514.遺跡の邂逅
「亡霊……? ミノタウロスの時に言ってたやつか?」
「そうだ! あの時と同じ感じがする!」
という事はここにも魔法生命がいるのだろうか。
アルムはそんな疑問を浮かべながらもルクスより前に出た。
「俺がやる。ルクスは後方を警戒しながら魔力を温存。ベネッタは両方のフォローを頼む」
二人の返答を待つ間もなくアルムは松明をベネッタに押し付けると、強化の魔法を唱えながら駆け出した。
全身に淡い光が行き届き、朽ちた大理石を蹴って正面へと。
前方を埋め尽くすような黒いモヤの集団目掛けて、アルムは躊躇いなく突っ込んだ。
そもそも、小細工を弄せるような空間ではない。
道は前か後ろかの二択しかない。ならばやる事に迷いなどあるはずもなかった。
『カラ……サ……イル……』
『ニ……ゴ……』
「なるほど……確かに人の形のように見える」
近付いて、煙のように掴みどころのなかったカタチに人間の輪郭を見る。
黒いモヤが亡霊だと呼ばれることに妙な納得を覚えるアルムだが、それで躊躇いなどうまれない。
過去に人間であったとしても、今の自分が先に進むのを邪魔するのならばそれを敵でしかない。
「『魔弾』」
向かってくる黒いモヤは三体。
アルムは右腕に展開される五つの魔力の弾を前方に放つ。
亡霊の一体はそれを躱す様子も無く、五つの弾全てを受け止めると半透明な体を霧散させていった。
『アリ……ト……』
「っつ……! 覚えのある、感覚だ……!」
『魔弾』の魔法が当たった瞬間、アルムは自分の頭に情報が流れ込んできたことを感じた。
鬼胎属性の魔力を相手にする時と同じ現象。魔力を通じ、名も無き誰かの感情が入り込む。
亡霊達が鬼胎属性の魔力によってこの場に現れていると確信し、アルムは忌々しげに吐き捨てた。
目の前の亡霊達に対してではなく、亡霊達をこの場に現わせている何者かに向けて。
「許せよ」
その一言に拳を込めて、伸ばされる黒い手を掴んでそのまま亡霊の身体を引き寄せる。
引き寄せられた半透明の体に拳が突き刺さり、二体目の亡霊が霧散した。
亡霊の存在による温度の低下と、頭に入り込む亡霊の声の記録がアルムを蝕む。
差し込む光も無く、生存が絶望的な地下遺跡の環境に加えて、亡霊達による精神攻撃……普通の人間であればただでさえ摩耗する精神がさらに衰弱し、早々に生きる気力を手放してしまうだろう。
だが、亡霊達が道連れに選ぶには相手が悪い。
この程度で折れる精神であるとすれば、アルムが今日までを生き抜くことなどできるはずがない。
「『魔剣』」
亡霊の体を突き刺した拳の先に魔力が現れ、剣を形作る。
その剣を引き抜くように、アルムは半身で一歩下がりながら魔力の剣を逆手に持ち変えると自然と振りかぶったような体勢となっていた。
「悪いな」
振りかぶった魔力の剣をアルムは天井近くまで浮かび上がった亡霊に向けて投げ撃った。
緩慢な動きが目立つ亡霊がその速度に反応できるわけもなく、亡霊の体を魔力の剣が切り裂いた。魔力の剣はそのまま天井に突き刺さる……と思ったが、天井に当たった瞬間砕け散る。
「やっぱりこの魔法、使い手から離れると一気に脆くなるな……。『準備』を使うまでもなかったからいいか……」
三体の亡霊を数秒で消滅させて、アルムが振り返ると。
「『聖撃』!」
『ア……ト……』
アルムを背中から襲おうとしていた亡霊にベネッタの魔法が突き刺さる。
暗闇と亡霊の体が重なって視認しきれなかったが、向かってきた亡霊は合計で四体だった。
亡霊の体はアルムの目の前で霞んでいき、黒いモヤは地上に上るように消えていく。
「いいフォローだ、ベネッタ」
「えへへ……」
アルムは下がっていたルクスとベネッタの所まで戻ると、褒められて照れるベネッタから松明を受け取る。
ぐるりと松明で遺跡全体を照らしながら周りを確認するが、亡霊の姿はもう見えない。
水路の水に雫が跳ねた音でベネッタが少し肩をびくつかせたが、それは見なかったことにした。
「大丈夫そうだな。それにしても……今回は何で亡霊が見えるんだ……?」
「確かに、ミノタウロスの時はアルムは亡霊は見えていなかったね」
「ボクはあの時寝てたけど、普通に見えるよー?」
「子供にも見えてなかったって話だったが……もしかして知覚するのに条件があるのか……?」
アルムは初めて目の当たりにした亡霊に関して考察しかけるが、今やるべきことではないと頭を振る。
