517.遺跡の四日目
「単純な構造なのが逆に希望が無くて辛いな……」
地下遺跡に落ちてから四日。アルムは自分の足で歩いて作った地下遺跡の簡易的な地図をまじまじと見る。メドゥーサに魚の集まりやすい水路を聞いてから食料に余裕が出たのもあって、マッピングに専念できることができたのは幸いだったが……結果はぼやいた通り。
どうやらこの地下遺跡は伸びた楕円形のような構造で、遺跡の周りを取り囲むように大きな水路が流れており、遺跡の中にある水路はその周囲の水路から枝分かれするようになっている。
地下遺跡自体の構造も単純であり、今アルム達がいる広間を中心に左右対称のシンメトリーであること以外は特徴も無い。つまり出口になりそうなイレギュラーな場所も無さそうなのである。
「ここに落とされる前に見たダブラマの王城も左右対称の構造だったね……昔からの伝統みたいなものなのかな」
「なんか船みたいな形だねー……全部歩いてきたのー?」
「いや、まだ歩いてない通路はあるが、おおまかな構造は遺跡の一番外の歩廊と内部の曲がり角などを確認したから間違いない。後は何か驚くような仕掛けがある浪漫に期待するしかないな」
ルクスとベネッタが地図を覗き込んでみてみるが、アルムのいうように普通の建築物のような単純な構造だった。
しかし、考えてみれば当然だ。地下遺跡といってもここは元々地表にあった建造物……王墓のような敵対者の侵入を想定して迷宮にするような場所でもなかったのだろう。
「それにしても、何故地図は作れるのに普段は方向音痴なんだ……?」
「ねー」
「いや、都会のほうがよほど迷宮だぞ。複雑だし、何より地図が細かすぎるんだ……山は感覚を掴めればある程度規則的に見えてくるし、この場所は本当に単純なだけだ」
ルクスとベネッタに痛いところを突かれ、微妙な表情のアルム。
――何故人が住むところをあんな複雑な構造にするのだろう。
アルムがベラルタに来た時から解けない永遠の謎である。
『だから言ったでしょうに……出口なんて無いって。ほら女。もう一匹寄越しなさいな』
「あ、はいはーい」
くつろぎながら口を開けて焼き魚を催促するメドゥーサに、ベネッタは焼き魚をふーふーしてから近付ける。
メドゥーサはその容姿からは考えられないほど荒々しく、焼き魚の腹にかぶりついた。
メドゥーサは女王気分だが、とうのベネッタは子犬に餌付けしている気分なのか微笑ましく笑顔である。
『ふうん……こういう食事ができるようになったんだから、やっぱり話の出来るあなた達は生かしておいて正解だったわね』
アルム達の視線がふと広間の骸達にいってしまう。
ここにある骸はメドゥーサを殺しにかかった者達の成れの果て。
今でこそ食事を共にしているものの、相手は人を喰う魔法生命の一体である。
しかし、やはりその存在には気になる点があった。
「メドゥーサさん、ここの情報は結構集まったから質問の内容を変えたいんだが……答えてもらえるか?」
『ええ、何でも答えてあげるわ。なに? 御姉様達について?』
「いや、そうではなく……ここに亡霊を出しているのはやはり自衛ですか?」
メドゥーサはその質問を聞いた途端、不機嫌そうな表情を浮かべながら焼き魚を骨ごと咀嚼して飲み込んだ。
『はぁ? あんな悪趣味なこと私がするわけないでしょ。こっちは生きてるだけで精一杯だってのに……あの霊はアブデラって性悪男がやってるんでしょ』
その口ぶりからメドゥーサは嘘を言っているように見えない。
……ならば、ここはやはりただの処刑場なのか――?
