506.敵は頂点
「近いうちに、ダブラマという国は魔法生命に支配されます」
アルム達がその事実を聞いたのはネレイアの事件が終わり、もうすぐ今年も終わるという時だった。
おめでたい年明け間近に王城に集められ、隣国の終わりを知らされる心境はいかに。
アルム達の他にはカルセシスしかいない謁見の間はしんと静まり返る。まるで音を空気が伝えていないかのようだ。
「突然呼び出してマリツィアのこの話だ……理解が追い付かないかもしれないが、俺は大分前からマリツィアからこの話についてを聞かされ、協力を打診されていた。この前のネレイアの一件について情報提供者を連れてきたのもマナリルの力を借りるための交換条件の一つだった」
そんな無言のアルム達の心情を察して玉座で一人冷静なカルセシスが補足する。
確かに、何故ダブラマの魔法使いであるマリツィアがわざわざ情報提供者を連れてきたのかという疑問はあった。あれはカルセシスとマリツィアの間に交わされた契約だったらしい。
カルセシスが驚いていないのも、すでにマリツィアからこの話を聞かされていたからだろう。
「この事実に気付いているのはダブラマでも少数です。私達のほうでも同志を集ってはいるのですが……ただでさえダブラマの魔法使いは衰退しており、魔法生命に対抗できるような戦力ともなると皆無に等しいのです」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 魔法生命に支配されるって……どういう経緯で……? それに、ダブラマって最初魔法生命のコノエって組織と協力してたでしょ!?」
エルミラが声を荒げると、マリツィアの顔が少し陰る。
「カエシウス家の事件の時までダブラマはそっち側だったはずじゃない! それにこの前来たスピンクスだってダブラマについてる魔法生命でしょ? それが急に支配されるから助けてくれって? どう信用しろっての!?」
エルミラの疑問はもっともだった。
ダブラマは元々常世ノ国を滅ぼした魔法生命の組織であるコノエに協力していた国。
いつから通じていたかは見当がつかないが、少なくともカエシウス家の当主継承式の事件までは魔法生命側の国だったのが、急に支配されるなどと言われては現実味が無い。
ダブラマはマナリルと百年近く敵対して来た大国。いくら魔法生命の力が強大であっても一年足らずで掌握されるはずがない。町の破壊や領土への侵攻ならまだしも、支配とは一体どういうことなのか。
「……何故、繋がれたと思いますか?」
「え?」
「最近までネレイア・スティクラツの血統魔法によって隔離されていた上に、マナリルを挟んで相当な距離もあったダブラマが……どうやって常世ノ国の組織コノエと通じて協力関係にまでなったのか……疑問ではありませんか?」
「え、えっと……?」
言われてみれば、とエルミラは思考を巡らせる。
ダブラマはどうやって魔法生命の組織と通じたのか? そもそも常世ノ国が滅び、魔法生命達がこちらの大陸に渡った事実をどうやって知ったのか?
今でこそ、ネレイアが倒されたことによって無くなったが……常世ノ国はネレイアの血統魔法によって侵入もできない隔離された国だった。事前に情報を集めることすらできないはず。
改めて、ダブラマが常世ノ国の組織と繋がるには難しい状況が揃っている。
そう……ダブラマが事前に魔法生命の存在を知ってでもいない限りは。
「ダブラマの国王はすでに魔法生命についてを知っていたのです。だからこそ、常世ノ国を魔法生命が攻撃し始めた直後から動くことができた。私が第四位になって初めてされた王命は常世ノ国で作られた魔法兵器達を支援しろ、という命令でしたが……知ってからですと、白々しい内容に吐き気が致しますでしょう?」
「その割にはあんたしっかり敵だったじゃない。ミスティの弟だって……」
言われて、マリツィアは静かに話を聞いていたミスティに頭を下げる。
「その事については謝罪を。言い訳になってしまいますが……私はミスティ様の弟のアスタ様を殺す予定はございませんでした。元々マナリルとの交渉材料として攫おうとしていたのです」
「交渉といいますと……今のような場を作るために?」
「はい。ミスティ様が命を落とし、グレイシャ様が北部を支配してマナリルと敵対すれば……残るカエシウス家の血はアスタ様だけ。マナリルからすればどんな手を使ってでも取り戻したいと考えるはずでしょう。グレイシャ様の一件に協力していたのはアスタ様の身柄という報酬を手に入れたいがため。私共としては会心の一手だったのですが……アルム様に阻まれてしまいました。阻まれたからこそ、マナリルとの休戦という方向にシフトできたわけですが」
