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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第七部:氷解のミュトロギア

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495.氷解のミュトロギア6

 声がする。

 ひどく懐かしく聞こえる声が。


「貴族の誇り? 在り方? あなたには自分の在り方が無いように見えるけど」


 嘲笑の混じった心を削る声。

 足元からゆっくりと這い上がってくるような。

 目の前の光をゆっくり閉ざすような。

 不安を掻き立てる声が。


「あなたの言う貴族の在り方は確かに立派かもしれないけど……本当にあなたの望んだ在り方だった?」


 そんなの…………。

 ………………そんなの……。

 私は……だって…………カエシウス家の生まれだから。


「私は少なくとも、私の在り方を自分で選んだ」


 声がする。

 私を星と呼ぶ声が。

 賞賛のような、侮蔑。

 今にも唾を吐きそうな憎悪。

 家族だと思っていたあの人と私の距離は交わることがないくらい離れていた。

 カタチのないはずの心が軋む。

 私がまだ開けていない扉の先に、言葉(のろい)がつぎ込まれる。

 私にはそんな(むしば)んでくる言葉を押し返せる何か(いし)が無い。

 あの人は私の最も触れられたくない部屋に踏み入ってくる。

 その部屋までの道は栄華の記録で飾られていて、けれどその栄華に私は覚えがない。

 心の奥にある部屋には何があるのかわからなくて……私は恐くて、開けられないでいる。

 開けた先に、あの、一人ぼっちになる雪原が広がっているんじゃないかって。


「自分の才能が自分の在り方だと錯覚していないかしら?」


 その言葉(のろい)を否定できない。

 私は確かに、私の在り方を自分で選んだことがない。

 みんなは立派に選んでいるのに、私だけができていない。

 震えて恐がりながら、流されるままにカエシウス家の娘としての道を歩いている。

 貴族の誇り。貴族としての在り方。

 それは確かに素晴らしいことではあるけれど、果たして自分の意思でその言葉を望んでいるのだろうか――?


「自分すら持っていないあなたに、私達は苦しめられたのね」


 あの人だ――グレイシャお姉様が耳元でささやいてくる。

 氷のような声がする。

 心の奥にある自分の部屋すらも開けようとしない私が、この人に勝てるはずもない。

 グレイシャお姉様の選択は間違いだったかもしれないけど、少なくとも自分の在り方を選んでいた。

 寒さにこらえて、自分の部屋を開けた。その先にある道を突き進んだ。

 助けを求められない魔法使いの孤独に恐怖し、体をただ縮こまらせていた私とは全然違う。



「ねぇミスティ? あなたはやっぱり、一人なのね」

 


 違うと否定できない自分が嫌いになる。

 グレイシャお姉様の声は恐ろしくも美しく、私を呪う意思に満ちている。


 ルクスさんのように、エルミラのように、ベネッタのように。

 …………アルムのように。

 私は自分の道を歩いているみんなとは違い、自分の道を歩く以前の問題で。

 道の前にある扉の前でずっとずっと凍えている。

 雪原の中で一人ぼっちでいる、私だけの幻風景。

 そんな幻想に怯え続けて、私は自分で何かを選ぶ大切さからずっと目を背けていたのかもしれない。











「ミスティ様!!」

「あ……フロリア……さん……?」


 心配そうに私の体を揺するフロリアさんが見える。

 そうでした。ここはネロエラさんが率いる魔獣部隊が引く客車の中。

 色々な人に助けられ、王都から逃げ出した私は今東部へと向かっている。

 王都からの捜索部隊の目をかいくぐるべく迂回ルートを走っているというのに、馬車が普通に走るのと同じくらいの速度で向かっているのだから凄まじい。

 近隣の村で休憩をしていたりもしますが、追っ手の方々は未だ私達を捉えられていない。

 感知魔法が得意な宮廷魔法使いの方々がいても見つけられないということは……もしかすれば、ラモーナさんやカルセシス様、それにマリツィアさんが捜索部隊を混乱させているかもしれない。


