エピローグ -あなたの隣で-
「凄い人だな……」
「戴冠祭の目玉イベントですから……日程がずれてもこれほどの人が来るとは思いませんでしたが……」
日も落ち、照明用の魔石が灯り始める夜の時間……スノラの中央に流れる巨大な川の川岸には地元以外の人間も多く集まった。
祭りの規模を縮小したにも関わらず時間が経つにつれて増えていき、結局は例年通りの賑わいを見せている。
この祭りの目玉イベントである"氷解祈願"の手順は簡単だ。霊脈の影響で魔力を含むスノラの川に、人工魔石の技術を流用した氷の飴玉を願い事をしながら流すだけ。
すると、飴玉が魔力に反応して輝きながら川を流れていくのだ。一斉に流れて輝き、流れとともに光が川に溶けていく様は幻想的で一見の価値ありだ。
川にかかる橋の上には"氷解祈願"のそんな光景を一目見ようと観光客が集まっていた。
祭りに繰り出したアルムとミスティもそこにいる。
「本当によろしいのですか……? 参加しなくて……?」
帰郷期間の際、アルムは川に流す飴玉をミスティの分も合わせて買っていたのだが……当のアルムは参加しようとはしなかった。
ミスティは橋の上から川を見つめるアルムに念を押す。
「ああ、ミスティは行ってきていいんだぞ? ほら、あそこにルクス達が見える」
橋の上から、アルムはルクス達がいる場所に視線をやった。
友人だからだろうか? 橋の上からだと一層わかりやすく目を引く。
なにやらエルミラとベネッタがもめているのをルクスが落ち着かせているようだが……ベネッタが顔を赤くしてエルミラに頬を引っ張られているところを見るとベネッタがからかったのだろう。
会話は聞こえずとも、容易に想像できる一幕だ。
「俺のほうは気にしなくていい」
「いえ、アルムがいるなら……ここにいることにします」
橋の手すりに寄り掛かるアルムの隣にミスティはつく。
触れそうで触れ合わない距離。
アルムの横顔をちらっと見て、ミスティはつい微笑む。
本当の意味で隣にいてもいいのだと思えるようになったのは、きっとこれが初めてかもしれない。
自信が無く、恐怖が脳裏をよぎっていた日々はもう終わった。
正直に言えば、したい願い事は一つあったのだが……アルムの隣にいるほうがミスティにとっては大切だった。
初恋の成就を願うよりも、今はただ離れがたい。
ようやく、胸を張って隣にいれる時間を手に入れたのだから。
「これ、やっぱり暖かいな。ありがとう」
アルムは自分の首に巻かれた黒いマフラーを指差した。
去年助けてくれたお礼にとミスティがプレゼントしたマフラーである。
そんな不意打ちめいた感謝の言葉に、ミスティの胸の内がきゅっと締め付けられる。
今それを言うのは反則なのでは、と動揺が紅潮という形で顔に出ていた。
「き、気に入って頂いているようで私も嬉しいですわ……!」
「ミスティは寒くないか?」
「ええ、私は全く…………む、むしろアルムのせいで熱いくらいといいますか……」
「熱いのか?」
「き、気にしないでくださいませ……」
ミスティはアルムの純粋な視線にぱたぱたと自分の顔を扇ぐ。
今回の一件で色々と成長したはずだが、どうにも弱い相手に対しては変わらないようである。
「か、風邪……か……?」
「違います……もう……」
今度は心配そうな視線を向けてくるアルムにくすりと笑ってしまう。
そんな中、駆け付けた音楽団が"氷結祈願"の開始を告げる音楽を奏で始めた。
このイベントを持って、戴冠祭は終わりを告げる。
音楽が鳴り始めると共に川岸に集まっている人々が一斉に氷の飴玉を流し始めた。
川に優しい光が灯る。
川を泳ぎ始める光の玉はどんどんと数を増やしていく。
今年は見れないと思われていた光景に、そこここから歓声が上がり始めた。
流れる光の玉は流れ星を想起させ、灯されている川はさながら宇宙のよう。
ここに、夜空は二つある。
「綺麗だ……」
「はい、スノラ自慢のお祭りですから」
「ああ……そりゃ見に来る人も多いわけだ……」
その幻想的な光景を前にして……アルムもミスティも見惚れていた。
この光の一つ一つが人々の願いだと思うと、何故だか愛おしい。
そう思ったからか、ミスティはふとアルムに問いたくなった。
