509.王都セルダール
「ダブラマの王都セルダールは古代の都邑の上に築かれた大都市です。贔屓目無しにマナリルの王都アンブロシアと遜色の無い大きさと物流を誇ります」
マリツィアのコレクションルームでの情報提供から四日後、アルム達はダブラマの王都セルダールに到着していた。
マリツィアの治めるリオネッタ領から王都までは平地が続いてることに加え、ダブラマにおけるマリツィアの名前は絶大で優先的に馬の交換や検閲をスルーできたお陰で普通なら後二日はかかるであろう距離を難なく馬車が走り切ったのである。
ダブラマの王都セルダールはマリツィアの説明通り、マナリルの王都アンブロシアと比較しても遜色の無い活気と一目で豊かだとわかる町並みをアルム達に見せていた。
王都を囲む城壁の威圧感は勿論、中に入れば造りのしっかりした背の高い建物が出迎える。他にもドーム状の天井であったりマナリルでも見る勾配天井の家屋もあったりと、統一感の無い建物の様式は様々な文化を吸収して発展した名残だろう。住宅街のほうに目をやれば小さな庭を持つ家も多い。
文化が混在しながらも美麗な町並み、舗装された道、当然のように建てられている魔石の街灯、王都の象徴であり町と同じ名を冠する王城セルダールは太陽を浴びて金色のように輝いている。表通りから外れて路地に入れば建物の狭間に見える空を独り占めしているかのような静けさまで用意されており、豊かさは言うまでもない。
マナリルの貴族の中には、ダブラマはマナリルと同格を気取っているだけの劣等国と揶揄する者もいるが、この光景を見てそんな事を言う者がいれば感性が酩酊しているのだろう。
「そこを今は下水にしてるんですか?」
「正確には当時の水路が下水になっております。その古代の都邑も、さらに地下に眠っている魔法創世暦以前の古代遺跡に記されていた技術と地下水脈の恩恵を得て発展したのだとか」
「なるほど、砂漠地帯もあるダブラマで水が豊富ともなれば発展は必然というわけですね」
「ふあー……町の三階建てってスケール大きいですねー」
「うふふ、初めて言われました。三階のセルダールへようこそ皆様。生憎、二階より下にはご案内できません。国王の御前までが限界でございます」
馬車に揺られながら、ほんの少しの茶目っ気を出すマリツィア案内人にセルダールについてを説明して貰いながら王城へと向かう。
マナリルの王城アンブロシアと違い、セルダール城はシンメトリーの宮殿のような城だ。雲を透かすような強い日差しを受け、これこそ王の威光だといわんばかりに白の外壁が輝いている。
……事実、王都に住む民の表情がその威光が確かであることを物語っていた。
「あれ? そういえば……ボク達、ダブラマの国王様の名前聞いてないような……?」
「念のため呪法を警戒しておこうと一度も言っていないんです」
「あ、なるほどー」
そんな会話を耳にしながらアルムが町を眺めていると、
「ダブラマは魔石の発掘が盛んなんだったな?」
窓から見える格式ばった店を一つ見つけてアルムが問う。
マナリルの町でも見るような貴族向けの装飾店だ。かつてのアルムには縁の無い場所ではあるが、褒賞として魔石の装飾品を貰っている内にアルムの関心の一つにもなっていた。
魔石の利便性は馬鹿にならない。魔法式が刻めない出来損ないの魔石はこのような店が使う装飾品の加工に回されたりする――その事業に力を入れて成長したラヴァーフル家のような例もある――のだが、そんな出来損ないの魔石でさえ魔力を通せば魔力光で蝋燭の代わりになるのだ。
リオネッタ邸で一息ついていた際に、記録用魔石のことをルクスに聞いていたくらいにはアルムは興味を抱くようになっていた。
「流石に魔法式を刻んだものを一般に流通させたりはしませんよ? いくら魔石が簡易的とはいえ平民には扱えませんし、扱えたとしても事故を起こしやすいでしょうから……寄っていかれますか?」
「いや、店を見てふと思っただけだ。通信用魔石みたいに便利なものに触れたのはここ最近だったから」
「マナリルは保有している通信用魔石が少ないですからね、ダブラマのように領主全員が持っているわけでもありませんし、仕方ありませんよ」
「ダブラマはずっと使っているのか?」
「はい、報告書の需要は無くなりませんが……緊急時の情報共有にこれ以上便利な魔石がありませんからね。五十年以上前から各領の領主全員に配備されていますよ」
マリツィアは自国の自慢を誇らしく胸を張る。魔石についてはマナリルよりもダブラマに一日の長があるというのは間違いない。
緊急時への対処のスピード。それは平民を守る貴族にとって大切な事柄だ。
「……そうか」
一方、アルムは呟きながらとある事を危惧していた。
今日まで聞かされた情報と自分達が敵からどう見られているかを想像して辿り着く。
――今思い描いている最悪は想定すべきだろうか?
セルダールの町並みを眺めながら、アルムは故郷で狩りをしていた時のような思考に潜った。
民達の豊かさは間接的な力の指標、想定は最善と最悪を往復する。
最悪を想定したところで何かやれることが増えるわけではない。強くなるわけでもない。だが、間違いなく動揺は減らしてくれるのだ。
たとえ無意味のようであっても、積み重ねが裏切らないのは自分の魔法が証明している。
魔法使いを相手にしても、魔法生命を相手にしても、死を前にしても……少しでも平静を保つ助けになるのであれば、無意味になるかもしれないこの時間に価値が生まれるというものだ。
「アルムくん……? 顔恐いよー?」
「すまん、ちょっと考え事をしてた。これから敵の親玉と会うんだから少しは顔も強張るだろ?」
「な、なんか、そう言われるとボクも緊張してきたー……」
緊張からか何故か背筋をピンとするベネッタ。
これから謁見するというのだから、その心構えが正しいのかもしれない。
「確かに……一見、殴り込みみたいだね」
「なぐりこみ?」
「相手のとこに喧嘩を仕掛けに行くってことさ」
「なら合ってるだろう」
ルクスやベネッタだけでなくマリツィアまでもぎょっとする。
まさか先日の集まりの際に話したことを全く理解していなかったのかと三人は誤解しかけるが、
「俺達はマナリルから……ダブラマを救うためにきたんだろ?」
アルムが口にしたのは目先のイベントではなく大局的な話だった。
目的を真っ直ぐ見据える瞳と、核心をつく強い声にマリツィアは息をのむ。
マリツィア自身、子供の頃からこのダブラマを救うためと邁進してきたが、砂塵の中でも行くべき道を失わないであろうこの瞳には流石に敵うかどうか。
……子供の頃に偶然この国の秘密を知り、変えるために研鑽を積んできた。
蔑視される血筋。亡き友人にさえ最初は気持ち悪いと評された魔法。
それでも歩んできた。才覚を認められて十五で魔法使いに。そして十七で当時の第四位を退けて第四位の座についた。
自分でもよくやったとは思っている。死を重んじ、人を重んじ、血と臓腑に塗れてると後ろ指を差されながらも自分だけの誇りを胸に歩んできたこの道はきっと貴い記録に違いない。
しかし、それは自分に才があったからこその歩みでもある。
努力の多寡を比べるなど不毛なことだが、才無き者として生まれたとしたら……果たして真っ直ぐ歩み続けることができただろうか?
「確かに、合っていましたね」
アルムと三人の視点が少しずれていたことはさておいて、マリツィアは敬意を表してアルムの言葉に賛同した。
自分が望む目的を関係の無い協力者が口にしてくれたことに改めて感謝しながら。
いつも読んでくださってありがとうございます。
王都到着。




