帰郷期間 -エルミラ・ロードピス-
「…………」
「…………」
…………気まずい。
手持無沙汰な私は出されたコーヒーのカップに手を伸ばす。
もう何回この手を使っただろう。喉が渇いているわけじゃない。
ただただ、この状況が気まずいのだ。
(早く帰ってきてルクス~~!!)
ここはルクスが生まれ育ったオルリック邸の客間。
そして私の目の前にはルクスではなく、顔立ちの似た初老の男性が座っている。
そう、今この客間には私とルクスの父親クオルカ・オルリックの二人きりなのであった。
「…………」
「…………」
何で無言なの……! そして何でずっと見てるの……!
私何か失礼なことした!?
いやいやいや、ミスティに教わった基本的な礼節はばっちりなはず。
背筋もちゃんと伸ばしているし、服は普段着ているものじゃなくてマナリルならどこにでも通用するベラルタ魔法学院の制服だ。
髪だってばっちりふわふわにしてるはず。……る、ルクスにも褒められたし……問題ないはず!
もしかしてコーヒーの飲み方!? 何か違う!?
いやいやいやいや焦るなエルミラ・ロードピス。
緊張で冷や汗が止まらないだろうけど頑張れ! 今だけは頑張れ!
それにクオルカ様とは去年のカエシウス家の当主継承式の時にも一回会ってるんだからこんなに緊張することないじゃない。
それに何か気まずいけど、ルクスだってすぐに帰ってくるでしょ、うん。
リラックスしようリラックス。
「…………コーヒーは好きかね?」
「へ!? あ、ど、どどどうひてです!?」
何でそんなとこ噛むのよ! 私普段こんなんじゃないでしょ!!
緊張し過ぎよこの馬鹿! 私の馬鹿!
「先程から何度も口に運んでいるようだ。口に合うかね?」
「は、はい勿論!」
ごめんなさい嘘です。苦いの苦手だもん……。
「この領でとれた豆を使っている。ダンロード領のものに比べると安価だが……気に入って貰えたようでなによりだ」
そういえばダンロード領はいっぱい豆を売ってる店があったなと思い出す。
正確には、思い出して何とか落ち着こうとしてる。
お願いだからちゃんと回って私の口。いつもみたいにてきとうに喋れるくらいの流暢さを見せなさいよ。
「ありがとう」
突然、クオルカ様は私に向かって深々と頭を下げてきた。
何で!?
「え!? ちょ、ちょっと待ってくださ……!」
「妻の過去と対峙し、息子を救ってくれたという話は聞いている」
クオルカ様が言っているのはトヨヒメの事だろう。
オルリック家……正確にはアオイというルクスのお母さんへの復讐のためにマナリルに来て、私と戦った敵だった。
「本来ならば、アオイの夫である私が背負うべきものだった。それを代わりに君に背負わせてしまった。そして息子を救ってくれた。ルクスがもし死んでいたら……私は妻に顔向けできないところだっただろう」
クオルカ様の声は声色こそ変わっていなかったが、少し体が震えていた。
本気の謝罪かどうかなんてことは聞くまでもない。
けど……ちょっと訂正したい部分はあった。
「代わりに背負ったわけじゃないです」
「む?」
「私が私の意志で背負おうとしたんです。ルクスの命や南部の人達、そして自分自身を全部……だから、代わりに背負った気なんてありません」
顔を上げたクオルカ様は私を見て驚いていたようだった。
しまった、調子に乗ったかも。こんな没落貴族に言い返されるなんて思って無かっただろうし……。
――でもこれだけは譲れないというか。
あの時の自分の気持ちに嘘はつきたくない。
……アルムの馬鹿正直なとこがうつったかなぁ……正直、貴族にとってデメリットだよねこれ……。
「そうか……であれば、今の言葉は君に失礼だったな」
「こ、こちらこそ……」
よかった……怒ってないみたい。せっかくルクスと一緒に帰郷期間を楽しもうっていうのに来て早々、父親を怒らせたなんて私というかルクスが一番困るだろうし。
「私は、妻を愛していた」
安堵していると、クオルカ様はそう切り出す。
ルクスと同じ金色の瞳はどこか遠いところを見ていた。
どれだけ手を伸ばしても届かない果てを。
「私にルクスしか子供がいないのも妻を愛しているからだ。家のためならば血を絶やさぬためにも後妻を迎えるなり妾を作るなりするべきだったのだろうが……どうしても出来なかった。それほどに私にとって大切な女性だった。当時は出自もわからない女を迎えるなど言語道断だと補佐貴族や知人に反対され続けたがね」
「……」
他人事じゃない。
私も似たようなものだ。
正直、没落貴族という理由だけで今から出てけと言われても仕方ないくらいには世界が違う。
「だが、そんな声などどうでもよかった。出自がどうであろうと、病に侵されていようと、長くは生きられないと言われようとも……私は私の意志に従って彼女を妻に迎えた。結果は、最高の毎日だった。ルクスを見ればわかるだろう?」
「はい、もちろん」
私が頷くと、クオルカ様は嬉しそうに口元で微笑んだ。
「何が言いたいかというとだな……私はルクスが選んだ女性ならばどんな身分でも認めるつもりだ。ルクスは妻に似て聡明な子だ。ルクスが選んだというのなら何の心配もしていない。君がルクスの恋人というのなら大賛成だ。ようこそオルリック家へ。オルリック家当主クオルカ・オルリックはエルミラ・ロードピスを心より歓迎する」
「はい、ありがとうござ……ってうええ!?」
「ん? ど、どうかしたのかね? 顔を赤くして……?」
「こ、ここ、こいび……いや、そ、そそ……その! ま、まだ違うというか、これからというか! ゆっくりというかもう少し時間がというか!」
「なんと……いや、すまない。急かしてしまったかな?」
「め、めめ、めっそうもごじゃいません!」
何て不意打ちを喰らってしまったのだろう。
顔が熱い。上手く呂律も回らない。鏡を見なくてもわかる。私今耳まで真っ赤だ。
いざそう見られてると思うとこんなに恥ずかしいなんて……!
火照った顔は何だか自分じゃないみたいで……私今どんな顔して喋ってるのかもわからない!
「お待たせしました父上、エルミラ」
そんな私の顔が火照って暴走しているタイミングでルクスが戻ってくる。
私はつい顔を逸らした。こんな顔見せるのは恥ずかしい。
くっそう……ずるい。一人だけ平気な顔してるんじゃないわよ……!
「お、おお、遅かったわね……!」
「え? ああ、ごめん……ちょっとね。あれ? エルミラ、コーヒー苦手なのに飲んだんだね?」
「ちょ……!」
「なに!? そ、そうなのかね!? 言ってくれれば紅茶にしたものを!」
帰ってきて早々余計な一言を言い放つルクス。
ルクスが戻ってきて嬉しいやら、恋人と言われて恥ずかしいやら、無理して飲んでいたのがばれたやらで私の頭の中はぐちゃぐちゃになって。
「もう! ルクスの馬鹿ぁ!」
「ええ!?」
私は顏の熱が引かぬまま、つい思ってもいない悪態をつくのであった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一区切り恒例の閑話になってます。




