479.真逆の心境
「どしたのエルミラー?」
「いや、何か、王都に来る頻度も増えたなぁって……」
エルミラは王城を見上げて、感慨深そうに呟いた。
王家に指名されるという一部の貴族だけの体験を自分がしていることにまだ実感が湧いていないのだろうか。
アルムとルクスから命令を伝え聞いた五人はその翌日に出発し、馬車に揺られて次の朝には王都に到着した
ベラルタから王都までは通常より早いベラルタの馬車を使って一日半で着く距離。
普段、長距離を移動しているアルム達にとっては短いくらいの距離だ。
顔見知りになりかけている門番と少し話をして、王城の門を潜る。
王城に入って用件を伝えると、使用人の案内で客間のほうへと案内された。
「あ!?」
華美な装飾が見られない廊下とは違い、マナリル王室の威厳と潤沢な予算をみせつけるような煌びやかな部屋に五人は通される。
しかし、そこにはすでに先客がおり、エルミラはその先客の顔を見て少し嫌そうな顔を浮かべた。
「まぁ、皆様……お久しぶりです」
「マリツィア・リオネッタ!? なんでここにいんのよ!?」
「あー、マリツィアさんだー」
健康的な褐色の肌に桃色の髪。客間にいたのはアルム達もよく知るダブラマの魔法使いマリツィアだった。
ソファに座っていたマリツィアは立ち上がると深々とお辞儀する。
「久しぶりだな、マリツィア」
「ええ、アルム様。ダブラマに来て頂くお話、お気持ちがお変わりになったりはしていらっしゃいませんか?」
「悪いな、今の所離れる気は無いよ」
「それは残念です」
アルムは特に驚く様子もなく、マリツィアと挨拶代わりの話を少ししてソファに座る。
そんないることが自然であるかのようなアルムを見てエルミラは懐疑的な視線を送った。
「……何でアルムそんな普通なのよ」
「え? いや、マリツィアとは何度も会っているし……連絡役だからいても不思議じゃなくなってきたというか」
「ふーん? それより……何でここにいんのよ?」
「何故も何も……今回、皆様は私共の謁見の場にご一緒していただくので、私がここにいるのは当然でございましょう?」
「じゃあ情報提供者ってマリツィア殿のことですか?」
ルクスが聞くと、マリツィアはふるふると首を横に振った。
「いいえルクス様。情報提供者は私が連れて来た方のほうです」
「そういえば、私共と仰っていましたね……もう御一方は退席中でしょうか?」
ミスティは聞きながら、アルムの横に座る。
ルクスやエルミラも座り始めると、マリツィアもそこでようやくソファに座り直した。
「いいえミスティ様。別室に案内されています。素性については今はまだ開示する権利を有しておりませんので謁見の間にてお話させていただきます」
「別室……? そうでしたか、では後程改めてお聞きさせて頂きますね」
「はい」
マリツィアと自分達が同室でもう一人が別室という状況に少なからず違和感を覚えるミスティ。
特別なのか。それとも……違う意味で別室にするべきなのか。
「マリツィアさん、相変わらず綺麗だねー!」
「あらあらベネッタ様ったらお上手ですね、新しいドレスを着てきた甲斐がありました。ベネッタ様は髪を少し短くされたのですね、以前は伸ばされたようでしたが、今のも素敵ですよ」
「えへへー! そ、そうかなー?」
普通なら、休戦中とはいえ敵国の魔法使いの隣に座るのは気が引けるだろうが……ベネッタは何かを気にする様子もなくマリツィアの隣に座った。
毒気を抜かれるような無邪気な笑顔にマリツィアの表情も少し綻ぶ。
「あら……?」
アルム達が全員ソファに座り終えると、マリツィアはとある事に気付いた。
それは人間の肉体についての造詣が深く、他国への視察も任されるマリツィアの観察眼ならではだろう。
今部屋にある三つのソファにアルムとミスティ、ベネッタと自分、ルクスとエルミラという組み合わせで一緒に座っているのだが……一組、ルクスとエルミラが距離が他よりも小さかったのである。
「ったく、ベネッタったら呑気に仲良くしちゃって……」
「まぁ、ああいうのがベネッタのいいところだから」
「そりゃそうだけどさ」
「エルミラ、何か食べとくかい? お菓子が用意されてるみたいだけど」
「んーん、だいじょぶ」
互いのパーソナルスペースに入っているような近い距離だが、二人は座り直そうとすらせず普通に会話をしていた。
マリツィアはその様子を見て全てを察した。
「まぁ……まぁまぁまぁまぁ!」
「ま、マリツィア殿……?」