「アルムは、本当に何も願わなくてよろしかったのですか……? 魔法使いになれますように、と……」
アルムの夢はアルムを知る者なら誰でも知っている。
ゆえに、本当に良かったのだろうかと思ってしまったのだ。
ミスティの問いに、アルムは当たり前のように答えた。
「それは願うものじゃなくて、自分で叶える夢だから。星に叶えてもらっても意味がない」
「自分で……」
「ああ、俺は恵まれて、手を伸ばせる権利がある。今、星に願いでもしたらむしろ遠くなっちゃいそうだ」
その答えに、ミスティはこれ以上無いほどアルムらしさを感じた。
叶うはずのない幻想を現実に変えている途中のアルムだからこその感覚。
現実での実感があるからこそ、星に届かせるようなことすら躊躇ったのだろう。
掴んでいるものを、離さないように。
「私も……そうあるべきなのかもしれません」
ふと、そう思った。
飾ることのできないこの心はきっと願うものではないのでしょう。
私が努力して、手に入れるべき心。
私が頑張って、成就させるべき恋。
初めての、感情。
高鳴る胸の鼓動はそんな思いを加速させていた。
だからこそ、今伝えるべきではないとも。
自分の憧れを叶え終わって、不安が無くなったから想いを伝えるなんて……それこそ自分勝手すぎる我が儘。
この人が歩く夢の道を邪魔したくない。
この心がアルムの重荷になったりしたら、耐えられない。
アルムがどれだけ、夢を叶えるために戦ってきたかを知っているから。
目の前で、見ているから。
それは私が願う二人のカタチじゃない。
「でも、意識してもらえるように努力をするくらいは……いいですよね?」
私は我が儘なんだって、もう自覚しているんです。
お姫様にも魔法使いにも憧れた。
あなたの夢が叶ってほしい。私の恋も叶えたい。
私を助けてくれたあなたを守りたい。あなたに私を守ってほしい。
あなたの、特別にしてほしい。
「どういう意味だ……?」
「アルムが鈍いのはわかりきったことですからね……今はわからなくてもいいんです」
「す、すまん……」
「その代わり……わかった時はしっかり答えを出してくださいね?」
「なんだかわからんが……まぁ、わかった」
「必ず私のほうを見て頂くと決めていますから」
アルムの表情は恐らく私の言っている意味を理解していないのだろう。
触れ合うようで、触れ合わない私とアルムの今の距離。
けれど、今はそれでいいと思える私の成長が嬉しかった。
今が一番、アルムが私の隣にいると感じられている。
「その時まで……覚悟してくださいね、アルム? あなたの隣は誰にも譲りません」
私は小指にある指輪をぎゅっと握って、アルムにそう宣言する。
アルムの頬が少し赤くなったのは寒さのせい? それとも……?
どちらでもよかったのだと思う。焦る必要はきっとない。
今の距離もまた私とアルムのかけがえのない時間。私はそんなもどかしい今ですらも愛しく思いながら、ゆっくりと距離を縮めていくのだろう。
それが、私らしい。
きっと、私達らしいやり方。
この繋がりだけは途切れないと、信じることができるからこその贅沢な恋の時間。
これからも私達はその繋がりを大切にしながら、一緒に進んでいけると信じている。
眼下に流れる天の川。
瞬く光は願い星。
流れていく願いを見送りながら私は密かに決意する。
いつかきっと、あなたの心に。
この思いを伝える日に向けて、私は一緒に進んでいく。
――歩くような速さで、未来へと進んでいく。
第七部『氷解のミュトロギア』完結となります。
ミスティをメインに据えた回となりましたがいかがだったでしょうか?前を向けるようになった彼女のこれからを応援していただけると幸いです。
第七部完結ということで、感想や下部にある評価、ブックマークをしていない方は是非よろしくお願いします!!
読了報告なども嬉しいので、是非是非。
第七部本編はここで終わりとなりますが、番外をいくつか投稿したいと考えております。
番外投稿後、予告がてら第八部のプロローグを投稿致します。
この作品も終盤に差し掛かりました。まさかここまで読んでいただけるとは……皆様のおかげです。改めてありがとうございます。
これからも「白の平民魔法使い」をよろしくお願い致します。




