480.答えを知る者
「ねぇ、ネロエラー……この命令一体何なんだろうね?」
そびえ立つ王城を眺めながらフロリアは暇そうに呟いた。
帰郷期間をタンズーク領で過ごしたフロリアはネロエラと共に王都から少し離れた森の中にいた。
勿論、魔獣輸送部隊アミクスとして四匹のエリュテマも一緒にいる。
木陰に隠れる二人と四匹は野営の準備をしながらも、のんびりとくつろいでいた。
それもこれも……出発前に変わった命令が届いていたからである。
「わからないが……王都には入らず、近隣で待機とのことだ。まだ仮設部隊の私達は命令に従うしかないだろう」
「いや、別に不満があるわけじゃないのよ? 王都で美味しいもの食べたかったとか、冬に向けての新作の服が欲しかったとか、西部の新ブランドの化粧品を試したかったとか、そんな不満は無いのだけど」
「不満が抑えきれていないぞフロリア……」
「ネロエラも書類仕事終わらせたっていうのにこんなとこで待機って……ま、あなたを休ませるには丁度いいのかもね」
ネロエラは四匹の中でも一回り大きいリーダー格のカーラというエリュテマに見張られながら、馬車の中で横になっていた。
フロリアとエリュテマ達の働きで帰郷期間中に定期的に休ませていたのだが、念には念をと今この部隊は現在ネロエラ過保護モードに突入中なのである。
「だ、だからみんなのお陰でもう調子はいいと言っただろう……心配しすぎだ」
「駄目よ。見張りは私とエリュテマ達でするからあんたはずっと休んでなさい。後で交代のローテも考えとくからエリュテマの皆はこまめに食事とってね。あなた達結構カロリーいるからすぐに出せるようにしておいて」
フロリアがそう言うとカーラが頷き、それに続いてエリュテマであるヘリヤ、スリヤ、ロータが頷いて肯定の意を示す。
フロリアの指示をカーラが妥当かどうか判断し、他がそれに従うという統率のとれた布陣だ。
「むう……ぶ、部隊長は私なのに……」
そんな自分抜きで回っている部隊を頼もしく思いつつも、寂しさを感じるネロエラ。
ブランケットにくるまりながらも、すねるに頬を膨らませていた。
「すねないすねない。私が出来るのは簡単な意思疎通なだけなんだから。任務中の詳細なコミュニケーションは血統魔法使ったあなたにかかっているのよ? あなたの体調を万全にしておかなくてどうするの」
「……こうして気兼ねなく牙を晒せる環境だ。し、しっかり気も休まっているし……そんなに心配されると情けなくなってしまう」
ネロエラの口から覗く鋭く、獣のように研ぎ澄まされた牙。
色白で細身のネロエラの体からは想像もつかない獰猛さの片鱗が口の中だけにある。
ネロエラ自身のコンプレックスで普段は隠しているが、今ここに嫌悪を示すものはおらず隠す必要は無い。
「可愛いいじけかたするわね……アルムの前でもそういうとこ出してみたら?」
「ば、ば、馬鹿を言うな! こんな弱々しい姿を見せられるか!」
「あら、私達にはいいの? それって告白? いやぁ……フロリアちゃんは確かに美しいから女の子も魅了しちゃうけど……」
「そ、そういう話ではない!」
「あはは、からかっただけよ」
ネロエラとフロリアの会話の様子を見て、最年少のエリュテマであり、フロリアに懐いていて今も傍らに座っているロータは尻尾をぶんぶんと振っている。
自分の主人と自分が好きになった人間の関係性を喜んでいるのかもしれない。
そんな傍から見れば微笑ましい空間ではあるのだが、フロリアの顔は緩んでいなかった。
「それに……もしかしたら、あなた達に頑張って貰わないといけない事態になるかもしれないしね……」
ぽつりとフロリアが呟く。
王都に入らず、外で待機しろという国王カルセシスからの妙な命令。
この命令の意図は何なのかと、フロリアは王城を睨みつけていた。
アルム達とマリツィアはしばらく客間のほうで待っており、謁見の間に行くのは一時間ほど後だった。
兵士と使用人に連れられ、白を基調とした廊下を歩くとすぐに謁見の間に着いた。
人払いをしているのか、他に人影はおらず、兵士がアルム達の名前を挙げて入室の許可を得ると扉は開き、六人は謁見の間へと足を踏み入れた。
アルム達はすでに何度か足を踏み入れている謁見の間は相変わらず豪華だった。
白と金を基調とした広大な室内は天上から釣り下がる魔石のシャンデリアで明るく照らされている。煌びやかな室内が光によってさらにその威厳を増すかのようだった。
歩いている内に足が沈んでしまいそうなほど柔らかい赤いカーペットの脇には五人の宮廷魔法使いが並んでいる。アルム達がよく知っているファニアもいた。南部での事件以来の再会だが、場が場なので平常心で横を通りすぎる。
カーペットの先にある玉座の傍らに側近のラモーナという女性が立ち、玉座にはマナリル国王カルセシスが座っていた。
若々しく端正な顔立ちで赤や金、そして黒に変わる不思議な瞳を持つカルセシスはいつ見ても惹き付ける魔力がある。
「ダブラマ王家直属魔法使いマリツィア・リオネッタでございます。この度は陛下の謁見の許可に加えて情報提供者が提示した条件を叶えてくださったこと心より感謝致します」
見事なカーテシーを見せながら、マリツィアがカルセシスに礼を見せる。
マリツィアが代表して挨拶しているのは不自然にも見えるが、アルム達はあくまで情報提供のための条件としてここにいるに過ぎない。
アルム達が順に名乗って膝をつくと、カルセシスはそこでようやく話し出す。
「うむ、遠い地からご苦労マリツィア。そしてよく来てくれた我が国の未来達よ。帰郷期間が終わってすぐだというのに呼び立ててすまないな」
