番外 -イルミナ・ヴァルトラエルの悔恨-
「うっ……ぐ……」
ゆっくりと体温が消えていく。
私の体から赤い海が広がっていく。
助からないと判断するのは簡単だった。
すぐにとどめを刺さなかったのは彼女なりの慈悲だろうか。それとも、親友である私の死に様を見たくなかったからだろうか。
「"神殺し"なんて……呼ばれていても……胸を一突きすれば死んでしまうんだからお笑いだわ……」
数年前、私達創始者は異界の神々を……魔法生命を退けた。
人々は虐げられ、旧文明の痕跡は消され、それでも神の支配を受け入れない道を私達は選んだ。
友人達の死を乗り越えて今を手に入れたけれど、どうやらその今がネレイアには我慢できなかったらしい。
少なくとも、親友である私を殺すくらいに彼女の決意は固かった。
私達は元々、天に広がる星々の海に辿り着くのが目的だった。
青い空の先。夜になってようやく一端を見せる――天上に広がるあの宇宙には一体何があるのだろうと。
魔法を確立させたのもその過程に過ぎない。星の神秘を魔法に取り込み、まずは私達が生きるこの星を理解する段階に至るため。
結果、その功績が私達を創始者にした。
私達は確かに前に進んだのだ。
「ごめんね……ネレイア……」
私達は魔法を広めた。
八人だけの力にすることを望まなかった。
才ある者を貴族と定めた。
才なき者を平民とした。
魔法という技術を人々のために使う世界にした。
強き者は弱きを救うために。弱きは強き者を支えるために。
魔法生命との戦いの傷跡が、そうさせた。
けど、彼女にとってはその活動が停滞に見えたのだろう。
私達が掲げていた目的からかけ離れているように見えたのだろう。
"イルミナ。こんなことをするために、ワタシは魔法を創ったんじゃない"
そう言って、ネレイアは私の胸に魔法を突き立てた。
スクリルが老衰で亡くなって、残った創始者は私とネレイアだけになって……久しぶりに二人でお話ができると思ったのに、結果はこれだった。
あなたには我慢できなかったのね。私達が今の世界に身を捧げると決めたことが。
あなたには許せなかったのね。私達が魔法使いになることが。
あなたは、悲しかったのね。私達が星を見上げなくなったことが。
けどね、ネレイア……違うのよ。
こんなことになって、言い訳に聞こえるかもしれないけれど……私達は決して諦めていなかったの。
もっと話すべきだった。
もっと伝えるべきだった。
親友だからわかってくれるとあなたに甘えていた。
だって、私達を一つにしていたのはあなたの言葉だったのよ。
覚えてる?
私を、助けてくれた日の事。
七歳の頃、私が住んでいた町にネレイアとその家族が訪れた。
私は同い年くらいの女の子が来るのを知って、私はプレゼントを作るために山に入っていた。
山にあるいっぱいの花を使ってとびっきりの冠を作ろう。隣国にも無いような凄い可愛いやつをあげるんだと張り切っていたのを覚えている。
薬草を採りに何度も入っている山だからと私は油断して迷ってしまった。
いくら歩いてもわからない場所。
普段の薬草採取の時には聞こえてこなかった獣の声。
いつもならとても綺麗で見ていてほんわかする夕焼けも、ただ死ぬ前の猶予にしか見えなかった。
沈まないで、沈まないで。
夜になったら助からないのだと子供ながらに理解できた。
私はこの山において歩く場所すら理解できていない弱者なのだと状況が突き付けていた。
恐くて、恐くて、恐くて恐くて恐くて恐くて。
暗くなっていく世界が恐くて。光がここまで届かなくなるのが恐くて。
夕焼けの光すら頼りなくなっていってしゃがんでしまった時に、彼女は現れた。
「あら、泣き虫さんどうしたの?」
人の声が聞けると思っていなくて、私はすぐに顔を上げていた。
ボロボロと泣き腫らした目に……私と同じ七歳の女の子なのに大人よりも頼もしいネレイアの姿があった。
彼女は余裕そうな表情をしていたけれど、走り回ったのか肩で息をしていたのを覚えている。
「うっ……うっ……ネレイア、ちゃん……?」
「あなたはイルミナだっけ? ほら、帰りましょう」
そう言って、ネレイアは私の手を引いて山を下りてくれた。
その時のネレイアはとても頼もしくて、同年代とは思えなかったのを覚えている。道中も大人のように私を安心させてくれて、泣き止むまで旅をしてきた中で起きた楽しいお話をしてくれた。
道中で、どうやって私を見つけたのかを聞いた。
彼女は自分が生まれた国は、町から一歩外に出ると風景のほとんど変わらない砂漠の国だったと語ってくれた。
だから周りの自然物、見上げた星の位置など細かい目印は絶対に覚えていて、自分が歩いた場所も忘れないのだという。
つまり、私を見つけるまでしらみつぶしに山の中を歩いて回ったらしい。
「同い年くらいの女の子がいると思ってあなたを探していたのに、町にいないんですもの……山で遊ぶには流石にやんちゃなんじゃない?」
「ご、ごめんなさい……」
「それで何をしていたの?」
そう言われて、私はずっと服の中に抱えていた花の冠をネレイアに差し出した。
あの時のネレイアのびっくりした顔は未だに覚えている。
