512.届けこの謝罪
「まずは三人とも助かったことを喜びたいが……そうも言ってられない」
ルクスの魔法を利用して点けた焚火を三人で囲みながら火の灯りで周囲を見渡す。
アルム達がいるのは苔むした石造りの歩廊はどこかへ続いていて、歩廊の脇には三人が落ちた水路が流れている。
正確には水路らしきもの。歩廊よりも幅が広く、人が作ったであろう歩廊のように整っているわけでもない。どちらかといえば川に近いだろうか。
「マリツィアの話ではセルダールの地下に古い都市があって、そのさらに下に古代遺跡があるって話だったな……ここはどっちだ」
「どちらにせよ簡単には出られない場所に落とされたみたいだね」
命は助かったが、予断は許さない状況だ。
最低限生き延びるために必要な水も食料も無い。運だけはありますようにと祈ることすら惜しい。
「んんっ……」
水に浸かって冷えた体を容赦なく撫でる一切の温もりを感じないここの空気にベネッタは身震いする。
北部出身のベネッタとはいえ、流石にこの状況は辛い。先程まで溺れていたのもあって不安は募るばかりだ。
「よく見ると床がただの石材じゃないな……朽ちてはいるが大理石のように見える」
「という事は遺跡のほうかな……流石に町の水路に使うには上等すぎる」
「そういうものか」
「え……」
ルクスと状況の確認をしながら、アルムはベネッタを抱き寄せる。
アルムは上の服を脱いでおり、半裸の異性とここまで距離が近くなってしまうのは思春期の少女にも毒といえよう。
ベネッタの頬は冷え切った体とは裏腹に真っ赤に染まり、顔だけが熱くなっていく。
「あ……う……」
突然の行動に驚いたベネッタがアルムの顔を見上げるも、アルムは普通の顔で床を触りながらルクスに質問を続けていた。
ルクスのほうを見ればルクスも驚いたような顔をしていたが、すぐにベネッタの体を温める意図だということを理解した。
ベラルタに来るまでずっと山の中で暮らしていたからか、アルムは生き延びるための行動を自然にとっているに過ぎない。
「ルクス? 聞いてるか?」
「え? あ、ああ、なんだい!?」
「さっき俺達が入った水路の水は汚水というよりは清水みたいだった。下水でこんな状況は有り得るのかって聞いたんだ。町の整備に関しては平民の俺にはわからん」
アルムは自分達が落ちた水路のほうに目をやる。
ルクスとベネッタを助けるために潜った際、汚水にしては視界がある程度確保されていた。鼻を利かせると苔とカビ、そして湿った臭いが目立ち、どうにも下水のような顔をしかめるような臭いも薄く、違和感を感じていたのである。
「そ、そうだね……ちょっと考えられないかな。スライムを放っているにしても綺麗すぎる。それにこんな地下まで管理できると思えない」
「スライム? 魔獣の?」
急に魔獣の名前が挙がり、アルムは首を傾げる。
「ああ、大きな領になってくると管理が大変なのもあって下水にスライムを放すんだ。スライムは汚水を浄化してくれるからね、王都やカエシウス領でもやってるはずだ」
「……過剰魔力で暴走したらどうするんだ? 王都やカエシウス領は霊脈があるだろ?」
「そうならないように管理するのも領主の仕事だよ。自分で確認しに行ったり、魔法使いを派遣したりして育ち過ぎてるスライムは間引きしたり捕縛したりね……ほら、ミスティ殿の弟のアスタ殿がトランス城の隠し通路で地下水路から町に出てたって言ってただろ? あれは元々地下水路の管理のための通路でもあったと思うよ」
「なるほど……そんな仕事もあるのか……」
アルムの知らない領主事情を聞かされて感心する。
アルムの故郷カレッラでも水辺にスライムを見かけることはあったが、山の川は元々清水なのもあってそんな利用の仕方があるとは知らなかった。普段は特に害が無いため狩ったりはしないが、過剰魔力で暴走した時だけ川の水をせき止め始める迷惑な魔獣という認識だった。
それに加えて――
「おいしくないんだよなスライム……」
「ん? アルム何か言ったかい?」
「いや、なんでもない」
個人的な不満を呟いて、話を元に戻す。
「あのアブデラって王の指示通りきっちり遺跡に落とされてると思ってよさそうだな……まさかあんな使い手がいると思わなかった」
