478.束の間
「帰ってきて早々悪いんだけど、王都に行って貰えるかい?」
挨拶をして早々、ベラルタ魔法学院の学院長オウグス・ラヴァーギュはアルムとルクスに用件だけを伝えた。
目の下に隈があるかどうかはメイクでわからないが、帰郷期間前に見かけた時より明らかにやつれている。
悲しい事に帰郷期間は生徒にとっては休暇でも、先生にとっては休暇ではなかったようである。
相変わらず部屋の豪華さには似合わない素朴な机の上には何らかの資料と思わしき紙の束と本が積まれている。
「本当に急ですね……何かあったんですか?」
「私も詳しい事は知らないんだよねぇ。突然カルセシスから連絡が来たかと思ったらそれだけで通信を切られたんだ……全く、私をただの伝言役にするとはどれだけ偉くなったつもりなんだか」
「まぁ、国王様なので……」
疲労のせいか元からか、国王の愚痴を躊躇なく言ってのけるオウグス。
聞かれれば不敬罪になりそうなものだがオウスグは特に気にしていないようだった。
「ちっ……全く……自分のとこの魔法使いが動かせないからって……私を頼るなんて……」
舌打ちをするところを見ると、よほど疲れているようである。
いつものようなおどけた様子は無く、本気で不満が溜まっているようだった。
アルムとルクスは顔を見合わせて、早めに退散しようと目で会話する。
「そういえば……ヴァン先生に手伝ってもらうわけにはいかないんですか?」
帰ってきてからというものの、教師であるヴァンの姿を見かけないことを思い出す。
ヴァンはベラルタ魔法学院の中でも特に名高い魔法使い。普段なら一年中、学院の至る所で生徒にアドバイスを授けている姿を見かけるのだが……最近は全く見かけない。
そのせいか一年生が困っているといったような話も聞いていた。他の教師もいるにはいるが、やはりヴァンに教わりたいという生徒もちらほらいるのである。
「あー、ヴァンは今ちょっと口が裂けても言えないところにいるからねぇ……あ、これ内緒にしといてくれるかい?」
「内緒にしてほしいなら何故そんな絶妙に気になる言い方をするんですか……」
「んふふふ! こうしたほうが自分を律しやすくなるだろう?」
確かに、と不覚にもアルムは納得してしまう。
だが単純に、この二人は隠し事はばらさないタイプだと踏んでのことだろう。
「それで、王都にはいつ?」
「明日行きたまえ、馬車はもう手配してある」
ルクスの問いに、オウグスは当然のように答えた。
思ったよりも早い予定にルクスは虚を突かれ、言葉が一瞬出なくなる。
「それは……急ですね?」
「だろう? 愚痴くらい零したくなるさ……急にアルム、ミスティ、ルクス、エルミラ、ベネッタの五人を王都に出向させよってきてねぇ……」
「俺達ということは魔法生命関係でしょうか……?」
「だろうね。けど、表向きは情報提供者が提示した条件が君達との面会だからという理由だったよ。当然、情報提供者の情報はくれなかった」
情報提供者と言われて、アルムは思わず眉を顰める。
「まぁ、とにかく……明日出発してくれたまえ。いくら王都とはいえ、その情報提供者には油断はしないでくれたまえよ。マナリルは魔法生命に関しては他国に比べてあまりに情報不足だ。どんな情報にも飛びつかざるを得ないカルセシスや宮廷魔法使い達の現状もわからなくはない。だが、私達にとって有力であろうとそうでなかろうと……その情報提供者の提示した条件はあまりにも不審すぎるからねぇ。情報の代わりにしては簡単すぎる」
最後に二人に忠告して、オウグスは丸眼鏡をかけて書類に目を通し始めた。
話はすんだということだろう。一刻も目を通しておかねばならない資料なのか、オウグスの表情はさっきよりも険しくなった。
アルムとルクスは失礼します、とだけ言って学院長室を後にした。
「情報提供者……シラツユ殿のような魔法生命の宿主かな?」
「可能性はあるな。他の国でも魔法生命と戦っていたらしいし……」
「あ、南部でエルミラが捕まえたトヨヒメって人かな? だとしたら僕と面会する理由はあると思うけど……」
「いや、だったらルクスだけにするはずだ。南部で一回会ってる俺や因縁の無いミスティやベネッタにまで面会を求める理由が無いと思う」