「これ……つぐってたの……ネレイア、ちゃんに……プレゼントしたくて……」
「私に……?」
「おともだち、に、なりたかったから……! でも、ごめんなさい……! 走ってたら、くずれちゃって……!」
ネレイアは泣いている私から花冠を受け取ると、すぐに自分の頭に乗せてくれた。
いっぱい失敗して、迷っている間に崩れた不格好な花冠だったけど彼女の頭に乗った瞬間、水面に咲いているかのように綺麗だった。
「こんな素敵なプレゼント、両親にも貰ったことないわ……ありがとう、イルミナ」
「ううん、次はもっと……頑張る……」
「何言ってるのよ。こんなに素敵な……枯れちゃうのが惜しいくらい。私のこの青い髪が水だったら枯らさずに被っていられるのに。本当にありがとう」
「でも、迷惑かけちゃった……ネレイアちゃん、みたいに……色んな事知って、強い子じゃないのに……弱くて、泣いちゃう駄目な子なのに……」
当時の私がそう言うと、ネレイアはそこで初めて私に怒った。
「弱いのは悪い事じゃないのよ、イルミナ」
優しい声でそう言ってくれた。
けれど、その目は厳しかった。
「私には私ができることがあるだけ。あなたにはあなたにできることがあるだけ。強いとか弱いとかじゃなくて、今日はたまたま私がイルミナを助ける番だったってだけの話なのよ。自分ができないことを誰かに助けてもらって、誰かができない時には自分が助けて……そうやって私達は生きていくの」
「私も、ネレイアちゃんを助けられる……?」
「助けられるも何も、こんな素敵な花冠まで貰っちゃって……私のほうが得しているくらいだわ。私にはこんな素敵なものは作れないもの」
にひひ、と笑うネレイアの表情は年相応の幼さがあった。
本当に喜んでくれているんだ、とそこでようやく嬉しさがこみ上げていた。
「人はそうやってできないことを助け合って、生きていくの。これから先もきっと変わらない。どんなに便利な世の中になったって、互いに互いを認め合って、助け合って生きていくって私はそう思ってる。旅している間、ずっとそうだったの」
「そうなんだ……」
「だからね」
ネレイアはそう言って私のほうを振り返りながら、空を指差した。
「そういう世界であり続ければきっと、人は空の向こうにだっていけちゃうんだから!」
ネレイアの指差した先の星空は今まで見てきた空の中で一番綺麗だった。
後にも先にも、あの空より美しいものはないだろう。
瞳に降り注ぐ星々の輝きは幻のようで……そんな現実から離れた場所に、ネレイアはいつか行けるのだと自信に満ちた声で言うのだ。
「本当……? あそこにいけるの……?」
「ええ、きっと」
「あの先には……何があるのかな?」
「きっと、想像もつかないような景色があるわ。人はいつかきっとあそこに辿り着く。誰もがあそこに辿り着ける……私はそんな未来を信じてる」
その言葉に、私は夢を見た。
あなたの言葉に、私は夢を見たのよネレイア――。
誰もが宇宙を目指せる世界になりますように。
あの宇宙に、魔法で辿り着いてはいけないのだと結論付けたのはいつだっただろう。
魔法を使える特別な者だけが辿り着くのではなく、万人がその夢を共有できるような世界になってこそこの夢は意味があるのだと。
宇宙に辿り着くというのは、そういう未来を積み上げて辿り着くことなのだと。
だから、私達は魔法を使える者を貴族と定めた。
そんな世界になるまでに人々を守り続ける貴い一族。
人が作り出す営みを尊び、救う者として。
「ネレ……イア……」
いつの間にか、懐かしい記憶を見ていた。
目が霞んで何も見えなくなったから、自分の記憶の中を散歩していたのだろう。
私達は人の世界が少しでも進むようにと今日まで人々を助けてきた。
理不尽な悲劇が人が生み出す価値を損なわないように。
魔法生命の時のような悲劇はもうあってはいけない。
私達は、辿り着けなかった。
けれど、人間はいつかきっと辿り着く。
私もそう信じている。
そのために、私達は戦った。助けた。救い続けた。
一人の少女が口にした、理想の未来がいつか訪れるのだと信じて人に託した。
「ごめん……ね……みんな……」
私の命が消えていく。
先に死んでいった友人達に謝罪しながら、私は目を閉じた。
「ごめんね……。わかって、あげられなくて……」
私の意思が消えていく。
一人この世界に残してしまう親友に声を届けたかった。
「忘れちゃった……か……」
私の魔法がネレイアに伝えたいことを受け取って空へと上がっていく。
光属性創始者イルミナ・ヴァルトラエルではなく、ネレイアの親友イルミナとして伝えたかったこと。
「ごめん、ね……。冠……もう……作れ、ない……や……」
もう一度、あなたと話したかった。
私に夢を見させてくれた親友に。
もう一度、話したかった。
あの日の夜空が一番綺麗だったって。
もう一度だけ。
そんな願いすら叶わないほど、私達はすれ違ってしまったけれど――。
……それでも、心から言うことができる。
もし生まれ変わったとしても、私はまた……あなたと同じ夢が見たいのだと。
いつも読んでくださってありがとうございます。
その三です。