「な、なによ急に!?」
普段、お手本のように声量も一定なマリツィアの声色が明らかに変わったのを聞いてその場にいた全員が少し驚く。
きらきらと輝いた桃色の瞳を向けられたルクスとエルミラは特に狼狽していた。
「私の勘違いでなければもしや……お二人の関係には何らかの変化があったとお見受け致します! おめでとうございます!」
「な、何のおめでとうよ! まだよまだ!」
「まだということはやはり進展がございましたのですね……! なんて素敵な! ええ! ええ! とてもお似合いかと!」
「ありがとうございますマリツィア殿」
エルミラとルクスを見つめるマリツィアの瞳は何か裏のあるものではない。
きらきらと輝くその瞳にはただ二人の関係性が深まったことに対する本気の祝福があった。
「……」
「どうした? ミスティ?」
「あ、いえ……なんでもありません」
エルミラ達のやり取りを見て、アルムのほうをちらっと見るミスティ。
ミスティは何でもないと言いつつも……一緒に座っているアルムと自分との間にある隙間を見て、その表情に影を落とした。
「何て素敵な……! はっ――!」
マリツィアは感情を押さえるように顔の前で手を合わせ、ルクスとエルミラを見つめていたかと思うと……何かに気付いたように青褪める。
「不覚です……! わ、私としたことが謁見に際しての準備を終えるだけで数少ない知人に対するお祝いのお品一つ用意していないなんて……祖国ダブラマを代表する者としてなんとあるまじき失態……!」
「いや、だからまだ何もないんだってば……」
「では正式に結ばれるようであれば是非ご連絡くださいませ、リオネッタ家当主として正式にお祝いのお品を贈らせてください。到着日は式の後がよろしいでしょうから、式の日程がお決まり次第、終わった後に到着するよう手配させて頂きます」
「気が早すぎる話今からしてんじゃないわよ! 何で私達より先を見据えてんの!?」
「丁寧なようで暴走気味だね……」
自分の失態――実際は失態でも何でもないのだが――をよほど気にしているのか、いつになるか、そもそもするかどうかもわからない予定を立てながら話すマリツィアに呆れるルクスとエルミラ。
まだ互いの関係もあやふやなままな二人からしても気が早すぎる話なのだが……マリツィアはすでに自分の手帳を取り出して予定を書いているようだった。
「というか……そん時になったら直接渡せばいいじゃないのよ」
「はい?」
「だから、くりゃいいじゃない。その……あんたの言う式とやらがもしあったらね。まだそんな話には全然なってないからいつになるかもほんとにあるかもわからないけどさ」
エルミラは恥ずかしそうに顔を赤らめながらマリツィアのようにもしもの話をする。
気が早いと言ったものの、満更でもないという本音が見え隠れしており、そんなエルミラを見てルクスだけでなくミスティとベネッタからも温かい視線が送られた。アルムはお菓子を食べていた。
「私が……祝いの席に……?」
一方、マリツィアは矢を射られたかのように止まっている。
エルミラが言うような状況を想像もしていなかったのか、口の端から思考の声が零れ落ちる。
「な、なに? 嫌なわけ?」
「い、いえ……そういう、わけでは……」
今までのマリツィアからは考えらないくらい歯切れが悪かった。
まるで熱に浮かされてぼーっとしているように、マリツィアは心なしか呆けている。
「まぁまぁ、二人とも……どちらにせよまだ先すぎる話だ。まずは卒業しないといけないし、魔法生命の問題もある。こういう楽しい話はまたその時にとっておこうよ」
「そ、それもそうね……マリツィアに釣られて変な話しちゃったわ……」
「でも満更でも無いでしょー?」
「まぁ、そりゃあ……ってうっさいベネッタ!」
「きゃー!」
客間とはいえ、王城に来ているというのに緊張感はどこかへ消えていた。
まるで学院にいる時のように、からかったベネッタがエルミラに怒られている様子が繰り広げられる。
(私が……招待される……?)
そんないつもの空気の中、呆けるマリツィアと。
(変わって……いないのですね……)
アルムと自分の間にある距離を見て落ち込むミスティの姿。
二人はどちらとも無言のままだったが、その心境は真逆なものだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
暑い日が続くようですが、皆さん体調にはお気を付け下さい。