「いえ、聞けば情報提供者からの条件だとか。この国のためになるならば駆け付けないわけにはいきません」
カルセシスからの言葉にアルム達を代表して、ルクスが答えた。
国王と宮廷魔法使いに囲まれているにも関わらず、平常心で受け答えをするルクスには頼もしさすら感じるほどだ。
「そう言って貰えると助かる。今に情報提供者のほうも……」
「到着いたしました!」
扉の外から聞こえてくる兵士の声。
情報提供者の到着に謁見の間の扉が開かれる。
「失礼致します」
扉を開いて現れたのは白いヴェールを被った女性だった。
透き通るような声。優雅な佇まい。しかしどこか薄幸を背負っているかのような。
女性が入ってきた瞬間、輝きに満ちた謁見の間の雰囲気が変わる。
アルム達はちらっと後ろを見て、その人物が赤いカーペットを歩いてくるのを見た。
その女性が歩いている様子をカーペットの横に立つ五人の宮廷魔法使いは睨みつけており、空気はどこか張り詰めている。
「……?」
アルムがカルセシスのほうを見ると、カルセシスの瞳は輝きを強め、側近のラモーナもその現れた女性から目を離さないように睨んでいるようだった。
白いヴェールを被った女性はアルム達の前まで歩くと、そのままカルセシスに向けて頭を深々と下げた。
「お初にお目にかかります……マナリルの国王様……。この度、情報を提供すべく馳せ参じました……。魔法生命スピンクスでございます」
「え!?」
「なっ――!?」
「なに……!?」
アルム達五人は突如現れたその女性の正体に驚愕を露にする。
魔法生命が堂々とこの場に立っていることにも驚きだが……アルム達が驚いている理由はもう一つある。
その理由について、ルクスがアルムに耳打ちした。
「アルム……この名前って……」
「ああ、師匠が言っていた魔法生命の名前だ……」
そう……その魔法生命の名前はアルムの師匠が残した遺言のうちの一つ。
"答えをスピンクスに求めろ"
魔法生命に関する情報が致命的に不足しているマナリルは縋るような思いでその遺言を元に動いていた。
ついに見つかったのかとアルムは前進の予感を感じるが……相手は魔法生命。
なるほど、謁見の間にたちこめるこの張り詰めた空気も納得というものだろう。
情報提供者がいつ殺戮者に変わるのかを宮廷魔法使い達は警戒しているのだ。
「ああ、ご安心くださいませ……。私は魔法生命ではありますが……名前には呪法はございません……。気軽にスピンクスと言って頂いて構いませんよ……」
「……」
そう言われるものの、今まで魔法生命と戦ってきたアルム達にとっては難しい。
今まで魔法生命のその特性をどれだけ警戒してきたか。
「貴様の言う通り……アルム達をここに集めた」
「ありがとうございます……。マナリルの国王様……。約束通り、私の持つマナリルにとって有益な情報をお渡ししますが……少し、お時間を頂いてもよろしいですか……? 皆様のお顔を拝見させて頂きたいのです」
「妙な真似をすればわかっているな?」
「勿論でございます。その時はこの身にある魔法生命の核……貫いてくださいませ」
自分の額を指差しながら、白いヴェールの下で微笑むスピンクス。
カルセシスが無言で頷くと、スピンクスはアルム達のほうに振り返った。
「初めまして皆様方……。ご活躍はかねがねお聞かせ頂いております……魔法生命が一柱、スピンクスと申します……」
スピンクスはそう名乗ると……アルム達の顔を順番に見始めた。
白いヴェールの下から覗く紺色の瞳は吸い込まれそうなほど深く、夜明け前に浮かぶ空の色のようだった。
スピンクスは一通りアルム達五人の顔を見たかと思うと、最後にアルムのほうに歩み寄る。
「分岐点に立つ異端。サルガタナスの子……。あなたがアルムですね……?」
「はい」
そんな夜明け前の空に見つめられても、アルムは動じない。
二人は互いに数秒見つめ合って……スピンクスはにっこり笑うと、もう一度カルセシスのほうへ振り向いた。
「噂の方々にお目にかかれて光栄でした……。改めてありがとうございます」
「……もうよいのか?」
「はい……目的は……」
スピンクスは肩越しに、アルム達五人のほうを見る。
敵意は無い。害意は無い。
だが……そこにいて一切の気を許せないような不安に駆られる視線。
「果たせましたから……」
スピンクスはようやく視線を前に戻す。
この魔法生命は果たして何のために自分達との面会を求めたのか。
その理由がアルム達に明かされることはない。
「では、私も約束を果たすとしましょう」
アルム達の不安をよそに、スピンクスは仰々しく両手を広げた。
そこにある光も視線も全て集める神々しさがある。
顔にある白いヴェールは……まさか集めた光を束ねてカタチにしたものなのかと錯覚するかのような。
「ようこそ、分岐点に立つ者達……。全ての魔法生命における唯一の中立にして"答えを知る者"。人の敵にして人の味方。神の座にも呪いにも縛られぬこのスピンクスが知る"答え"を……迷える旅人にお教えしましょう。
私達、魔法生命の話……。この世界にいない神様の話……。そして、あなた方に迫る身近な危機のお話を……。勿論、謎掛けは無しにして。だって、勿体ないですから」
自身の伝承になぞらえて、スピンクスは語りだす。
アルム達が知る由も無い、歴史が伝えられなかった空白のお話。
そして――これから始まる神が為の神話についての話を。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ようやく色々なことを話せるところまで来ました。




