489.晴らす味方
「おい、俺達こんなことしてていいのか……?」
「何言ってんだ。この部屋にいるのはダブラマの魔法使い様だぞ……巻き込まれでもしたら国際問題に発展するんだ。立派な任務さ」
「それもそうか……」
騒ぎが起きている方角とは裏腹に、二人の兵士が立つ廊下は静かだった。
この二人が警備している部屋はダブラマからの使者マリツィア・リオネッタの部屋。
騒ぎが起きたからといって任務を放棄して駆け出すわけにはいかない。なにせ、他国からの使者だ。あらゆる意味で目を離すわけにはいかない。
「美人だよなぁ……なんかいい匂いするしよ……貴族様っての見た目まで高貴なのか?」
「馬鹿だな。だったらあんな金食い親父が生まれるわけないだろ?」
兵士の一人が言う金食い親父とは宮廷魔法使い筆頭のボラグルのことだった。
ボラグルは平民の兵士どころか一部の貴族からもよく思われておらず、本人のいないところではもっぱら揶揄するようなあだ名で不平不満を漏らされている。
ただ権力があり、ついていけば甘い汁が吸えるからという理由で味方が多いだけなのだ。
「違いない。貴族といっても色々だな」
「平民だってそうさ」
くくく、と笑って兵士の一人がマリツィアの部屋の扉のほうを見る。
「それにしても……向こうの国だとこんな時間に寝るのかね?」
「どういうことだよ?」
「いや、さっきお前が来る前に言われたんだよ……兵士さん、私は少し休みますので警備のほうよろしくお願い致しますね、ってさ」
「うわー……似てないなぁー……」
「どのくらい似てない?」
「かろうじて口調を真似してる点を考慮して一点だな」
「甘口判定で一点貰いましたよっと……いや、そういうことじゃなくてだな。寝るの早すぎないかってことよ」
確かに、外は雨雲ではあるが……まだ日が落ちる時間ではない。
かといって、昼寝には少し中途半端な時間だ。
だが、マリツィアはダブラマから来た使者。長旅で疲労がたまっていてもおかしくはない。
「長旅で疲れてるのさ。お前も見ただろ? 見た目は華奢で可憐な女性だった……魔法はともかく体力まで俺達並というわけにはいかんさ」
「そうか。そうだよな……」
「それより油断するなよ? なんでも向こうじゃかなり恐ろしい魔法使いで通っているらしいからな。それに、ダブラマは休戦中とはいえまだ敵国なんだから」
「そりゃわかってるけどよ……さっき覗いたら本当に寝てたんだ」
「覗くな馬鹿」
「あいで」
兜を小突かれた兵士はマリツィアがいる部屋を一瞥して、姿勢を正す。
雑談に花を咲かせるのもいいが、今は任務中。
形だけでもしっかりと背筋を伸ばし、警備を続けなければいけない。
「あんな子が恐ろしいって……やっぱ魔法使いは外見じゃわからないんだな……」
「マリツィアさんが……?」
「ええ、協力を申し出てくれたの。ご丁寧に、王都に自分が操っている遺体を潜り込ませてるって打ち明けた上で」
ミスティは白馬の上で予想外の協力者の名前を聞く。
蹄が道を駆ける音と雨音が二人の会話をかき消していた。
「今も誘導してくれてるよ。遺体に意識を移してるとかなんとかで王都で合流する予定……流石はダブラマの王家直属ってところかしら」
ラモーナはミスティに見えるように、自分の耳についたピアスを見せる。
そのピアスに施された宝石のような石は通信用の魔石であり、魔力光でぼんやりと光っていた。
「ダブラマの魔法使いが無償で協力だなんて……休戦中で共同戦線を張ってるとはいえ、随分いい関係を築いてきたのね」
「どう、でしょうか……」
心当たりが無いわけではなかったが……それだけであのマリツィアがここまでするかという疑問はあった。
ミスティからすると、マリツィアは祖国に尽くす魔法使いという印象だった。
他に比べれば確かに接する機会は多かったが……自分達のために個人の感情で動いてくれるとは思えない。
一つ理由が思いつくとすれば……マリツィアはアルムを気に入っているからかもしれないとミスティが結論付けた。
「まぁ、あの取引のために印象を良くしてるって可能性もあるけど……」
「取引?」
「それはまた後の話になるかな」
白馬は人込みの中を器用に駆け、追っ手からの距離を離す。
目的地に向かいながらも路地へと入り、追っ手の兵士と魔法使いが見えなくなったところで……ラモーナは一度白馬を止まらせた。
「さ、降りて!」
「え? は、はい……!」
言われた通りにミスティは降りる。
乗馬の経験はあるので降りるのは簡単だった。
しかし、何故こんな中途半端なところで降ろされたのかはわからない。
すると、二人が来ることがわかっていたかのように、路地裏から一人の女性が同じようなローブを纏って飛び出してくる。
「お待ちしておりました。ミスティ様は王都の北側の門から見える森に向かってください」
「も、もしかして……マリツィアさんですか……?」
