511.生存のために
「きゃああああああああああ!!」
「うあああああああああ!!」
ベネッタとルクスの悲鳴がこだまする
流砂によって加速した自由落下。纏わりつくように一緒に落ちていく流砂は三人を逃がさぬためか。
地面などこの世に存在しないかのように三人の身体は重力に逆らえない。
空中で体の自由の利かない混乱と周囲の状況すらわからない暗闇が恐怖を煽る。
そして、このまま落ち続ければいずれ訪れるであろう自分達の惨状を脳内で想像してしまう。
落下死。即死。死。最後。
王都セルダールの地下。かつて都邑を誇った名も無き都市を通過してさらに下へと。
生存を諦めるに十分な十数秒の落下時間の中、諦めとは無縁の声が二人の耳に届いた。
「強化をかけろ! ルクスは無属性だ!!」
「っ! が、『天翼の加護』!!」
「……! 『強化』!!」
光のような声に従ってルクスとベネッタは強化を唱える。二人の声に続いて声の主――アルムも強化を唱える声が聞こえてきた。
どこにいるかは暗闇でわからないが、一人生存を諦めていない。
アルムはただ一人声もあげず思考し続け、数瞬で状況を把握した。
あまりにも長すぎる落下時間。そして纏わりつく砂。
この流砂によって落下速度が軽減されていることにアルムは気付き、落下先に備えて魔法を指示する。
「ルクス! 下に飛ばせる魔法を! 光をくれ!!」
「『雷光の矢』!!」
アルムの声で僅かながら取り戻した思考でルクスは下に中位の攻撃魔法を放つ。
自分の判断力が恐怖で役に立たないのもその時自覚した。アルムの指示通り、光をもたらすために持続時間が長く、かつ飛距離が長い雷の矢を飛ばす魔法を選択する。
平静からかけ離れた精神状態が作り出した見るに堪えないひどい"変換"。見た目は矢というより箒のようで矢じりにあたる部分は全く纏まっていない。攻撃としては使い物にならないが、光が欲しいアルムにとっては好都合だった。
「!!」
下に放たれた雷属性の魔法。今は下水となっている地下都市はとっくに過ぎており、辺りは岩盤のようだった。
ルクスの魔法が消える瞬間、真下で一瞬きらっと光が反射したのをアルムは見る。
その反射した光を見て、自分達がどこに落下するのかをアルムは気付いた。
「水だ! 息を止めろ!!」
「え!?」
「っ――!?」
「『防護』!」
瞬間、大きな水音が三つ地下で響き渡った。
流砂は水まで届かない。砂は役目を終えたようにそのまま何事も無かったかのように洞窟の一部に戻っていった。
アルム達が落ちたのは広い空間の中にある川のような場所だ。
(ギリギリで視界を確保できた……!)
落ちる寸前に唱えた『防護』の補助魔法でアルムは水の中で視界を得る。
本来、光属性が持つ目潰しの閃光や雷属性が持つ雷撃による麻痺といった属性特有の特性から身を守るための補助魔法なのだが、実は水や砂塵から目を守るゴーグルのような役割としても使えることをアルムは知っていた。
現役の魔法使いですら知らない者も多い使い方だが、唯一の無属性魔法の使い手は伊達ではない。
(ルクスとベネッタ――! どこだ!?)
落下の衝撃で痛む全身を無視して二人を探す。最低限、衝撃を殺す体勢で着水したが、それでも距離が距離。ただ川に飛び込むようにはいかない。
落下してきた地下は闇ばかり。当然水の中も闇。
だがそれでも、二人を見つけられる備えの指示は落下中にしている。
(見つけた――!)
強化の魔法によって体から淡く放たれる魔力光。
辺りが完全な暗闇の中、その光を目印にアルムは向かう。強化の魔法を指示したのは落下の衝撃を軽減するためであると同時に互いを確認しあうためのものだった。
見えたのはルクス。無色の魔力光が宿っている。
幸い水の流れは速くない。泳ぎには全く自信が無い。山の川は流れも速く、魔獣を警戒して泳ぐのは数えるほどだった。
それでも強化に任せてアルムは泳ぐ。泳ぎはともかく息を止めるのは得意なほうだ。
視界が確保できず、水の中上下がわからないルクスの肩を掴んで誘導する。
「ぶはっ!」
「ぐぶっ……げふっつ……!」
二人が暗闇の中水面に出ると、ルクスは苦しそうに水を吐き出す。
アルムが周囲を見渡すと、すぐに上がれる岸があった。
上がれる場所がある事にアルムは安堵し、急いでルクスを陸地へとあげる。
「す、すまないアルム……!」
「いい! ルクス! 周囲の警戒と場所の確保を頼む!」
アルムはルクスの意識がはっきりしていることを確認すると再び水中へと潜った。
(ベネッタは――!!)