「いや、それよりも先に行こう。どうやら、俺達が進む方向はあってるみたいだからな」
アルムはそう言って、松明で亡霊達が来た方向を照らす。
亡霊達がこの先から来たということは、少なくとも亡霊達に関しての手掛かりがこの先にある可能性は高い。
魔法の光源を持つルクスを先頭にして、アルム達は引き続き警戒しながらゆっくりと先に進んだ。
「……広い」
進んでいく先をアルム達が迷うことは無かった。
迷宮のように侵入者を迷わせるような構造ではなく、下水のように町一つ分に広がるような構造でもない。
分岐となる道は数えるほどで、歩廊の脇に流れる水路の流れに逆らうように先に進んでいくと、アルム達は今までの歩廊とは明らかに違う広い空間に出た。
「うっ……!」
広間に一歩足を踏み入れて、広間の壁に引っかかるようにぶらさがっていたものを見てベネッタは吐き気をこらえた。
胴体だけの人間の骸だ。骸は壁の隙間に手を入れていて、そこから胴体がぶらさがっている。
出口を求めた末、壁に縋って絶望したのか。それとも何かから逃れようとしたのか。
この骸が何を思っていたのか確かめる術は無い。
「ベネッタ……きついなら目をつむってたほうがいい」
「え……?」
アルムは松明を、ルクスは魔法の光源を掲げて広間を照らす。
そこには――
「ひ――!」
広間に描かれた壁画や歩廊よりも複雑な床の紋様などよりも先に、直視せねばならない惨状が広間には広がっていた。
広間に散見されるのは人間の骸の数々。広間を見渡して見えるのは骨。骨。骨。
一人二人ではない。照らしている場所だけでも一体何人の骨があるだろうか。壁に寄り掛かっているのも合わせて二十はある。広間全体を合わせれば何人の骸があるのだろうか。
ここまで歩いてきた歩廊には一体の骸もなかったというのに、広間にはまるで死と恐怖を集めたかのように転がっている。
それとも、この遺跡に落とされてしまった全員がここに辿り着くしか無いということか。
「……しかも、新しいのもある」
「え!?」
「それだけじゃない。ネズミの骨もだ……!」
「アルム……。ということは……!」
人間の骨と同じ場所に散らばるネズミの骨を見つけ、アルムは戦慄する。
ネズミの少なさからネズミの捕食者がいると推測していたが、この状況で捕食者がネズミだけを狙うと楽観視できるはずがない。
『あーら……新しいお客さん?』
「!!」
「っ!」
「ひっ!!」
三人とは違う声が広間の中心のほうから聞こえてくる。
首筋を撫でるような女性の声。闇の中に気配がある。
声の主を照らそうとするもまだ遠いのか姿が見えない。対して、こちらは光源を持っているため丸見えだ。
あまりにも不利な状況。しかし光源を手放すわけにもいかない。緊張からかルクスとベネッタは生唾を呑み込んだ。
『すんすん……。すんすん……。あら……へぇ?』
身構えるアルム達の緊張など露知らず。声の主は鼻を鳴らす。
命を嗅ぎ取っているのか。暗闇の中に艶めかしい笑みが浮かんだような気がした。
首筋を撫でるような、ではない。首筋を舐められるような命を握られるような悪寒が背筋に走る。
『そんな恐い顔しなくていいのよ? ようやく、話ができそうな人間が来てくれたんだもの。少しの間は歓迎してあげる……とはいっても、あげられるものなんて骨しかないけどね』
くすくすと笑う女性の声。
アルムはすでに気付いている。笑い声にも微かに乗って伝わってくる鬼胎属性の魔力。
暗闇の中にいるのは間違いなく、ただの人間などではない。
ずるずる。ずるずる。
引きずるような音を立て、暗闇の中にいた声の主はその姿を松明と魔法の光の中に現わした。
『ようこそ糞みたいな廃棄場へ。私は"メドゥーサ"。退屈過ぎて死にそうなのよ。そのおいしそうな体を食べない代わりに……少し話し相手になってくれない?』
現れたのは鬼胎属性の魔力を纏った美しくも妖しい女性。
美女と呼んで差し支えない顔立ちに生き物のように動く美しい髪。
しかし、その目は閉じられていて首には痛々しい赤黒い穴が開いている。
艶美な肢体を引きずって……討伐されたはずの魔法生命、メドゥーサと名乗る女性はアルム達の前に姿を現した。
『そのくらい、いいでしょう? だってあなた達、鬼胎属性の魔力は慣れっこみたいなんだもの』
いつも読んでくださってありがとうございます。
近況というほどではありませんが、歯医者さん行って虫歯ありませんでした。




