473.戴冠祭 -ラフマトレーネ-
スノラで戴冠祭は昼頃から始まる。
アルムとミスティがトランス城から町に下りてきた来た時にはすでに多くの人々で溢れていた。
スノラの町を横断する巨大な川に沿って作られたメインストリートに出たアルムとミスティは一日目に行けなかった分を楽しむべく、賑わう人々の輪に嬉々として入っていった。
「うおお……すごい……」
「今回も盛況のようですわね」
メインストリートだけでなく、巨大な川の上に舟を使って並ぶ露店の数々にアルムは目をぱちくりとさせる。
王都以上では無いかと思う人々の賑わい、立ち込める美味しそうな匂い、どこを見ても楽し気で、普段のスノラの落ち着いた空気とは全く違う祭りの雰囲気にアルムは圧倒されていた。
スノラの芸術的な風景よりも祭りに浸り人々の喧騒が優先される三日間。
それがアルムの知らないお祭りというものなのである。
「丁度、合奏団の方の演奏も始まりますわね」
巨大な川が横断するスノラの町を繋げる巨大な橋の上で十数名で構成されている合奏団の演奏が始まる。
技量はともかくとして、今日の祭りの空気には合わない普段のスノラの空気に合った涼し気で繊細な音楽が奏でられたかと思うと……指揮者が突如タキシードを脱ぎ捨て、シャツの腕部分を捲ると激しく指揮棒を振り回し始めた。
それに合わせて楽器を演奏している奏者たちも立ち上がり、優雅さと繊細さをかなぐり捨てた演奏へと変わっていき、スノラの町に響き渡る。
橋に集まった見物人はそれに合わせて手拍子をしたり踊ったりと、橋の上にいる全員を巻き込んだ大騒ぎへと発展していった。
「あれが恒例なんですの。一時間も演奏すれば限界が来てしまうので、あれ見たさに祭りの最初だけ見に来る人もいるくらいなんですよ」
「都会ってこわいな……」
「うふふ、恐くなんかありませんわ」
余りに勢いに圧倒されているのかアルムは少し尻込みしているが、ミスティは祭りの光景を見て顔を輝かせている。貴族としての表情はどこにも無く、喜びで緩んだ頬には少女らしい感情が表れている。
しきりにちらっと横目に見ているアルムの存在も、少なからず影響を与えていることだろう。出発前にあった不安もこの雰囲気を前に鳴りを潜めているようだ。
「アルムはこういうお祭りは初めてですか?」
「ああ、今お祭りの価値観が書き換えられてる……カレッラでのお祭りといえば、野菜や狩猟した魔獣の命に感謝するお祭りだったから」
「そんなお祭りも素敵だと思います」
「これがあれだ……えー……カルチャーショック?」
「うふふ、同じマナリル出身なのに不思議ですね」
アルムが視界一杯に広がる祭りの光景に呆けている間、ちらちらとミスティはアルムの手のほうを見ていた。
そして意を決したように小さく深呼吸をして、雑談の勢いのまま手をとろうとするが……伸ばした手はどうしてもアルムの手には触れられない。
「そういえば……」
「ぴ――!」
アルムがミスティのほうを向くと、ミスティは伸ばした手を急いで後ろに回した。
言葉になっていない悲鳴と手を握ろうとしたのがばれたかもと考えて、ミスティの頬を見る見るうちに紅潮していく。
「ぴ……?」
「え、えっと……ほ、ほらあそこですわ! ぴ、ピザを売ってるお店があるなと思いまして!」
「ピザってなんだ?」
「あ、後で食べましょう? それより何か聞きたいことがあったようですが?」
「ああ、このお祭りはラフマーヌって国だった時の話が由来って言ってたよな。ってことは千年も前から続いてるのか?」
アルムは祭りを楽しむ事も祭りそのものにもどちらにも興味があるようだった。
好奇心を隠さずに何でも聞こうとするのは子供のようだが、それがアルムの美点でもある。
「残念ながら……このお祭りは百年くらい前にいらっしゃった考古学者のカエシウス家当主がラフマーヌのお話を調査した結果生まれたらしいですわ」
「考古学者?」
「カエシウス家は魔法使いに限らず色々な方を輩出する家系ですから……グレイシャお姉様も芸術家でしたから」
「じゃあ童話も百年前から?」
「いえ、童話はもっと昔からあったらしく……スノラの童話からラフマーヌだった時の歴史に興味を持ち、元のお話が記されていた記録を見つけたようです。トランス城に隠し通路があることはご存知だと思いますが……隠し部屋などもあって色々と隠されていたと」
「へぇ……何か、いいな。家で宝探しをするみたいで当時の当主は楽しかっただろうな……」
綻んだ表情から純粋に羨んでいることが伝わって、ミスティはつい嬉しくなる。
同時に、そういう視点もあるのかと感心した。
トランス城はその歴史や見た目の美麗さで褒められることこそあるものの、そんな視点で褒められるのは初めてだった。
「そのお話っていうのは?」
「詳しくはわかりませんが……ラフマーヌを治めていたカエシウス家の戴冠の儀式があったのではと言われていますね。童謡にも姫様に冠をという歌詞がありますから。それに、あれを見てくださいませ」
ミスティが一つの露店に視線を送ると、冠の形をした飴細工を売っている店があった。
よくよく他を見てみれば、冠をモチーフにした食べ物や小物を売っている露店をちらほらと見かける。
「このように、冠はこのお祭りの象徴のようなものですの。男女問わず人気なんですよ」
「へぇ……」
歩いていると、冠のおもちゃを載せた子供達とすれ違ったりもする。
戴冠祭という名に相応しく、このお祭りで冠というのは特別な意味を持つようである。
「戴冠の儀式……歌詞を聞いた時も気になっていたんだが、冠は王様じゃなくて姫様に載せるのか? カエシウス家はラフマーヌの王族だったんだろう? 魔法使いが載せたって歌詞もあったし、王様が出てこないのが不思議だなと思って」
「どうでしょうか……当時の王の呼称が姫だったという可能性もありますし、文献が限られているので詳しいことは何とも……」
「そうか、こういうのは色々考える余地もあって楽しいな」
「……それか」
ミスティはぽつりと、祭りの光景を眺めながら呟いた。
「……お姫様は待っていたのかもしれません」
「待ってた?」
「はい……魔法使いと一緒にこの地を守る本当の王様が現れるのを。その日が来るまで冠を預かっていたとしたら……何だか素敵ではありませんか?」
ミスティがはにかみながらそう言うと、アルムは子供のように目を輝かせる。
幼い頃から魔法と物語にどっぷり浸かり、本の虫だったアルムにとっては何とも心揺れ動く解釈だった。
「おお……何だかそれはロマンだな。歴史はロマン」
「うふふ、喜んで頂けたようで何よりです」
「じゃあ歴史も少し教えてもらったところで……どこから行こうか? ミスティのオススメとかはあるか?」
「全部回りたいというのが本音ではありますが、まずは食事にいたしましょう。お昼時でお腹も空いた頃でしょうから」
「確かにそうだな」
言われて、アルムの視線が露店へと向く。
空腹にそそる美味しそうな匂いは食べ物を扱っているどこの露店からも漂ってきており、空腹を満たしたいと言うのに目移りする。
真剣な視線で近くにある露店を見渡したかと思うと、アルムは生唾を飲み込んだ。
「決められない……! こうなったら全部行くしかないか……!」
「うふふ、アルムったらそれは無茶ですわ」
いつも読んでくださってありがとうございます。
お祭りの空気って特殊ですよね。




