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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第七部:氷解のミュトロギア

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486.恐くても歩き出せ

 今思えば、昔から閉じこもる癖があったのかもしれない。

 恐怖と不安を零すことができない毎日と地位を持って生まれたから。

 自分の部屋で震える日もあった。

 図書室に逃げ込んで、泣く日もあった。

 誰にも見せられない弱い姿と、誰にも聞かせられない未来への恐怖。

 雪原を一人で歩かねばならないカエシウス家という貴族の在り方。

 本当は魔法使いだけじゃなくて、お姫様にも憧れていたけれど……それを言うこともできなかった。

 それでも、自分しか出来る人間がいないのならばやるべきだと思った。

 国と民を守る貴族。全ての人々が考えるような弱者を助ける魔法使いに。


「……」


 こうして、閉じ込められて少し冷静になった自分が嫌になる。

 聞こえてくるのが雨音だけになったのはついさっきだった。

 代わる代わる、私が案内された部屋には王城に務める貴族の方々が挨拶にきていた。

 名前だけはしっかり覚えているのは貴族としてのスキルでしょう。


「噂に違わぬお美しさ。私としたことが感激しております」

「まるで揺蕩う竜のような美貌――」

「お父様とは懇意に――」

「外見からも才と知性を感じさせる――」

「ミスティ様!」

「ミスティ様!!」

「ミスティ様!!」


 空っぽな言葉を覚えようとも思えませんでした。


「うちの息子と是非会って頂きたい。将来は必ずミスティ殿と釣り合う男になると自負しております……少なくとも、ご一緒している平民のご友人よりは」


 ■してしまいたいと思った言葉もありましたが、忘れることにしました。


「先程は失礼致しましたミスティ様……世間知らずの子供に大人げない姿を見せてしまったようで……。あの三人を行かせたことについてもミスティ様は気が気でないでしょうが、なにぶん事が事ですので。私共としても厳しい判断をする他なく、ミスティ様のご友人を頼る結果となってしまい心を痛めております」


 最後に、アルム達をマットラト領に送った宮廷魔法使いのボラグルさんが部屋にいらっしゃいました。

 表面だけの言葉を使い、私の後ろにある地位だけを見た笑顔はよくできた仮面。

 私の心には届かない声を長々と吐き出した後、部屋を出ていきました。

 何を喋ったのかはよく覚えていません。貴族失格でしょうか。

 でも……こんな事を言ったら性格が悪い女だと嫌われてしまうかもしれないですが、私の心の中で響く清らかな言葉を邪魔する雑音にしか思えなかったんです。


「アルム……」


 名前を呼ぶだけで、雨で冷えた空気が少し暖かくなるような気がしました。

 無意識に、彼にプレゼントしてもらった小指の指輪をぎゅっと握る。

 何故、彼の言葉はこんな私に届くのでしょう。

 いつまでも覚えていたいと思わせてくれるのでしょう。

 アルムが好きだからというだけでない力強さが彼の言葉にはある。


「ああ――」


 そうでした。

 最初から彼はそうでした。

 嘘が下手で、誤魔化すのも得意じゃなくて。

 だから本音で話してくれる。彼が思っている本当のことを伝えてくれる。

 だからあの時も……氷の中に閉ざされかけた私の心に、温かく響いてきた。

 そして――今この時も。


「貰って、ばっかりいる……」


 雨音の中に震える自分の声がする。

 落ちる雨粒に、私の揺れる瞳が映る。

 ずっとずっと、助けてもらってばかりの私。

 助けてという声に来てくれた人。

 お姫様に憧れた私の夢を叶えてくれた人。

 辛い心を溶かしてくれた人。

 閉じこもる私の心に明かりをくれる人。

 初めて、恋をくれた人。

 思い返せば、色んなものを貰っているのに……私は、彼に何をしてあげられただろう?


「弱いことは……悪じゃない」


 ずっとずっと、私は彼に救ってもらっている。

 なのに……何で私は動かないのですか?

 恐いから?

 行って、何もできない自分が恐いから?

 カエシウス家が生んだ天才。そうして持てはやされてきたけれど……私は自分の血統魔法を恐がってるだけの、弱い子供だ。

 血統魔法を継いで、お母様が目を覚まさなくなった。

 無関係だとは思えなかった。けれど、目を逸らしていた。

 そんな現実にも向き合えず、今日までずるずると生きてきただけの……子供。

 私はただ逃げているだけ。そんな私も……彼は本当に肯定してくれるのだろうか?

 弱いのは悪いことじゃないと、私の目を見つめて言ってくれるのだろうか?


 世間は彼が私に釣り合わないと言うだろうけれど……彼と釣り合っていないのは、本当は私のほうだ。


 彼のような強い芯が、私には無い気がする。

 どこかに、置いてきてしまったのだろうか。

 だからこうして……言われるがままにこの部屋に閉じこもっているのかもしれない。


「……」


 行かないと、と思った。

 行って、何ができるのかはわからない。

 今の私は血統魔法も満足に使えない半人前。

 けれど……ここで何もせず、全てが終わるのを待っていたら――もう何も手に入らない気がする。

 何より、何もせずに大切な人達が失われてしまったら。

 そう考えたら、体の震えが止まらない。


「何か、何か策を考えませんと……」


 扉の周りには見張りの兵士が二人いる。

 その二人を御するのは簡単。だが、そのあとが続かない。報告されればそれで王城の魔法使いが捕まえに来るだろう。

 なにせ、ミスティ・トランス・カエシウスがここにいるのは国からの命令だ。

 抜け出そうとすれば命令違反で容赦する必要もない。

 なにより……去年のグレイシャの事件でカエシウス家は信頼を多少なりとも失っている。

 全てが終わっても、ただではいられないだろう。


「お父様にもお母様にもご迷惑がかかってしまう……!」


 父親であるノルドに母親であるセルレア。

 そして自分に仕えてくれている使用人達の顔が一気にミスティの脳裏に浮かぶ。

 何かないかと頭を巡らす。

 カエシウス家の才女と大層な呼ばれ方をしているのだから、それくらい絞り出すくらいしなさいとミスティは自分に自分で命令した。


「――え?」


 その時、扉の向こう側でどさどさ、と何かが倒れる音がした。

 侵入者?

