505.戦線始動
到着後アルム、ルクス、ベネッタの三人はリオネッタ邸を案内され、さらには使用人達に盛大に持て成されると、すっかり夜になっていた。
季節は冬。年末のハエルシスも終わり、年が明けてすぐの時期ではあるがダブラマの日中は比較的暖かい。アルム達も制服だけで過ごせるような過ごしやすい気候なのだが……代わりに、夜の寒さはマナリル以上。氷点下になる時すらあるので防寒具は必須である。
「こちらです」
アルム達三人はマリツィアの案内でリオネッタ邸の庭に連れ出されていた。
庭といっても貴族が好む洒落たような空間ではなく、小さな森のよう。ダブラマの気候に適応した木々が鬱蒼と並んでいる。
日中なら強い日差しも相まって異国感漂う散歩道になるのかもしれないが、夜では不気味さが勝っていた。
寒さも相まって、どこか寂し気な雰囲気が漂っている。
「着替えさせられたこの服は何なんだ?」
「これから行く場所は礼服着用が決まりでして……慣れない服で申し訳ありませんが、ご了承頂けると幸いです」
「いやすまん、別に不満とかあるわけじゃないんだ」
今アルム達は制服を着ていない。アルムとルクスは燕尾服のような黒い礼服を、ベネッタは頭に被る黒いヴェールとドレスをマリツィアから貸し出され、その服の上から防寒具を着ていた。
礼服やドレスは譲れない拘りなのかリオネッタ邸にはこの服専用の一室すらあり、案内された時にはアルム達も少し驚いていた。
ルクスやベネッタも貴族だが、同じような黒い服だけがずらっと保管されている仕立て屋のような部屋は流石に見たことがない。
庭を歩いていくと、小さな、しかし立派な造りの小屋が現れた。
鍵はあるようだが、施錠されていない。マリツィアを先頭に中に入ると居住を考えて設計されていないようで、床に地下に下る古めかしい階段だけがある。
「足元にお気を付けください」
マリツィアに先導され、階段を下っていく。
階段先の扉を開き、マリツィアはランタンの魔石に魔力を通す。
魔石の光で露わになった通路をアルム達三人も続いて歩いた。
通路は一本道ではあるものの遺跡のように厳かで、ここがただならぬ場所だということが肌で感じ取れた。
寒さとは別のひんやりとした感触が背筋を走る。
少し歩き、通路の先にあるもう一つの扉を開けると、
「ようこそ、私のコレクションルームへ」
今歩いてきた通路の先とは思えない広い空間がアルム達の目の前に広がった。
マリツィアがコレクションルームと呼ぶその部屋というには広すぎる、広間というのが正しいスペースで、床から壁、そして天上に至るまでがフレスコ画で埋め尽くされている。
そんな人や動物、空想の生物などが描かれた見事なフレスコ画を差し置いて目を引くのは壁にある棺だった。棺同士が等間隔に置かれ、三段の列となって並んでいるその光景は異様の一言。一番上の列の棺達を引き出すための移動式の階段も置かれており、ここが何かを管理している場所だというのは容易に想像がつく。
部屋の中心には、丁度人一人を寝かせられるような古めかしい台座があり、その傍らには見知った顔の二人がすでに到着していた。
「ミスティ、エルミラ」
「ふふ、さっきぶりですねアルム」
「来た来た。あんた達遅いわよ?」
そこにいたのはリオネッタ邸に着く前に別れたミスティとエルミラだった。
というのも、ミスティとエルミラは正式にはマナリルからの使者ではない。それどころか正式には招かれてもいない。
マナリルの使者だけを滞在させている名目のリオネッタ邸で一緒にいるわけにはいかず、リオネッタ領に到着してから別行動となったのである。
二人はアルム達と同じく着替えさせられたのか、黒いヴェールを頭に被っている。防寒具の下もベネッタと同じ黒いドレスを纏っているだろう。
「ミスティー! エルミラー!」
「あらあらベネッタったら」
「この子はもう……アルムとルクスにいじめられなかった?」
「いや、いじめるか」
「僕達を何だと……」
エルミラから送られてくるあまりに心外な視線に抗議するアルムとルクス。
「それが二人ってばミスティとエルミラがいないからってボクにとんでもない仕打ちを……!」
「ベネッタものらないでくれよ……」
「とんでもない仕打ちって……むしろケーキ半分あげただろ……」
「……半分しかくれなかったと言い換えることもできるかもー?」
「できてたまるか」
てきとうな軽口を言い合ってとりあえずの合流を喜ぶ五人。
しかし、マリツィアのコレクションルームで先に待っていたのはミスティとエルミラだけではなかった。