「第一位『女王陛下』のラティファ殿……砂漠にいると思っていたのもあって全く予想できなかったね……こっちが事態を動かしてると油断してたのもある。自分の甘さに腹が立つよ」
「仕方ない。まだこっちは戦う覚悟もしていなかったからな」
「けど、今回の対応で……少なくともアブデラは倒せる相手というのはわかったね」
ルクスは続ける。
「玉座の脇に自分を守らせるように魔法生命二体を配置して、砂漠で国防の根幹を担ってるはずの第一位まであの場に集める念の入れ方……わかりやすくアルムを警戒していたとみていい。多分砂で捕まえてすぐに止めを刺させる予定だったんだろうけど……ラティファ殿は断っていた。マリツィア殿が言っていた通り、呪法で配下にさせられてるんだろうね。きく命令ときかない命令に線引きがあるんだ……まぁ、普通にここに落としたらいずれ死ぬだろうからプラスに考えすぎかもしれないけど」
「マリツィアさん……」
ベネッタは寂し気にマリツィアの名前を呟く。
鼻をすする音が妙に物悲しく洞窟内に響いた。
「マリツィアがどちら側かは今は置いておこう。真意を聞き出せない状態で考えても仕方ない。今はここを脱出すること、生き延びることを考えよう」
「うん、そうだね……ベネッタの体力が戻るまで休憩したら歩ける限り散策しよう」
「ぼ、ボクは大丈夫だよー」
ベネッタは起き上がろうとするがアルムに顔を押さえられ、ルクスも首を横に振る。
「駄目だよ。君は溺れて意識を失ってたし、短時間とはいえ水も飲んで呼吸も止まってた。ここで生き延びて脱出するためにも十分休息はとるべきだ」
「で、でもー……」
「それに、服がある程度乾くまでは待つべきだ。早く動いてわざわざ体温を奪われながら疲れる必要はないよ」
「はーい……」
ルクスに諭され、ベネッタは大人しく焚火のほうを見つめる。
濡れて冷えた体に火の熱気と体を寄せているアルムの体温が心地よい。
予想以上に疲労していたのか、徐々に眠気も襲ってきた。
「……あれ?」
そんな眠気に任せてまどろもうとした時……とある疑問が頭をいっぱいにする。
「水も飲んで呼吸も止まってたって……じゃあなんでボク大丈夫なの……?」
「ああ、アルムの迅速な救助のおかげさ。落下中の指示もそうだったけど、落ちた後も落ち着いて助けてくれたんだ」
「自然に勝つことはできないが、生き延びることには慣れてるんだ」
「アルムくんが助けてくれたのはわかるけどー……どうやって……?」
「……? そりゃ心肺蘇生したに決まってる。魔法使いってのは誰かを助ける存在だからな。魔法以外の方法として胸骨圧迫と人工呼吸はシスターからも教わってたんだ」
アルムが当然のように言うと、ベネッタの顔がゆでだこのように染まっていく。
じんこうこきゅう? ジンコウコキュウ? 人工呼吸?
纏まらない思考の中、ベネッタはあわあわと口を震わせながら、自分の唇にそっと触れた。
そういえば何やら感触が残っているような。朧気ながら覚えているような?
「そ、そっか……あ、アリガトゴザイマス……」
「気にするな……顔が赤いな、大丈夫か?」
「う、うん、た、焚火のせいだよ……」
「体調がおかしくなったらすぐに言ったほうがいい。方針も決めたいからな」
「お、オッケー!」
平静を装い、たどたどしくなりながらも何とかアルムとの会話を成立させるベネッタ。
どこか視線も落ち着かない。ルクスが見て見ぬふりをしてくれているのだけが幸いだろうか。
(あああああああああああ!! ごめんミスティ!! ごめえええん!!)
ひとしきり心の中で騒ぎ立てて動揺が収まった頃、ベネッタは今どこにいるのかもわからない友人に向かって、申し訳ない気持ちを叫ぶ。
(というか……)
何で隣のこの人はそんな平静にしてられるんだ、と自分の中で理不尽な怒りが湧きあがってきたのを感じて……ベネッタは、ふん、と顔を背ける。
その頬は恥ずかしさからか、焚火の色とは違う形でしっかりと染まっていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
悪くないけど何か悪い気がしてしまうベネッタさん。
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