504.ダブラマとは
アルム達を乗せた馬車は無事にリオネッタ邸に到着する。
リオネッタ邸は外から見ると豪奢な印象だったが、内装はマリツィアの好みなのか落ち着いた雰囲気となっていた。
とはいえ玄関ホールは広く、床のタイル絵は歩くのを躊躇するほど美麗で天井は二階まで吹き抜けになっていて解放感もある。
「お待ちしておりました」
アルム達が到着するや否や、リオネッタ家の使用人一同が玄関ホールで出迎えてくれた。
特に使用人を代表して前に出てきた燕尾服の老爺はリオネッタ家に一番長く仕えている執事らしく、アルム達の到着を心から歓迎してくれているようだった。
というよりも、マリツィアが客人を連れてきたことに喜んでいるのだろう。
「マリツィアお嬢様がルトゥーラ様とシャーリー様以外の方を招待なされる日が来ようとは……! このトラヴィス今日まで生き恥を晒した甲斐がありました……!」
「申し訳ございません。爺やは少し大袈裟な方なんです」
涙を流しながら感動するトラヴィスと慣れたようにあしらうマリツィア。
リオネッタ邸の使用人は執事のトラヴィス含めて八人と少ないものの、その八人全員に歓迎されたアルム達三人はダブラマに滞在する間寝泊まりする個室を与えられた。
「正直失礼な話なんだけど……普通だね」
「なにがー?」
到着早々荷解きを終えたルクスとベネッタはアルムの部屋のソファでくつろぎながらそう呟いた。
アルム達に与えられた客室はグレーベースのカーペットや家具で統一されたシックな雰囲気で纏められた部屋だった。
リオネッタ邸の豪奢な外見から想像すると確かに普通なのだが、ルクスが言いたいのはそういうことではない。
「最初の印象がやっぱ強く残ってるってことなのかな……僕はマリツィア殿の邸宅はもう少しおどろおどろしいというか、理解できないインテリアが並んでいるものかと思ってたんだけど……」
「理解できない……棺桶とかか?」
「そう! まさにそういったものがインテリアに使われてるとか思ってたんだけど……そんな事全然無いな、と」
ルクスはずばりと言いたげに声より先に指が動いていた。
アルムは部屋から見える町を少し眺めると、柄が浮き出るように織られた高級そうなグレーのカーテンを閉めてソファに座る。
ソファの前にあるテーブルには使用人が用意したミントティーとピスタチオのケーキが置かれている。
ベネッタは早速ケーキを食べているようで、その味に舌鼓を打っていた。お茶も菓子もマナリルではあまり見ないものだが、ベネッタはどうやら気に入ったようである。
「魔法の在り方と本人の趣味嗜好は別ってことだな」
「自分ではわかっていたつもりなんだけどね……マリツィア殿の魔法は印象がどうも……」
「駄目だよルクスくんー、マリツィアさんは出会いはちょっと悪かったけど話してみると普通にいい人だよー?」
「ベネッタ、マリツィア殿は一応休戦中とはいえ敵国の魔法使い……いや、これに関しては僕が悪いか……警戒するのと印象を勝手に悪く膨らませるのはまた別の話だね」
その敵国に入国しちゃってるわけだしね、と付け足しながら反省するルクス。
「俺は前にも少し話したと思うが、マリツィアはどちらかというと好きよりだから」
「あー、アルムくん言ってたねー。ボクも今はマリツィアさん好きだよー、色々気遣ってくれるし」
「そうなのかい?」
「うん、なんか飴とかお菓子とかくれるー」
「それは……」
餌付けされてるんじゃ、と言いかけるが遠回しにベネッタに食い意地が張っていると言っているようなものなのでルクスは口をつむぐ。
「それ以前に……ダブラマが敵だと言われてもあまりピンと来てすらいないからな」
アルムはそう言って首を傾げた。
アルムはダブラマの魔法使いと戦ってきてこそはいるものの、それは相手がダブラマだから戦っていたわけではない。
ダブラマの魔法使いが敵だと認識することはあっても、それはあくまで相手が立ちはだかった結果なだけである。
「そうか、アルムは貴族じゃないからね……僕達は親の世代がダブラマと戦ってるのもあって、イメージが悪くならざるを得ないってのもあるね」
ダブラマはマナリルの西部に隣接している国であり、同じくマナリルと隣接するガザスと違って国土も広く上位の魔法使いの質はマナリルにも劣らない大国だ。
約百年前まではマナリルとも敵同士ではなく、交易なども盛んだったのだが……とあるきっかけから深く関わることの無くなった国でもある。
