った天の砲撃が、全てを終わらせたことを。
いつも読んでくださってありがとうございます。
脱出開始。