無題
いつも読んでくださってありがとうございます。
このお話は人によっては本作の世界観から離れていると感じる方もいらっしゃるかもしれませんので、読む際はご注意ください。
とある世界・19XX年。
「パパ……ママ……」
迷子の少女がいた。
声も上げずに泣いていた。
両親を探していた。
寒い場所だった。雪が降っていた。
その迷子の少女に手を差し伸べる者はいなかった。
迷子の少女はよく知らないよそ者だった。
この小さな町では見て見ぬふりをするのが普通だった。
町を化粧している雪は緩やかな死と同居している。
白い。
白い。
町が白い。
吐く息が白い。
涙が凍りそうなほどの寒さが迷子の心を凍えさせる。
雪が降らなくなって、雲が無くなっても積もる雪と寒さだけはあり続ける。
もうすぐ、夜になる。
白が黒に変わる時間。
光を途絶えさせ、寒冷を加速させる美しい時間がくる。
「あなた大丈夫?」
「え……?」
その時間よりも先に、町の少女が迷子の少女の所に訪れた。
火のついた蝋燭を手燭に乗せて、駆け寄ってきた。
その声と明かりだけで、心を凍えさせていた寒さがましになる。
同い年の子に涙を見られるのは少し恥ずかしかったが、それよりも迷子は声をかけられたことのほうが嬉しかった。
「迷子?」
迷子の少女は鼻水をすすりながら頷いた。
「お母さんとお父さんは?」
迷子は首を振った。
どっかいっちゃった、とだけ答えた。
「そうなの……じゃあ、とりあえずうちに来なさいな。夜になっても外に居続けるなんて絶対無理だわ。この寒さだもの」
「いいの……?」
「ええ、勿論。ほら、行きましょ」
町の少女は迷子の少女に手を差し伸べた。
懐かしさに駆られて、迷子はその手をとった。
何が懐かしかったのかはわからない。
ただ必死に握った。
手袋越しの温もりに何故か泣きそうになった。
それほどに不安だったのだろうか。
「なんで、助けてくれるの……?」
手を引かれながら、迷子の少女は問う。
無償の厚意が普通ではない場所だった。
そんな事をすれば日々の生活に影響が出る時代だった。
「なんでか……変なことを聞くのね?」
「だって、私……ここに来たばかりで……」
自分を助ける価値など無いのではと、迷子は思った。
「それ、泣き虫を助けるのに関係ある?」
「よそ者だから……」
「そうね、この町に来るまではよそ者だったわね」
「今は違う?」
「さあ? 私はそんなどうでもいい事考えないから」
「じゃあ……何で私を助けてくれるの?」
町の少女はくるっと迷子の少女のほうへと振り向く。
「人はね助け合って生きていくものだからよ」
迷子の少女の手をぎゅっと握り返しながら、町の少女はそう言い放った。
「私には私のできることがある。あなたにはあなたのできることがある。今日はたまたま私にできることをしているだけよ。そうやって自分ができない事を誰かに助けてもらって、誰かができない時には自分が助けて……そうやって私達は生きていくのよ」
どこかで聞いたことのある言葉だった。
母親からでも、父親から聞いた話でもない。
最近聞いた言葉ではなく、魂に刻まれたかのように町の少女の言葉は迷子の心にしみわたっていく。
「私も、いつかあなたを助けられる……?」
「ええ、きっと」
「そう、なんだ……」
「人はそうやってできないことを助け合って、生きていくの。これから先もきっと変わらない。戦争が終わって平和になったらきっと、互いに互いを認め合って、助け合いながら生きていく……そんな生き方がいいんだってお馬鹿さんな人達でもわかるはずよ」
「そう……かな……?」
「そうなの!」
町の少女はそう断言して、蝋燭を持った手で空を差す。
さっきまで俯いて、下を向き続けていた迷子の少女は導かれるように空を見上げた。
「そんな世界になればいつかきっと、人は空の向こうにだって行けちゃうんだから!」
迷子の少女の瞳に、星が輝く夜空が映し出される。
暗闇の恐怖も寒さも忘れさせてくれるような、夢に満ちた言葉と一緒に飛び込んできたその星空は誰と見るよりも美しかった。
そんな場所にいつか行ける、それはどんなに素晴らしいことだろう。
どんなに、夢のあることだろう。
「本当に……? 行けるの……?」
「ええ、きっと行けるわ」
「あの先には、何があるのかな……?」
「きっと想像もつかないような景色があるわ。もうすぐそんな世界が来るって私は信じてる。いや! 私がやる! いっぱい勉強して大人になっても勉強して、遠くない未来に私が人を宇宙にあげてみせる!」
町の子供は力強く語ったかと思うと恥ずかしそうにはにかんで、
「それがね、私の夢なんだ」
星よりも煌めく夢をここに咲かせた。
聞いていたのは迷子の少女と蝋燭の明かりだけ。
星空の下で行われる秘密のお話は、迷子の人生をこの瞬間から変えていく。
言葉にもできない感動が、凍えていた心を完全に溶かしていく。
「私にも、できるかな……」
呟いた時にはすでに、迷子の少女の心は決まっていた。
「あ、そういえば……こんなお話よりもまずお名前よね? お名前教えて?」
照れくさそうにしながら、町の少女は迷子の少女に名前を聞いた。
未来への空想に浸っていた迷子の少女は慌てて自分の名前を答える。
「い、イルミナ!」
「いい名前ね。私はネレイア。もしかしたら歳も同じくらいかしら? これからよろしくね!」
「う、うん!」
「それより……あなたと私って会ったことあったかしら?」
「私も……どこかで会ったことある?」
その疑問に結論が出ることはなかった。
町の……青い瞳の少女は迷子の少女の手を引く。
迷子の少女はその星のような瞳で自分の手を引く少女を見つめ続けた。
その少女の先に見えるのは、初めて抱く心からの夢。
夢を見るのはいつだって突然で。
早いも遅いも、些細も重大も無くて。
ただ一つのきっかけが人の心を震わせる。
目指す理由など目指したいから以外に必要は無い。
遠い世界で語られていた二人の夢は今再び動き出す。
白く広がる夜を二人は一緒に駆けていく。
星空の下で駆けていく。
今度はきっと大丈夫。
ここから始まる。
これから始まる。
――ここからまた、始めよう。
読んでくださってありがとうございました。
その四でした。