「これでお前が気に入ってるやつら勢ぞろいってわけだなマリツィア……話に聞くより愉快な連中だなおい」
「あなたは?」
壁に寄り掛かり、離れて五人の集まりを見ていたのは長身でくすんだ赤い髪を持つ人相の悪い男だった。
アルム達が気付くと、その男は台座のほうへと歩いてくる。すかさずマリツィアが紹介のために駆け寄った。
「ご紹介致します。ミスティ様とエルミラ様はすでにご存じではありますが改めて……今回の協力者である私の同僚、ダブラマ王家直属組織ネヴァンの第三位ルトゥーラ・ペンドノートさんです」
「ルトゥーラだ。マナリルでいう四大貴族みてえな立ち位置だな、よろしくしてくれ」
「……」
ルトゥーラがフランクな自己紹介をアルム達五人にした瞬間……マリツィアは無言でルトゥーラの腹に裏拳を叩きこんだ。
「ふぐうっ!?」
突然のマリツィアの暴力にアルム達は一瞬わけもわからず固まる。
よろしくと言った際のすました顔はどこへやら……鳩尾に軽く入った裏拳にルトゥーラは少し表情が強張った。
「何ですかその態度は……? 国家間の交換条件だったとはいえ、これから私達に協力してくださろうとしている方々に対して最初にとる態度がそのような態度でいいと思っていらっしゃるのですか? ルトゥーラさん?」
「いや、待てマリツィア……! ちょ……!」
マリツィアの表情は静かな水面のようだが、その声は怒りで満ちている。
悶絶するルトゥーラに詰め寄るその背後には黒いオーラが見えるかのようだ。マリツィアの迫力に魔力とは違う圧をアルム達が幻視する。
ルトゥーラの強面もその迫力の前には形無しだ。
「私と違って国内任務しかないせいか礼節が疎かになっているようですね第三位? その地位に相応しい振る舞いをしなさいなどと堅苦しいことまでは言いませんが、初対面の方々への礼儀くらいは弁えたらどうですか?」
「わ、わかった……わかったって……」
「はい?」
「わかりました! わかりましたよ!!」
マリツィアの圧に降伏し、ルトゥーラはアルム達に深々と頭を下げた。
その頭をマリツィアはさらに深くするように手で押さえつける。
「ルトゥーラ・ペンドノートと申します。以後よろしくお願いします」
「及第点といったところでしょうか……皆様方、どうかルトゥーラさんの非礼をこれで許して頂けますでしょうか?」
「それは……別に……」
アルム達は目の前で起きた出来事に驚き、顔を見合わせる。
五人の疑問を代表してエルミラが手を挙げた。
「え、えっと……マリツィアとそのルトゥーラって人はどういう……?」
「幼馴染なのです。領が隣接していたのと親同士に交流があったのもあって腐れ縁でして……子供の頃からこのような方なのですが、どうか寛大に受け入れて頂けると……」
マリツィアは申し訳なさそうにしているが、アルム達はそれどころではない。
友人相手にはあんな風になるのか、とマリツィアの意外な一面を垣間見たことに対してのちょっとした感動みたいなものに浸っていた。
当たり前のことだが、マナリルで見せているダブラマの魔法使いという一面だけがマリツィアの全てではない。こういった一面もあって当然なのだ。
「あ、うん、それは別に……一応、対等な同盟なわけだからいいけどさ……」
「ほら見たか! 自然体が一番なんだよ自然体が!」
「うるさいです」
「はぐっ!?」
再び、マリツィアの裏拳がルトゥーラの鳩尾に入る。
完璧に鳩尾を捉えている精度は慣れなのか、それともマリツィアの戦闘技巧によるものなのか。恐らくはどちらもだろう。
「ど、とにかく……正式な使者に紛れての戦力の入国……これで第一段階はクリアだな……」
アルム達からの自己紹介も終わると、少しよろけながら本題をルトゥーラが本題を話し始める。
鳩尾を押さえている様子は些か緊張感にかけるものの、その表情は至って真剣だった。
それも当然。今回の一件はマリツィアにとってもルトゥーラにとっても悲願であり、魔法生命と戦ってきたアルム達にとっても捨て置けない問題だった。
「はい、改めて私達の故郷であり、今や怪物の巣窟と化しているダブラマに来てくださったことを感謝します……。倒すべき敵は偽りの王、そしてその直属の魔法使いと魔法生命達。私達だけでは到底敵わない相手に、皆様の力を借りて挑ませてください」
マリツィアがアルム達五人の顔を見回すと、その視線に応えるようにアルム達は頷いた。
「ありがとうございます。今この時をもって……作戦名"砂塵解放戦線"を始動します」
音の漏れぬ地下室でマリツィアは宣言する。
異国の地ダブラマで張られた共同戦線が今動き出す。