 ミスティは一旦思考を止めて体を身構えた。

 静かに開く扉を注視して、入ってくる何者かに集中する。

 その何者かは顔を隠すでもなく、殺気を振りまくでもなく、ただ普通にミスティが閉じ込められている部屋に入ってきた。


「……失礼しまーす」

「陛下の側近のラモーナさん……?」


 部屋に入ってきたのは紫色の髪と瞳をしたミステリアスな側近。

 マナリル国王カルセシスの傍らに居続ける女性であり、専属の治癒魔導士でもあるラモーナだった。

 当然、ミスティとは謁見の際に面識はあれど会話をしたことはないのだが……普段見かける時と雰囲気が全く違う。

 もしかすれば、普段は側近に相応しいようにいわゆる仮面を被って生活しているのかもしれない。


「ちょっと入れさせてもらいますね」


 ラモーナはそう言って、気絶した兵士二人を引きずりながら部屋に入ってくる。

 ミスティは身構えたまま、ラモーナが入ってくるのをただ見届けるしかない。


「なんの……御用ですか?」


 絞り出すように、ミスティは入ってきたラモーナに問いかける。

 見張りの兵士を気絶させていることから、何か尋常じゃない目的があると予測して。


「本当にごめんなさい」


 その予想を上回って、ラモーナは深々と頭を下げた。

 何に対しての謝罪かを理解する前に、ラモーナは頭を上げる。


「言い訳にしかならないけど、あの場では私達も何も言うことはできなかった。カルセシス様もあなた達を閉じ込めることは望んでいない。私の勝手な願望だけど、あの人のことだけは信じてあげてほしい。あの人は合理的でちょっと冷たいこともある人だけど……こんな結果は望んではいなかった」


 今まで無表情を貫いていて、アルムのようだなと思っていたミスティのイメージが一気に変わる。

 申し訳なさそうにする表情には確かな感情が宿っており、演技では有り得ない国王カルセシスへの信頼がある。

 側近としてではなく、他が思っているよりももっと近しい関係なのだろう。


「わざわざ謝罪をしにきてくださったのですか……?」

「いいえ、もっと大切なことをしにきたの……ここから、抜け出したいでしょう?」

「!!」


 ラモーナはそう言って、ミスティに手を差し出す。


「こうなることを予想して色々準備はしてあるのさ。王城で起きる誘拐事件っていうのはそれはそれは大騒ぎになるでしょう」


 ラモーナの言っている意味をミスティは理解する。

 だがそれは、ラモーナの立場をどれほど危うくさせるのか。

 

「どうして、あなたが……?」


 ミスティの疑問は当然だった。

 二人は全く関わりがない。会話も今が初めてなくらいだ。

 そんなラモーナが、何故自分を助けるのか?


「カルセシス様がお望みなの。あなたをここにいさせちゃいけないって。私はそれを叶えるためにここにいる。それに、ださい大人の姿を見せたんだから、今度はほんのちょっとだけかっこいい大人の姿も見ていってほしいでしょ」


 そんな理由で? と聞き返す前に。


「それで行くの? 行かないの?」

「私は……」

「あなたに行きたい意思がないのなら意味がない。責任は全部こっちでとる覚悟はできてる。後はあなたの意思だけ」

「私は――!」

「どっち!?」


 そんなこと決まってると、ミスティは自分の意思を声にする。


「行きたいです……! 何もできないかもしれませんが、それでも――!」

「よし!」


 ラモーナはミスティの手を無理矢理とってウィンクする。

 これが貞淑にカルセシスに付き従っているように見えた側近ラモーナの本当の顔なのかと、ミスティは呆気にとられた。


「あの……ありがとうございます……」


 礼を言うミスティにラモーナは満足そうな笑みを浮かべて、


「当然でしょ! 大人っていうのは、少年少女の道を作るために早く生まれてくるのさ!」


 少女の道を照らす小さな灯りの一つになるべく駆け出した。

 向き合うべきものが見えぬ迷いと拭えぬ恐怖を抱える中、それでも少女は歩き出す。

いつも読んでくださってありがとうございます。

ここで一区切りとなります。

次の本編更新から第七部ラストに向けての更新となります。

毎度のごとく長いお話に付き合ってくださっている読者の皆様、どうかお付き合いくださいませ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 伏せ字の部分 そりゃあミスティにさえそう思わせちゃうような不快さですもの 憎悪だって必要な感情ですもの ラモーナさん、私もかっこいい大人が見れて嬉しかったです! 素敵! カルセシスさまも…
[良い点] いざ出陣!ルクスは!? ラモーナさんと陛下!ご無事で! ラモーナさんかっこいい!! [一言] 更新ありがとうございます
[一言] >■してしまいたいと思った言葉もありましたが、忘れることにしました おっとぉ…ぼんやりしながら聞いてるからか、普段より言語フィルターの検閲が緩いですよ!コロなのかコワなのか、はたまた他の言…
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