二十年前の戦争を最後に互いに干渉することもなく、互いに密偵を送り合って魔法技術についての公開を牽制し続けるだけの間柄であり、ダブラマが魔法使いの数が劣っているのもあって大規模な戦闘どころか小競り合いですらもここ二十年は起きていなかった。
再び敵国として認識されたのはやはり【原初の巨神】の事件からだろう。それが今はまた魔法生命の一件で休戦状態となっているのだから国同士の関係というのは予測がつかない。
「百年くらい前までは普通の関係だったんだよな?」
「うん、魔石関係の交易とかもあったんだけど……当時のダブラマ国王が急にマナリルと敵対する方針になってね。マナリルは最初の奇襲で北部以外はかなりの被害を被ってる。マナリルの力を落とそうとしたのか、かなりの魔法関連の書物が焼かれたんだ」
「本が……?」
幼少から魔法使いを目指して本の虫でもあったアルムとしては聞き捨てならない。
それに加えアルムは戦争のことはよくわからないが、図書館が優先的に攻撃する施設なのか、という疑問が浮かんだ。
無意識に険しい表情に変わっていたアルムにルクスは頷く。
「最初の奇襲で図書館が主に狙われたんだ。勿論、定石からは外れた奇襲だったから別の場所に戦力を集中させていたマナリルも混乱したらしいよ。でも図書館が落ちたところで戦線に影響が出るわけではないから、ダブラマはそのまま敗走したんだ……そこから何回か戦争を重ねて二十年前に起きたパルセトマ領での戦いを最後に互いに関わらないようになったね」
「ダブラマが諦めたってことか?」
「いや、王様が変わったのと同時に方針が変わったって話だよ。まぁ、マナリルは納得いかずに追撃しようとしたけど、僕達も渡ってきたあの人喰い砂漠のせいでそのまま膠着状態にならざるを得なくなったってわけさ。兵糧の問題もあっただろうし、飛行の性質を持つ魔法は難しいからね」
「へぇ……」
アルムは同じ学院の同期であり、ガザスでの留学メンバーとしても一緒だったヴァルフト・ランドレイトを思い出した。
アルムはベラルタ魔法学院に通い始めて色々な魔法を見てきたが、確かに飛行できる魔法は教師のヴァン・アルベールの血統魔法とヴァルフトの血統魔法の二つしか見たことがない。
「一説には魔石資源の枯渇が見えて独占を狙ったって話もあるけどね。ダブラマはマナリル以上に魔石が多いから……実際はわからないけど」
「そういえば前にそんな事聞いたな……魔石が記録した状況を残せる魔石とかがあるんだろう?」
「ああ、"記録用魔石"だね。マナリルではカルセシス陛下しか持ってない貴重な魔石だね。ダブラマでも貴重だからお目にかかるのは難しいと思うよ。特に僕達は敵国の使いだからね、そんな貴重なものをわざわざ見せてくれるとは思えない」
「そうか……」
ルクスの話を聞いてアルムの肩が落ちる。
知らない人間からすれば無表情のままなのだが、そこそこ落ち込んでいるのがルクスやベネッタには手に取るようにわかっていた。
「ルクスくんのお父さんってやっぱり二十年前の戦争行ってたのー?」
「うん、パルセトマ家と協力して本隊を撤退させたのが父上だからね」
「うはー……流石ー……。ボクのお母様とお父様は戦ってないみたいだけど、ダブラマはやっぱ敵国って認識みたいだしなー……」
ベネッタがそう言うと、アルムとルクスの表情が何とも言えない微妙なものへと変わった。
アルム達はマナリルを発つ前にベネッタの両親と会っているのだが……その時の記憶が強烈だったのか頭の中で鮮明に蘇っている。
「ベネッタの両親はこう……なんというか正直な人だったな……」
「ベネッタの前でこんな事言うのは悪いけど……うん、中々な方だったね……」
「いいよ別にー、ボクもお父様嫌いだしー」
「たまに話には聞いていたが……まぁ、貴族としては良くも悪くもは正直な態度なのが……うん……堂々とはしてるよね……」
「やだなー、ルクスくんフォローしなくていいってばー」
あははー、と笑うベネッタ。
しかし、
(目が笑ってないんだよベネッタ……)
やはり思うところはあるのか、普段の気持ちのよさが全く無い笑顔にルクスは苦笑いで返すしかないのであった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
珍しい組み合わせ。