アルム達からするとトランス城奪還前のいざこざだったのだが、マリツィアにとっては重要な機会だったのを初めて知るアルム。
知っていても知っていなくてもアルムはアスタを助けただろうが、そういう意味ではグレイシャにとってもマリツィアにとってもアルムという存在はイレギュラーだったのだろう。
「てことは……マリツィア殿が一時期アルムを勧誘しにベラルタに滞在していたのは……」
「はい、対魔法生命で二度勝利を収めたアルム様に協力していただくために正攻法で勧誘に来たのです。まさかミノタウロスという新たな魔法生命の事件に巻き込まれるとは思いませんでしたけどね。皆様は当時疑われていたかもしれませんが、あれは本当に偶然です」
「なるほど……そういうことだったのか……」
徐々にマリツィアが今まで行ってきた行動が繋がっていく。
時には敵に、時には味方にもなったマリツィアの行動は全て危機に晒された祖国のため。
ダブラマの魔法使いとして、魔法生命の毒牙にかかるダブラマを救うべくずっと動いてきたということだ。
「すでに俺の命令でヴァン・アルベールが先行してダブラマに行っている。ダブラマの進退やマリツィアの情報の真偽はどうあれ……マナリルにも来たあのスピンクスという魔法生命は放置できんからな。王の特権というやつで命令させてもらった」
「ヴァン先生ダブラマにいるの!?」
「そういえば学院長が口が裂けても言えないところにいるって言っていたような……」
「やつは単独の戦闘能力は勿論、数少ない魔法生命との戦闘経験者で、かつ自国内で領地や権力に縛られていない魔法使いだからな。こんな条件に当てはまるやつはオウグスとヴァンくらいしかおらん」
帰郷期間が終わった頃、アルムと一緒にベラルタ魔法学院の学院長オウグスからされた話をルクスは思い出す。
あの時からすでにダブラマへの潜入作戦はカルセシス達の間では決まっていたのかもしれない。
確かに、あの時点でダブラマにいるとは言えるわけもないだろう。自動的にマリツィアとの契約を他に漏らすことになってしまう。
「あのー……マリツィアさん?」
「なんでしょうベネッタさん?」
「支配されるって言ってましたけど……王様が狙われてるってことなんですかー? だったらダブラマにも魔法使いはいますよねー?」
「……いいえ、そのような事情でしたらどんなによかったことでしょうね………」
ベネッタの疑問にマリツィアの表情に陰が落ちる。
普段、堂々としているマリツィアの姿しか見ていないだけにダブラマの状況がどれだけ悪いかを察することができてしまう。
ダブラマが今、国王が狙われることすらましと言わしめる状態であるのだと。
「まだ下位の魔法くらいしか使えない子供の頃に偶然……私達は祖国の秘密を知ってしまったのです。ダブラマの国王はこの百年近く……同一人物が務めている」
「なに?」
「え……?」
「はぁ!?」
アルム達からそれぞれ驚愕の声が上がる。
同時に、理解してしまった。国王が狙われることすらましと言う状況が一体どんなものなのかも。
「ダブラマの魔法使いの衰退を加速させたのも、マナリルとダブラマの関係を変えたのも、ダブラマが早い段階で魔法生命と通じたのも、全ては現国王の描いたシナリオ通りなのです。
百年近くの在位……そんなことが本当に有りうるのかずっと疑問でしたが、マナリルで起きた事件の詳細を拝見させていただくうちに確信を持ちました。皆様ならもうおわかりでしょう? ミスティ様が戦ったネレイア・スティクラツ……あれは魔法生命の力で不老となっていました」
アルム達の表情が険しくなる。
支配されると言っていたマリツィアの言葉がどれだけ的確なのかを理解させた。
いや、ある意味すでに支配されているといってもいい。
「ダブラマの現国王は魔法生命の力を持っていると考えて間違いありません。恐らくは千五百年前に創始者達が倒した……異界の神の魔法生命の魔力残滓があの男には宿っている。あの男はその力を使って、ダブラマの人々の命を完全に掌握しようとしています」
国の象徴たる国王が狙われているのではなく、国の象徴たる国王こそが首謀者。
そう、有り得ないなど魔法生命の力の前では有り得ない。
打倒すべき敵はダブラマ国王。必然……敵はダブラマそのものに等しかった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
常世ノ国にマナリルにと忙しかったマリツィアさん。