マリツィアとは似ても似つかない女性がこくりと頷く。
何故助けてくれるのか、など聞きたいことは山ほどあったが、マリツィアは時間が惜しいとばかりにラモーナの後ろに飛び乗る。
ミスティは自分が顔を出さないように指示されていた意味をようやく理解した。
つまりは、事前にマリツィアと相談して入れ替わる予定だったのだろう。
自分が悩んでいる間、ラモーナ達はそれほど迅速に作戦を立てていたということだ。思えば馬小屋の人達とのコミュニケーションも早かった。
こういった点はまだまだ自分が子供であることをミスティは実感する。
「私とラモーナ様で追っ手をしばらく引き付けます。ミスティ様が出発してくださればこちらはいくらでも撒く手段がございますから」
「も、森に……一体何故……?」
「そこにミスティ様の味方がいらっしゃいます。カルセシス様からの言伝ですのでどうかご安心を」
「早く行って! 北門はすぐに抜けられる!」
マリツィアが乗ったのを確認したラモーナが手綱を操り、再び駆け始める。
ミスティと離れなければ追っ手に異変を気付かれる。勝負所は追っ手が見えない今しかない。
この作戦はミスティが王都を出るまでの迅速さが鍵になる。
「あ、あの……味方というのは……!」
「行けばわかる! 私達の舞台はここだからね、あなたを連れていくには役不足なのさ! でも少しくらいは、かっこいい大人に映ったかい?」
そう行って、ラモーナは自分の役割を果たすために駆けていった。マリツィアの意識がある女性もミスティのほうを振り向いて、一礼する。
二人とも気持ちのいい笑顔を見せるとそれ以上振り返ることもなく、ミスティからの答えも待たずに二人は白馬に乗ってその場から去っていった。
あまりにも早い乗り手の交代。
追っ手があの二人に追い付くには恐らくまだ時間がかかるだろう。
「……」
ミスティは白馬に乗って去っていった二人を見送って、北門に向かった。
ローブを深く被って、大通りを避ける。
ミスティ・トランス・カエシウスがここにいることをばれないように。二人の協力を無駄にしないように。
雨も手伝って、通行人は傘を差していて視界も悪い。
(騒ぎの渦中にいましたのに……)
人の多さに反した静けさ。
フードからちらりと見える曇天。
視界の中に振り続ける無数の雫。
まるで水の中に取り残されたような感覚がミスティの心をきゅっと掴む。
改めて、アルム達が先に行ってしまったという事実が実感となって襲い掛かる。
自分が何故追いかけたいと思ったのか。追いついて何ができるかの答えは出ない。
王都の人々が日常を過ごす姿を目にしながら、ミスティは走る。
「はっ……! はっ……!」
ミスティは走る。
言われた通りに走った。
雨の中……王都を駆け、門を抜け、何もない道をただ走る。
乗っていた白馬はもうここにはいない。連れてきてくれたラモーナもいない。ルクスもいない。ベネッタもいない。エルミラもいない。
……アルムもいない。
今頃はラモーナが追っ手を引き付けている頃だろうか。
ラモーナがあれだけ派手に王城を出ていったのは追っ手の目を引くため。馬を使ったのもわかりやすく追う目印になるからだろう。
「いけば、わかると……仰ってましたが……!」
自分を助けてくれた人達を信じて、ミスティは王都から見えるさほど深くない森に入る。
馬車の中でからなら幾度も見たことがある。北部に向かう途中にある森だ。
ミスティは言われた通り森に入るが、ここに何があるかは知らされていない。
追っ手がいる中、詳細を聞く時間は無かった。
より、孤独が深くなる。
周りから火が消え、立っているのは自然の使者である草木のみ。
一体ここに誰がいるのだろう。
味方……? 王城から抜け出した今の自分に味方してくれる物好きが、本当に……いるのだろうか?
「――――!」
「……え?」
そんな不安を抱えて道を走るミスティの耳に声が届く。
雨音にかき消されてはいるが、間違いなく人の声だった。
続いて、獣の声も聞こえてくる。
薄暗い森の中から、無数の雫をかき分けて――孤独と不安を晴らす味方が現れる――。
「お待ちしてましたミスティ様ー!」
《準備できてます!》
「フロリアさん! ネロエラさん!」
そこにいたのは間違いなく自分を手助けしてくれる味方の姿。
カエシウス家の元補佐貴族にしてベラルタ魔法学院に通う二人の友人。
こちらに大きく手を振るフロリア・マーマシーと雨の中、筆談用の本を掲げてここにいるアピールをするネロエラ・タンズークだった。
「さあ行きましょう! 最速で!」
《かつ安全運転で!》
世にも珍しい魔獣エリュテマが引く馬車と共に二人は待っていた。
戦ってきたあなた達にはいくらでも味方はいるのだと、ミスティに伝えるかのように。
いつも読んでくださってありがとうございます。
数話前からずっと待ってた二人だったりします。