水流が流れていくほうに目をこらすが、魔力光が見えない。
銀色の魔力光はルクスよりも目立つはず。流れていく先に目をこらすがそれらしき光は無い。
遠くに落ちた? いや、ほとんど同じ場所で落下したはず。
どこにいるのかとアルムは周囲を見渡すと、
(いた!!)
水流の流れの反対側のほうで銀色の光が灯っていることに気付いた。
もがいている内に服か足が岩場にでも挟まったのかそこから動かない。
アルムは水流に逆らい、銀色の魔力光に向かって泳ぐ。
光の先にいたのはやはりベネッタ。魔力光があるということはまだ意識がある。
アルムがその事に安心したのも束の間、ベネッタの魔力光が弱まり始めた。
光が弱まる瞬間、口を押さえていたであろうベネッタの手が力を失い、水中にたゆたう。
(くそっ――!)
流れが緩やかであっても逆らえばそれなりに速度が落ちる。
たった数秒の遅延だが、アルムにとってはそれ以上に感じた。
ベネッタの下に辿り着き、岩場に挟まっていた足を抜く。
アルムは強化も切れ、意識の無いベネッタを抱えたまま、すぐに水面へと足をばたつかせた。
「ぶはっ!!」
「……」
「アルム! ベネッタ!!」
一直線で水面に向かったと思ったが、思ったよりも流されている。
意識を失った人間一人を抱えていたのなら当然か。
ぐったりとしているベネッタをアルムは川岸に上がらせる。
駆け寄ってきたルクスは黄色の魔力光に輝く玉を手の平の上に浮かばせながらも、もう片方の手でベネッタを引き上げた。
アルムもすぐさま岸に上がると、石造りの床をてきとうに払い、自分の服を敷いてその上にベネッタをゆっくり寝かせる。
ベネッタが落下中にかけていたはずの強化も今や完全に消えており、ぴくりとも動かない。水を飲んでしまっているのか呼吸音も聞こえなかった。
「ベネッタ! ベネッタ起きろ!」
「ベネッタ! ベネッタ!!」
「ルクス、周りを頼む! あのアブデラって王は罪人がどうとか言っていた! 処刑用に魔獣が放たれている可能性もある!」
「わ、わかった! アルムは!?」
「蘇生させる! 光をこっちに向けてくれ!!」
アルムは寝かせたベネッタの制服を脱がせる。ベラルタ魔法学院の制服は上の着方は共通なので何とかなるが、濡れているせいか脱がせにくい。
制服を脱がし、シャツのボタンを外して胸と腹部の動きを注視する。
動きが無いのを確認するとアルムはベネッタの胸の真ん中に両手を当て、胸骨圧迫を始めた。
「っ……! ふっ……! っ……!」
「頑張れ……! 頑張れベネッタ……!」
二分ほど繰り返すが反応が無い。
アルムは一回中断すると、寝かせたベネッタの額を抑えながら顎を持ち上げて気道を確保する。そしてベネッタの鼻をつまむと、そのまま自分の口をベネッタの口に重ねて息を吹き込んだ。
「ふっー……ふっー……」
ゆっくりと息を吹き込み、それが終わるとまた胸骨圧迫を、そしてまた人工呼吸をと繰り返す。
幸い邪魔は入ってこない。時間が経つごとにこみ上げてくる焦りを感じながらアルムはひたすらベネッタに水を吐かせるために心肺蘇生を繰り返した。
「おぶっ……」
「うぶっ……。ぷっ! よし! ベネッタ! ベネッタ起きろ!!」
何度目かの人工呼吸中にベネッタが水を吐く。
アルムはベネッタの口から流れ込んできた水を吐き出しながらベネッタの首を横に向ける。喉に吐瀉物を詰まらせないように確認しながらベネッタに呼びかけ続けた。
「げほっ……! ごほっ……! はぁ……はぁ……」
ベネッタはせき込みながら残りの水を吐き出し終わると何とか呼吸し始める。
意識も戻り、朧げな視界の中でアルムの心配そうな表情が最初に目に入っていた。
「あ……アル、ム……くん……?」
「ああ、ベネッタ……起きたか、体はどうだ?」
「から……だが、いたい……や……」
「すまん、そっちは仕方のないことだから諦めてくれ」
意識の戻ったベネッタをアルムは大切そうに抱きかかえる。
安堵からか大きなため息をもらしながら、ベネッタの頭をぎゅっと強く抱きしめていた。
傍らのルクスもベネッタが起きたことに安心したのか、その場に座り込む。
「よ、よかったぁ……」
「ああ、一先ず……乗り切ったな……」
朦朧とする意識の中、冷えた体に伝わってくるアルムの温もりが心地よかったのか……ベネッタはアルムの腕の中で穏やかな表情を浮かべながらもう一度目を閉じていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
遺跡に突入(強制)です。