アルムはその疑問を確認すべく、質問を変える。
「では。あなたは何故ここに?」
『それは言えない』
「……」
先程何でも答えてあげると言われたよな? と自分の記憶力をつい疑ってしまうアルム。
メドゥーサはそんなアルムが言いたいことを察したのか、面倒くさそうに寝転がった。
『意地悪で言ってるんじゃないわよ? 私を殺したのはラティファとかいう砂女だけど……ここに落としたのはアブデラっていう性悪男なの。呪法をかけられてるから答えられないことだってあるわ』
「なるほど、ありがとうございます。亡霊の出現に呪法……マリツィアの予想通りアブデラ国王は魔法生命の力を持ってると見て間違いなさそうか……」
ふとアルムが口にしたマリツィアという名前にベネッタは表情を曇らせていた。
今すぐにでもマリツィアの真意を確認したいベネッタだが……確認するにはあまりに遠い場所にいるのが歯痒い。
『普通なら私にそんな呪法効かないけど……見ての通りこの様だから』
「殺されたっていうのは……メドゥーサ殿はこうして生きていますよね?」
『ああ、それはこことは違う世界にいらっしゃる御姉様達からの天恵のおかげ。私は魔法生命になる時、御姉様達からの祝福と御力を頂いていてね。核無しでも生命としての"存在証明"が可能なの。核が破壊されているから魔法としての"現実への影響力"はほぼ無いけれど』
「存在証明……エルミラから聞いたな……。存在を肯定する力とか言ってたが……つまり、メドゥーサ殿はその御姉様達に存在を肯定されているおかげで、消滅していないと?」
『そういう事。理解が早いのはいいことよ、男』
改めて、魔法生命は何でもありだなと実感するルクス。
とはいえ、核を破壊されても消滅しない魔法生命は他にもいる。
隣国であるガザスとアルムの故郷カレッラを狙っていた"最初の四柱"――大嶽丸も一度は核を破壊されたが、自身の能力で一度だけ再生を可能にしていた。
核が魔法生命の弱点であることは間違いないが、彼らは魔法と生命の概念が融合した異界の怪物。能力次第ではこのように生き残ることも可能というわけだ。
「ミノタウロスにもこういう能力があったら危なかったかもしれないな……」
ルクスは呟きながらベラルタで倒した魔法生命ミノタウロスを思い出す。
あの時の自分がどれだけ全力だったかがわかっているからか、核を破壊した後まだ戦うなど想像もできない。
『なになに? あなたミノタウロスを知ってるの?』
ルクスの独り言にメドゥーサが興味津々とばかりに反応する。
突然の反応に驚いたが、元々魔法生命は常世ノ国で同じように生まれたのだから知っていて当然かと納得した。
「ええ……僕が倒した魔法生命ですから忘れるわけがありません」
『は? あなたが? ミノタウロスを?』
「は、はい……」
『……』
メドゥーサの声に含まれているのは怒気や殺意ではなく、純粋な驚嘆だった。
目が潰れていなければ目を見開いてルクスを凝視していただろう。
『へぇ……。鬼胎属性の匂いがするとは思ってたけど……あいつを倒したのね……。あなた名前は?』
「……ルクス・オルリック」
『そう。あの堅物とは同郷でね……能力はよおく知っているの。まさか負けるとはね……凡人っぽいのにあいつを倒すってことはあなた結構やるじゃない』
同郷と聞き、一瞬仇討ちでもされるのかと思ったがメドゥーサの口から出てきたのは手放しの賞賛だった。
ルクスは柄にもなく照れていたが、ベネッタはルクスが凡人と呼ばれたのをよく思わなったのか少し抗議する。
「ルクスくんは凡人なんかじゃないですよー」
『あらそうなの? やばいやつかどうかくらいしか判断できないから人間社会での評価はよくわからないのよね……どう? あいつ結構強かったでしょ?』
「ええ。一手の……本当に一手の差だった」
『そう……まぁ、どうでもいいけど』
どうでもいいと言いつつ、メドゥーサはミノタウロスの死を悼んでいるようだった。
少しの沈黙は亡き同郷の仲間に向けての手向けだったのかもしれない。
そんなメドゥーサを見て、ベネッタはつい気になることを聞いてみたくなった。
