490.氷解のミュトロギア
魔法使い。
魔法使い。
魔法使い。
うるさい。五月蠅い。煩い。ウルサイ。
その力を持って民を救う者。その力を持って国を守る者。
反吐が出るような当たり前を決めたのはかつての友人達だった。
旧文明で使われていた無属性魔法を発展させ、魔法の黎明期を終わらせた八人。
無色だった人の技法に星の神秘を取り込んだ者。
私達が魔法を完成させたのをきっかけに、私達は狭かった人の社会を拡大させた。あまねく自然の驚異を、私達が魔法というカタチで取り込んだがゆえに。
私達はその偉業から創始者と呼ばれることになる。
振り返ってみれば、本当に余計なことをした。
私達が魔法を完成させたのは純粋な好奇心。
未だ見ぬ星の地平。
そして天上に広がる宇宙を目指した結果に過ぎない。
"ねぇ、ネレイア? あの先には一体何があるのかしら?"
光属性創始者イルミナ・ヴァルトラネルの――私の親友の口癖だった。
その瞳は星の輝きを宿しているかのように美しく、声は希望に満ちていて、いつだって未来を見ていた。
私達が生きている間には叶うはずのない夢だったとしても、私達はこの道を未来に託せると信じていた。
人間がいつかこの星を解き明かし、そして光り輝く星々の海に飛び立つ日が来るのだと。
私達はそのきっかけになれたことを誇りに思っていた。
"私達を助けてくれ"
だが、私達の誇りはそんな声に踏みにじられる。
無数の声が今でも聞こえてくる。夢の中からでも聞こえてくる。
黙れゴミ共。群がる凡人達が集る姿は私にとって虫のようにしか見えなかった。
お前らのために魔法を完成させたわけじゃない。
私達は私達のために魔法を完成させたのだ。
お前らを助けるためじゃない。ましてや凡人の生活を豊かにするためじゃない。
だというのに……私以外の七人は喜んでその声に応えていた。
何を……してるの?
違うでしょ?
そうじゃないでしょ。
私達はこんなくだらないことのために魔法を完成させたわけじゃない。
より高く。
より深く。
個体ではなく存在のために。
凡人が理解できない高次へと行くために魔法を創ったのだ。
私達は星を目指した。
けれど、凡人が邪魔をする。
私達の足に縋って邪魔をする。
"ネレイア……お主はわかっていない"
何でそんなこと言うの?
違うじゃない。私達は星を目指して魔法を完成させた。
決して――地上を這う蟻のために完成させたんじゃない!!
そんな歯を食いしばる日々を送る中、奴らがやってきた。
魔法生命。こことは違う世界にいる異界の神々達。
元の世界で敗北し、この世界で再び君臨するために訪れた私達とは違う高次の生命体。
この世界にもあった空想が生み出した救世主ではなく、本当の意味での神という存在。
人間を脅かす敵を前に……他の七人は表情を険しくした。
私は、笑った。
そこで私は決定的な違いを見たのかもしれない。
本当に高次の存在がいたことに対する歓喜は私の身を包んだ。
彼らの登場は私達の夢が一歩進んだ証拠だというのに、欠片も喜ばないことに理解ができなかった。
私達は人間の先に進める存在が目の前に現れたのよ? 何で喜ばないの?
命が潰されることを憂う必要なんてないでしょう?
消されていく命を見て歯痒く思う必要なんてないでしょう?
だって、その力こそが……彼らが人間以上の存在であることの証明で、私達が人間という存在のステージの先に行ける証明じゃない。
ああ、でも――証明以上の意味は無い。
現れてくれたことは嬉しいけれど、もういらないのは確かだった。
他の七人はわかってくれたかと、祝福していたようだったが……もう私には他の七人が別の生き物にしか見えなかった。
一緒に夢を見た日もあったはずだったが……もうこいつらは星を見ていないのだと――。
だから、死んでくれてありがとうみんな。
立派な死に様だったらしいわよ?
神と戦って、人を守って、友人を庇って、誰かを救って。
ほんっと、馬鹿みたい。
誰かを守ることも救うことも、優秀な命の無駄遣いでしかないって最後までわからなかったのね。そんなことをしなければ、私達はずっと特別だったのに。
全員死んでくれたら楽だったけれど、二人も生き残った時には思わず舌打ちをしたわ。
ま、一番厄介だった地属性創始者のスクリルは爺さんだったからすぐ死んだし……イルミナは甘ちゃんだから殺すのがとっても楽で助かったけど。
"ネレイア……どうして……?"
それが、親友だったイルミナの遺言だった。
どうしてって……当然でしょ?
邪魔だったからに決まってるじゃない。
星を見上げないあなたなんて……ただの人間でしかない。
私は辿り着きたいだけ。子供の頃からの憧れを目指したいだけ。
人間を超えて、星の地平のその先に。神となって未だ見ぬ宇宙の彼方へ。
「ああ……眠ってしまったのね……」
水の中で私は目を覚ます。魔法大国マナリルを呑み込む魔法の中で。
後どれぐらいで着くだろうか。
到着が待ち遠しい気もするが、逸る気持ちは無い。
なにせ、千五百年待ったのだ。
血統魔法の成長に千年。最初の四柱の復活を待って五百年。
長い、とても長い旅だった。
もう邪魔者はいない。私を阻む機能はどこにもいない。
私を止められる者はようやく、いなくなった。
「最後の夢を見るといいわ。人の時代が終わるその瞬間までくらい許してあげる」
何が魔法使い。何が救う者。
何が、助けてだ。
力に縋りたいのなら、貴様らをあまねく支配しよう。
人間としてではなく神として。
救うのではなく手中に収めて。
人間を気まぐれで生かし、人間を気まぐれで潰すことにしよう。
かつての友人達を堕落させた虫共には、そんな在り方が相応しい。
助けを乞うなら命を差し出せ。
差し出せることを泣いて喜べ。
首だけになっても跪け。
苦悶を刻みながらこの名を崇めよ。私の名はネレイア・スティクラツ。
魔法を完成させた八人の創始者の一人。星の神秘を取り込み、青の王冠を抱く者。
讃えるがいい人間。水に埋もれよ魔法使い。
貴様らに許されたのは――これより始まる私の為の神話の礎となることだけだ。
魔法使い。
ああ――ようやく……この存在を消し去れる。