「どうされました? ずっとうなされていて……汗も凄いです。お疲れですか?」


 そう言って、フロリアさんはハンカチを差し出してきた。

 色鮮やかで見覚えのある染色。きっと、ネロエラさんのタンズーク領のものでしょう。

 補佐貴族時代、家同士が牽制しあっていた事情を知っているだけに……今のお二人の関係が微笑ましくて、陰鬱な気持ちが少しだけ和らぐような気がしました。


「ありがとう、ございます。汚してしまってごめんなさい」

「何言っているんですか、遠慮しないでください!」


 受け取ってようやく、自分が本当に汗だくになっていることにようやく気付いた。

 嫌な汗で服がじっとりと張り付いていて、気持ちが悪い。

 せめて額の汗だけでも拭う、


「次の休憩でお着替えをいたしましょう。後二日で到着しますが、その間に風邪をひかれてしまってはいけません」


 フロリアさんは補佐貴族時代の癖が抜けないのか、いつも畏まって私と接している。

 私を尊敬していると言ってくれていますが、何故かはよくわかっていません。

 パーティなどで何度か顔を合わせることはあっても、補佐貴族の方とはそこまで深い付き合いをしていなかったので心当たりはありません。

 こうして、友人としてお付き合いするようになったのは本当に最近なのに……何故でしょう?

 いつか、お聞かせ頂きたいと思っているのですが中々切り出せません。


「いえ、ここ二週間の移動で服もありませんから……」

「ふふ、任せてくださいよ。ちゃーんとあるんですから」


 フロリアさんはそう言って、客室の後方にある荷物をごそごそと探り始めました。


「あ、やばい。これネロエラの荷物だ……。ぐちゃぐちゃにしちゃったけど……まぁいいか。後であやまろ」


 そんなお声が聞こえてきましたが、大丈夫でしょうか?

 客車の窓からちらっとのエリュテマの姿になっているネロエラさんを見ますが……どうやら客車の中の状況には気づいておられないようです。

 それにしても、本当に速いです。


「あった! ミスティ様これをどうぞ!」

「それは……」


 フロリアさんが持ってきたのはベラルタ魔法学院の制服でした。

 白を基調とした立派な制服であり、魔法使いを目指す私達にとっての正装。

 馴染み深いはずの制服が何故か、今の私にとっては遠く見える。


「それは、私のではない、ですよね……?」

「はい、私のです。ミスティ様に着ていただけるのならこんな光栄なことはありません!」

「ですが……」

「私は背丈があるので、少しサイズが大きいかもしれませんが我慢してください。ネロエラのほうが背丈は合っているのかもしれませんが、あの子、魔法のせいか着るものに潔癖なところがあるので、私のでどうか」

「我慢なんて……とてもありがたい申し出なのですが……」


 差し出された制服に手が伸びない。

 私が今これを着る資格があるのだろうか。

 ましてや、人の制服を。

 フロリアさんにはフロリアさんの芯を持ってこの制服を着ているはずなのに。


「わ、私の……嫌ですかね……?」


 中々受け取ろうとしない私を見て、どんなことを思ったのかフロリアさんは悲しそうに作り笑いを浮かべていました。


「そ、そんなことはありません! その……私の、問題でして……」

「ミスティ様の……?」


 私はフロリアさんの顔が見れず、顔を俯かせる。

 なんて情けない。

 私は今、この制服を着ることすら恐がっている。

 ベラルタ魔法学院。

 それは魔法使いを目指す者が集う教育機関。

 他の学校と呼ばれる場所と違い、教えることよりも自主性による自己研鑽を重んじる場所。

 そんな、制服を、今の私が着てもいいのでしょうか?


「……ミスティ様は何を恐がっていらっしゃるんですか?」


 フロリアさんが制服を私に差し出しながら聞いてきました。


「な、何故わかったのですか……?」

「だって、ずっと震えてます……最初は汗をかいて冷やしたのかと思ったのですが……いつものミスティ様らしくないと言いますか、何かに怯えているような、顔をしていらしたもので……」


 私は自分の手を見ると、フロリアさんの言う通り震えていました。

 そうです。私は恐いのです。

 でも何が?