「そういえば……メドゥーサさんもやっぱり望みとかあるんですか?」
『ええ、当たり前でしょ? ……聞きたいの?』
「はい、気になります」
ベネッタが頷くと、メドゥーサは自分のことを聞かれて気分がよくなったのか起き上がる。
『私に素晴らしい御姉様達がいるっていうのはわかったでしょう?』
「はい、それはもう」
「十分に……」
ここ数日メドゥーサからの話は御姉様達の話かここについてかの二択なので当然だ。
結局名前は教えられていないが、メドゥーサには姉が二人いることと、メドゥーサが姉を敬愛しているのは嫌というほど教えられている。
『元の世界ではゴルゴン三姉妹なんて呼ばれているんだけど……私だけ半端者なのよ』
「半端者?」
『御姉様達は私とは違って完璧な不死の女神でね……こうして、私だけが死んでこの世界で魔法生命になっているのよ』
当然のように不死の存在がいるというのが驚きだったが、メドゥーサの語り口は淡々としているようで悲哀の色を帯びており、口を挟むのも憚れる。
メドゥーサの事はアルム達も聞いている。
別の魔法生命を追ってダブラマを襲った魔法生命。ダブラマの民を呪法で石化させて虐殺を繰り返した怪物。
人間である自分達からすれば同情する理由などないはずだが……その声はまるで部屋の隅でうずくまる寂しい少女のようだった。
『御姉様達はこんな私を美しいと言ってくださった。世界一の妹だと言ってくださった。それなのに、私はあの英傑にまんまと殺されて……御姉様達を裏切った。私が御姉様達と同じように不死であれば、御姉様達の足手纏いでなければそんな事にはならなかったのに』
メドゥーサの体から鬼胎属性の魔力がうっすらと漏れ出てる。
自分を殺した英傑よりも、殺された自分への不甲斐無さが怒りとなって魔力に呼応していた。
目と足を潰された満身創痍の体とは思えない圧は、目の前の女性が改めて魔法生命なのだと思い出させる。
『私の願いは、火属性創始者リアメリー・アプラの自立した魔法によって敷かれた理……"不死の否定"を破壊して、怪物ではなく御姉様達と同じ不死身にして完璧な女神となること』
メドゥーサは自分の願いを口にする。
その声はまだ諦めていないと言っているかのように力強く、こんな場所でも生き永らえている理由を雄弁に語る。
『自分が殺されて初めて見た御姉様達の泣き顔が忘れられない。もう二度とあんな思いはごめんなの。この世界で神となり、御姉様達に追い付いて今度こそ足手纏いにならず、後ろで守られているだけの妹ではなく対等な姉妹として胸を張って隣に並び立つ……それが私の、たった一つの――望みよ』
メドゥーサの興奮は魔力だけではなく肉体にも。
魔力と一緒にメドゥーサの髪が生き物のようにざわついていた。
自信の欲望、願いにかける思いで魔法生命は活動してる。ゆえに、生命として強い。
満身創痍ながら感じるその生命力を実感させるような光景だった。
「……少し、わかります」
『ふん……馬鹿げてるって思っているんじゃない?』
「いえ、本当に……わかるんです」
メドゥーサが語ったその願いにルクスとベネッタは少し共感していた。
ぼやくようなルクスの声に、ベネッタもうんうんと頷く。
怪物と人間。人を喰らう者と人を守る者。
メドゥーサと二人の間には交わるには厚すぎる壁があるが……メドゥーサの願いはその壁を越えて、二人に届く。
その感情は、本当によく知っていたのだ。
「……メドゥーサさん、お魚もう一匹食べますかー?」
『何よ女まで……なんか気持ち悪いわね……。都合がいいはずなのにむずむずするわ……』
ほんの少し、メドゥーサに親近感を覚えて……地下遺跡での数日が過ぎていく。
怪物であっても人間であっても、願うことには変わりはない。
たとえ交わることがなくとも自身の欲望を諦めることはできない。
だからこそ、こうしてどちらも……諦めずに生きている。
いつも読んでくださってありがとうございます。
同じ食事をするって距離詰める効果凄いですよね。会食とかやる理由がなんとなくわかってしまう。




