477.戻ってきたベラルタ
「み、ミスティ元気出してー」
「そ、そうよ……ほら、これから仲を深めるイベントなんて色々あるわけだし!」
「そう……でしょうか……」
二年目ともなればすでに馴染み深いと言ってもいいベラルタ魔法学院の食堂の隅っこの席で……ミスティ・トランス・カエシウスはうなだれていた。
同席している友人のエルミラとベネッタがこれでもかとミスティを慰めている。
スノラで起きた異常事態は負傷者こそ大したこと無い数が、祭りの会場であり、スノラの景観や流通を支える巨大な川に異変があったことで三日目は中止となった。
当然ミスティが楽しみにしていた戴冠祭の名物である"氷解祈願"も行われる事は無く、アルムの滞在日数である七日間は終了した。
ミスティからすれば不完全燃焼もいいところ。その後、気を落としつつも残った帰郷期間で全ての用件をしっかりと終わらせ……アルムが帰ってから一週間後れでミスティもベラルタ魔法学院に帰ってきた。
「もうダメです……ダメダメなんです……。せっかくアルムと過ごせる七日間だったというのにカンパトーレの魔法使いは襲撃しにきますし……お祭りは中止になりますし……お祭りで遊べた短い時間ですら何か行動を起こせたわけでもないですし……もう呪われているとしか思えません……」
「うう……ミスティが今までに無いネガティブだー……ど、どうしよー?」
「この子こんな感じになるのね……」
ミスティのため息は今日何回目かもわからない。
慰めているエルミラとベネッタもミスティから発せられるどんよりとした空気に戸惑っている。
普段、凛として輝いているミスティの姿はここには無い。
「怪我とかは無かったの?」
「はい……。使用人が一人重傷でしたが……安静にしていれば大丈夫だろうと……。アルムも協力して解決してくれたようです……私はなにもしていませんでした……」
「その川は?」
「原因がわからないので……お父様が調査中です……。アルムが買ってくれた飴も結局使うことなくでした……」
真面目なミスティのこと……事務的なことを話させれば戻ってくるかと思えば、逆効果だったようでミスティの声はどんどんと小さくなっていく。
「森にひっそりと生えるキノコになりたいです……」
なりたいようである。
「ミスティが壊れちゃったー……」
「だいぶ重傷ね……」
ミスティの落ち込みようにエルミラとベネッタもかけられる言葉が無い。
今ここにアルムがいないのがさらに拍車をかけている。
一旦、ミスティの状態を時間に任せてエルミラは話を切り替えた。とりあえずきのこへの転生願望はノータッチである。
「それにしてもスノラでそんなことがあったとはね……知らなかったわ」
「薄々思ってたけど、ボク達ってトラブルと縁があるもんね」
「私達っていうか、ベラルタの生徒だからってのもあるでしょ。トラブルに巻き込まれにいくのが魔法使いみたいなとこあるし」
「あー、それも……そっかー……」
「ん?」
話しているとエルミラはベネッタが自分をじっと見ていたことに気付く。
「な、なによ?」
「ていうかー……エルミラ可愛くなったー?」
首を傾げながらエルミラを凝視するベネッタ。
エルミラは凝視しながら徐々に近づいてくるベネッタの頬を両手でもぎ取った。
「どういう意味よそれ……!」
「ひあいひあい! ほっへ! ほっへがほれひゃう!!」
「普段から私は可愛いでしょ? ん?」
「ほうあけど! ほうへふ! ああいいえふ!!」
そこで、ベネッタの頬からエルミラは手を離した。
ベネッタは抓られた頬を大事そうにさする。
「うう……とれるかと思ったー……」
「とれたほうが面白かったかもね。馬鹿なこと言ってるからそうなるのよ」
「だって本当にそう思ってさー……何かあったー?」
ベネッタが聞くと、エルミラは目を少し泳がせる。
目の前にある紅茶を一口飲んで、ほっと一息いれると……何を思い出したのか頬を少し赤らめて、
「…………別に何もないけど」
ばればれの嘘をついた。
そのエルミラの様子にベネッタは勿論、うなだれていたミスティも目を光らせる。
「うそだー! うそついてる顔だー!」
「エルミラ! 何があったんですか!? 帰郷期間に何かあったんですか!?」
「うわ! 何ミスティまで復活してんのよ!? ないない! なにもないから!」
「うそだね! アルムくんみたいに顔に出てたもん!」
「ほんとになにもねえわよ! ただあいつん家いって挨拶してデートしただけ!」
エルミラは本当の事を言っているようで、詰め寄っていたベネッタとミスティも落ち着く。
安堵したのも束の間、ベネッタはにやにやとエルミラの顔を覗き込んだ。
「ふーん……デートかー、そっかー?」
「な、なによ……?」
「べっつにー……よかったねーと思ってさー」
「どうやらそのほっぺいらないみたいね」
「はいやめます。ほっぺ大事」
「よろしい」
頬をもう一度抓られる前にベネッタは自然と上がりそうになる口角を下げて抑える。
友人の恋路というのはかくも面白く、上手くいってほしいと願ってやまないものなのである。
だからこそ、予定が上手くいかなかったミスティを不憫にも思っていた。
「楽しかったようで何よりですわ」
「まぁね……がっかりしてるミスティには悪いけど、楽しかったというか色々知れてよかったわ」
「悪いなんて思う必要ありませんわ、エルミラが帰郷期間を有意義に過ごせたことも自分の事のように嬉しく思います」
「ありがと……でも、自分のもやもやを優先しなさいよね」
そう言って、エルミラはミスティの頭を優しく撫でる。
ミスティは帰郷期間のことを思い出して再びその表情に影を落としながらも、こうして撫でられたことは嬉しく思いながら頷いた。
「ベネッタはどうだったの?」
エルミラが聞くと、ベネッタは噛みしめるように目をつむる。
そして帰郷期間の思い出をじっくりと脳内で駆け巡らせた。
「サンベリーナさんのオススメ……ぜんっぶ美味しかったー……」
「幸せそうで何よりね……」
「うふふ、ベネッタらしいですね」
一方、アルムとルクスはというと。
「それは災難だったね……"氷解祈願"も中止なんて……」
「知ってるのか?」
「スノラは貴族の避暑地にもよく選ばれる観光地だからね、貴族の間じゃ知らない人のほうが少ないよ。あれのために行く貴族だっているくらいさ」
「そうだったのか……中止になったのは残念だな……ミスティも楽しみにしてたし……」
「ミスティ殿は去年多忙でお祭りに参加することもできていなかっただろうからね、残念がるのもわかる」
「ルクスはどうだった? エルミラと一緒だったんだろ?」
「楽しかったよ、アムピト……ああ、僕の故郷の町なんだけど、おすすめの場所を一緒に回ったり、僕の家で過ごしたり、後は母の墓参りもできたりして充実してた」
「そうか……ルクスのとこもいつかゆっくり行ってみたいな」
「ああ、いつでも来てくれ。アルムなら大歓迎だよ」
学院長室に向かいながら、騒がしめな女子陣とは打って変わって……平和に帰郷期間中のことを報告し合っていたのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
学生の方の夏休みもそろそろ終わりではないでしょうか。こちらでは一足先に終わったようです。




