508.しばしの別れ
「さーて、仲良し五人組にはわりいが基本ダブラマにいる時は別行動になるぞ」
ダブラマにいる敵についての情報を共有し終わると、外から戻ってきたルトゥーラが腕を組みながら方針を語り始める。
アルムの魔力を見たのがよほどのダメージだったのか、ルトゥーラの眼は少し赤くなっており、頬も先程よりげっそりしていてアルムのほうを見ようともしない。
「吐いた後によくそんな何事も無かったみたいな顔で仕切れるわね……」
「申し訳ありません。見ての通り、お顔の皮が厚い方なんです」
「聞こえてんぞマリツィアぁ!!」
こそこそとしながらも聞こえる陰口に有無を言わさずルトゥーラは続ける。
「カエシウスとロードピスは……」
「どうぞミスティとお呼びくださいまし」
「私もエルミラでいいわよ。てか、家名で呼ばれるの紛らわしいからやめてほしいわ」
「じゃあ遠慮なくそうさせてもらう。ミスティとエルミラは俺のほうで隠密だ……てめえらはダブラマにいることを知られちゃいけねえ。絶対にだ」
ルトゥーラはミスティとエルミラの二人を指差す。
マリツィアが何か言いたげだったが、話が進まないのでそのままの勢いでルトゥーラはスルーした。
「てめえらは俺達じゃどうにもならんとこを解決できるかもしれん切り札だ……だが、だからって隠れるだけじゃ宝の持ち腐れになる。てめえらは俺に同行して霊脈の調査をしてもらう」
「ミスティはともかく……私が切り札って、そんな大袈裟に持ち上げなくても……」
「大袈裟ではありませんよ」
お世辞に辟易しかけたエルミラの様子を見て、マリツィアが口を挟む。
マリツィアの真剣な表情にエルミラは少し気圧された。
「エルミラ様の南部での活躍は私達も知っております。先程もお話しましたが本来ダブラマを統べるべきである第一位のラティファ様は国王の呪縛によって国王に従わざるを得ない状態にさせられています……。どういう意味かはおわかりでしょう?」
そう、アルム達ならすぐに理解できる。
マナリルやダブラマでは発展しなかった常世ノ国特有の魔法形態。邪魔を許さない呪いの在り方は情報の共有から事態の把握にかけて、毒のようにアルム達の足を引っ張ってきた。
「……呪法で配下にさせられてる?」
エルミラが辿り着くと、マリツィアが頷く。
マリツィア達の『女王陛下』を呪縛から解き放ちたいという目的は文字通り、呪法からの解放だった。
「ファフニールの宿主であるトヨヒメ・ハルソノの呪法を破壊したエルミラ様ならラティファ様の呪法も破壊できる可能性があります。そうなれば最も厄介な国王派の主力から心強い味方に変わる……劣勢をひっくり返せる可能性を秘めたあなたはまさに切り札に相応しいかと」
「な、なんかあんたに褒められるとむず痒いわね……」
真っ直ぐな桃色の目で褒めちぎられて照れるエルミラ。
エルミラ自身、マリツィアと色々とあった過去はあるもののマリツィアが一流の魔法使いであることに疑いはない。そんな相手に手放しで褒められれば魔法使いを目指す者として嬉しくないわけがない。
「『女王陛下』への対処方法が二枚もあるんだ。わざわざ表に晒す必要はねえ。それに霊脈を調査している時に何か仕掛けられてることがわかれば、その時点で国王の目論みを邪魔できるかもしんねえからな。てことで俺と同行して隠密班だ」
「承りました」
「ま、頑張ってみるわ」
「そんで、ルクスとベネッタ、そんでアルムとやらはマリツィアと一緒に使者として表立って行動するほうだ。常世ノ国にいる最初の四柱対策って名目でここに来てる設定は頭に詰め込んであるな?」
今回、魔法生命対策のマナリルの使者として公式に訪問しているのはアルムとルクスの二人。
そして使者二人の健康維持や不測の事態に備えて治癒魔導士志望のベネッタが選出され、そこに案内人(つまりは見張り役)マリツィアが同行する形となっている。
マナリルからの使者ということで敵の懐に入り込まなければいけないので危険であることは言うまでもない。
「勿論大丈夫です」
「問題ないです」
「大丈夫ですー!」
「マナリル国王の書状もあるな?」
「ルクスが持ってます」
ルクスは懐からマナリルの国章の印が押された書状をちらっと見せる。
休戦中とはいえ、正式な使者としての証が無ければただの敵国の侵入者になってしまう。肌身離さず持っているルクスの判断は正解だった。
「おし……言うまでもねえが、一番警戒されてんのはお前だアルム」
「目を逸らしながら言わなくても……」
「万が一だ、気にすんな」
ルトゥーラは目を逸らしながら、アルムを指差す。
アルムと目こそ合っていないが、ルトゥーラの表情は真剣だった。