「そうか、それもそうだね」
食堂へと向かいながら、二人は情報提供者についてを考える。
しかし、アルム達は魔法生命の事件にこそ大きく関わっているが、基本的には対応してきただけに過ぎない。
どれだけ考えても心当たりは少なく、想像の域を出ないだろう。
「もしくは宿主じゃなくて魔法生命かもしれないな」
「魔法生命が? けど……わざわざ王都に来て何もせず情報提供するってことはあるのかな……」
「今までも味方になってくれる魔法生命はいたからな……魔法生命は基本的に個々の願いや信念を優先するからそもそも仲間同士だとは思ってない。なら、人間側に味方するそういう魔法生命がまだいてもおかしくないだろ?」
「シラツユ殿の白龍やアルムの師匠みたいにか……ああいう人間の味方をしてくれる魔法生命ばかりだったら歓迎なんだけどね……」
「そうだな、そうだったら……一緒に生きられたかもしれないのに」
「アルム……?」
寂しげな声に気付いてルクスが見ると、アルムはどこか遠い目をしていた。
しまった、とルクスは自分の言を後悔する。
もしかすれば亡くなった師匠の事を思い出させて悲しい気持ちにさせてしまったのかと。
「すまん、ちょっとスノラで妙な夢を見させられたせいか思い出してしまった」
「夢?」
「ああ、ルクスやみんなが俺を蔑んで邪魔者扱いする夢」
「なんだいそれは? 有り得ないじゃないか、夢だって丸わかりだ」
「ああ、そうだな」
そう、夢だというのはすぐにわかる。
けれど、それでも、ほんの一瞬だけ揺らぎそうになった。
その揺らぎを止めてくれたのはやはり本物の皆との記憶と……自分が手にかけた敵達や師匠の記憶の断片。
どちらの記憶も自分にとっては大切なのだと改めて知った。
そのどちらもが、自分という世界を創り上げる思い出なのだと。
「なんにせよ、あいつらの事なら俺達は知らなきゃいけないんだ。今回の王都行きも進展があると期待して行こう」
「確かに。正体不明の情報提供者にただ怯えるよりも、そういうポジティブな考え方をしたほうがいいのかもしれないね」
話を終えて、丁度二人は食堂につく。
食堂の扉を開けて先に行っているはずのミスティ達の席はどこかと探すと……探すまでもなく、すぐに見つかった。
「え? あんた帰郷期間中もあのセーバってやつと文通してたの!? あんた、デザートのことしか頭にないみたいな感じだった癖に……!」
「い、いや、そういうのじゃなくてー……だ、だってお返事遅れたら悪いしー……」
「もしや、ベネッタも満更ではないのでは……? エルミラにも内緒だったのでしょう?」
「そ、そんなんじゃないってー! それにセーバさんエルミラの事だって聞いてくるよ!? 元気ですかー、とか……帰郷期間はどうされるんですかーとか!」
「馬鹿ね、そんなの話の突っかかりにしてるだけに決まってるじゃないの。共通の知人の話で会話を盛り上げて……。ん……? なんかダシにされてると考えたら腹立ってきたわね……」
雑談に興じる生徒達が大勢いる食堂で、一際盛り上がっているテーブルが一つ。
どうやら今はベネッタを追及するターンらしく、ミスティとエルミラがこれでもかと言い寄っている。
「何か三人とも楽しそうだな……ルクス、俺達も――」
「暫く待ったほうがいいアルム」
「……? 何でだ?」
その一角に向かおうとするアルムをルクスは片手で制止する。
二人にはミスティ達との会話は他の生徒達の話に遮られているのもあって正確には聞き取れないのだが、ルクスは三人の普段とは違うテンションを見て瞬時に判断した。
「女性だけで盛り上がっている時に男が何の考えも無しに入ると痛い目を見る。それが恋バナだったらさらにひどい目に合うぞと……かつて母上に教わったことがある。僕を信じてくれアルム。僕の直感が正しければ今ここで僕達が行くのは野暮……ここは待つのが正解のはずだ」
「こいばな……?」
アルムには何のことはわからなかったが……至極真剣な様子のルクスを見て大人しくミスティ達の盛り上がりが収まるまで、食堂の入り口辺りで待つのだった。