 私は今何に恐がっているのでしょう。

 マナリルの危機? 夢に聞こえてきたグレイシャお姉様の御声? それとも母を昏睡させている血統魔法?


「ミスティ様……私達が初めてお話しした時を覚えていらっしゃいますか?」


 フロリアさんの優しい声に、私は思わず顔を上げた。

 失望されているのかと思いましたが、フロリアさんの表情にはそんなもの欠片もありませんでした。


「え……?」

「私の血統魔法が暴走してパーティがちょっと騒ぎになったんです。それで私は参加者の一人に殴られて……何が起きているのかわからない時に、ミスティ様が割って入ってくださった」


 その事件は覚えている。正確には思い出しました。

 数年前に出席したパーティで、周りの参加者の方々が一人のマーマシー家のご令嬢……フロリアさんを見て身構え、険しい表情を浮かべて、最後には大人の男性が殴り飛ばした痛ましい事件。

 私には周りの方々がフロリアさんに狼藉を働いているようにしか見えず、一緒に会場を出て、フロリアさんの頬を冷やしながら少しの間お話をしたことがあります。

 血統魔法の暴走だったということを知ったのは後日のことで、少しだけ親近感を覚えたこともあります。


「私はその時から、あなたを尊敬しています。見た人達の敵を映し出す私の血統魔法に惑わされることなく私を見据え、自分にとっての敵とは何かを語ってくださった同年代のあなたの声に……私の心は傅きました」


 フロリアさんはそう言って、震える私の手を握ってくださいました。

 とても温かくて、私の手はとても冷たいことに気付きます。


「だから、あの時の恩を少しでもお返ししたいです」

「フロリアさん……?」


 フロリアさんは意を決したように深呼吸して、


「【誇り無き敵(ヴィーアファイント)】」

「!!」


 客車の中でマーマシー家の血統魔法を唱えました。

 歴史の声が重なり、客車の中で響き渡る。

 フロリアさんの姿が闇の中に溶けていき、違う姿となって再生される。

 即ち、今の私にとっての敵の姿に。


「ミスティ様には今、私が何に見えますか?」


 声はフロリアさんのまま。

 マーマシー家の血統魔法はそういう魔法だ。

 使い手の姿を、見ている人々にとっての敵の姿に見せる魔法。

 私の目の前にいるフロリアさんの姿はもう、私の敵の姿に変わっている。


「あの日のように、私の姿のままだったら申し訳ありません……けれど、もし、私の姿が変わって見えているのだとしたら、ミスティ様は今その姿と戦うべきなんだと思います。恐くても、恐ろしくても」

「ぁ……」

「こんな事しか言えなくて申し訳ありません。でも……戦ってくださいミスティ様。それがきっと、ミスティ様の恐怖を拭う方法かもしれません!」


 フロリアさんは本当に申し訳なさそうに私にそう言ってくれました。

 私のことを本気で心配していなければ、こんな事で血統魔法を使うなんてことはしない。

 けれど、そんな心配にすら私は十分に報いられない。

 ただ動揺しているだけ。

 何故なら、フロリアさんの血統魔法にとって見える敵の姿はどう見ても――私自身だったのだから。

いつも読んでくださってありがとうございます。

フロリアさんの過去については185.魔法の形に少し書いてありますのでよろしければどうぞ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お母様の教えに従って、貴族として振る舞うことだって自分の選んだ選択なんだ 誰かから諭されて、それを選んだっていいんだ 大事なのは人のせいにしないこと、自分で責任を持つこと 違いはただそれだ…
[良い点] フロリアの応援 ミスティの苦悩 走るネロエラとエリュテマ グレイシャお姉様がミスティの前に敵わぬ敵として現れお前一人なんやでって言葉責めしなかったとしたら今どうなってたんかな、、グレイシャ…
[良い点] やはり、現段階ではフロリアは『忠臣』なんですよね。 それでも、ミスティが望めば友人にもなれるのかと。 ミスティは彼女にとっての魔法使いな訳ですから。 それにしても、グレイシャの呪いは凄…
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