「なんせ自分も魔法生命の力を持ってる上に配下に魔法生命が二体……そんなとこに魔法生命を一番殺してる爆弾が飛び込んできたら俺だったら気が気じゃねえ。謁見後、お前の動向はまず間違いなく監視されるとみていい」
「ですが、それが狙いですよね?」
アルムがそう言うと、ルトゥーラはにやっと口元で笑う。
「ああ、よくわかってんじゃねえか。お前っていういつ動くかわからん爆弾がダブラマにいるってだけで隠密で動く俺達の動きが楽になる。魔法生命達がお前を注目し続ける間、俺達はフリーになる。その間に俺達は国王がどんな方法でダブラマを支配しようとしているのか……あいつが持ってる魔法生命の力のヒントになる痕跡を見つけ出す。必要があるなら国内を引っ掻き回す準備をする。決戦のための場を整える」
表立って活動するアルム、ルクス、ベネッタはいわば囮。
魔法生命を最も倒しているアルムとミノタウロスを倒したルクスがセットになって動けば、魔法生命を主軸に活動している国王派は嫌でも警戒せざるを得ない。アルム達という光に注目し続けなければいけなくなる。
その間に、ルトゥーラと一緒に動くミスティ達が別働で調査や準備を進める手筈というわけだ。
「なにせ、お前の戦いが記録されてる記録用魔石の映像ときたら俺達含めて何回見たかわかんねえからな。お前を無視するのはありえねえ」
「……はい?」
「あん? 聞いてねえのか? お前とグレイシャの戦闘の記録を俺達は持ってる。お前を勧誘しようとマリツィアが動いたのも、マナリルとの休戦の案が通ったのもその映像があったからだぜ? こいつやべーからあわよくばこっちに抱き込もうぜってな」
あまりに初耳の情報にアルムはマリツィアのほうに視線をやった。
「なんだ? 言ってなかったのか?」
「ええ、言う機会が掴めず……申し訳ございません」
「いや、俺には謝らなくてもいいが……」
言葉をそこで途切らせて、アルムは隣のミスティのほうを気にしていた。
ミスティはアルムが気遣ってくれていることに気付き、柔らかく微笑む。
「私は大丈夫ですよアルム。もう、吹っ切れましたから」
「そうか……ミスティがいいなら」
「はい、ありがとうございます」
つられて、アルムも微笑み返していた。
あの時の記憶はアルムにとってもミスティにとっても大切な分岐点。
だが、今のミスティの中にはもう引きずるものは何もない。
グレイシャの声に怯えることも紅葉の魔力残滓に縛られることもなく、あの日の記憶を全て自分の歩む人生の糧に変えている。
「よし、とりあえずは解散だな。俺とミスティとエルミラはあんたらがマリツィアの家に戻った後、少し時間を置いてから出ていく。情報共有はマリツィアが通信用魔石を持ってるからそれで連絡をとりあえるが、動きがあった時以外は無しだな」
「そうですね……。またここで定期的に情報共有の場を設けますので、それまで互いの役割を果たすことを優先致しましょう」
マリツィアからの声にアルム達は頷きで応える。
国は違えど、魔法使いとして国や人を守りたい気持ちは変わらない。
互いの意思を確認してミスティ達と別れの言葉を交わすと、先程言った通りアルム達とマリツィアは先にコレクションルームから出ていった。
「アルム様達には改めて王都セルダールでの謁見の際ついての段取りを説明いたしますね」
「ああ、頼む」
「マリツィア殿、地図はありますか? 王都までの地理だけでも頭に入れておきたい」
「わかりましたルクス様。後程ご用意いたします」
「よーし……頑張るー! 何を頑張ればいいのかよくわからないけどー……」
残されたミスティとエルミラはコレクションルームから出ていくアルム達の背中を無言で見送った。
そんな二人の様子を見て、ルトゥーラはあからさまに顔をにやにやとさせながら茶々をいれる。
「あんだ? もう恋人が恋しくなったかお嬢さん?」
「私とアルムはまだ違います」
「あら偉い。まだって言えるくらいにはなったのね? ミスティ?」
「あ……」
ルトゥーラからのからかいよりも、的確なエルミラの指摘に頬を染めるミスティ。
自分の前向きな変化は嬉しいものの、いざ指摘されると恥ずかしさが勝ってしまう乙女なのであった。
「こ、こほん……それはともかく……今のはアルムを見ていたわけではありませんから」
「ああ、やっぱミスティもなんだ?」
「あん? じゃあ誰見てたんだ?」
ルトゥーラの問いにミスティとエルミラは顔を見合わせると、
「親友のほうです」
「親友のほうよ」
声を揃えてそう答えていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
二手に別れます。




