471.大人から送る言葉
トランス城を襲ったカンパトーレの襲撃が解決した後……すぐさまノルドから衛兵達に警戒を強めるようにと指示が下った。
カンパトーレの魔法使い達を制圧したからといって今回の襲撃には不可解な点が多すぎる。領主としては解決してよかった、で済ませられるわけではない。
城から町を見下ろせば、スノラの町は襲撃など無かったかのように戴冠祭の準備が整っており……そして警戒している内に祭りの一日目は終わってしまった。
本来なら襲撃があった夜の翌日に祭りに行くはずだったアルムとミスティは念のためにと待機。
だが、その不安とは裏腹に祭りの最中に何も起こらなかった。
結局……あの襲撃は一体何が目的だったのか?
スノラの破壊工作のためでもなく、住民を攻撃する訳でもなく、トランス城を攻め落とせる人数でもない襲撃……カエシウスの戦力を知っていれば無駄死にしに来たと言っていいだろう。
捕まえたジグジーからは話を聞き出せない。ジグジーは影に世界を作り、そこに潜む世界改変魔法の使い手。口枷を外した瞬間に魔法を唱えられでもしたら逃げられる可能性も無くはない。
もう一人のリィツィーレという女の魔法使いは見回りした衛兵が山の向こうで見つけたが、何故か死体で発見された。
氷漬けにされていたジグジーの部下達は「ただ命令されただけで目的は知らない」と口を揃えて語るばかり。氷漬けにされたのがよほど堪えたのか、半泣きになりながら白状した者もいるので嘘ではないだろう。
ドローレスは内通者ではあったが……内通者に必要以上の情報が持たされているはずもない。
これら全員が王都に送られれば、宮廷魔法使いによる尋問(という名の拷問)が全員に待っているだろうが……恐らくジグジー以外は本当に情報を持っていないのだろう。
カンパトーレの襲撃は被害だけ見れば大したことはなく、呆気なく迎撃できたと言っていい結果だが……襲撃の意図だけは不気味なほどに掴めなかった。
「アルムくん……朝から君を呼びだしたのは他でもない」
「はい……」
そんな掴めぬ状況の中、アルムは朝から呼び出される。今日は祭りの二日目にあたる日だ。
重い空気がノルドの私室兼執務室に立ち込めており、アルムもつい背筋を伸ばす。ノルドの傍らにはラナもおり険しい表情でアルムをじっと見つめていた。
この緊張はカンパトーレに襲撃された夜から続くものか。窓から見えるスノラの町の楽し気な光景とはかけ離れた雰囲気だ。
呼び出されたアルムは襲撃のことか、と呼び出された理由に当たりをつける。
襲撃から一日以上経った朝……わざわざ呼び出された用件はそれしかないだろう。
なにせ主犯格と戦ったのはアルムとクエンティだけであり、クエンティはすでに姿を変えてトランス城からいなくなっているのだ。ある意味、この襲撃について一番知っているのはアルムと言っていい。
「君に聞きたいことがあるからだ。どうか、正直に答えてほしい」
「何を……喜んで協力させてもらいます」
ノルドは前置きを終えて、机の上で手を組む。
昨日はトランス城で待機と言われて大人しくしていたが、ノルドに改めて言われずとも、元々自分の情報は全て出すつもりだった。
言えないのは悪夢の内容くらいなもの。敵がしていた会話や能力、魔法の詳細などの情報ならば差し出す用意もある。
「では……ミスティのことを、どう思っているのかね?」
「実は会話からは何も…………え?」
用意していた答えとノルドの質問の内容が合わず、アルムは思わず間の抜けた顔になる。
「どう思っているんだね?」
「ええと……」
「どう思っているんだね!?」
徐々に強くなっていく語気に、カンパトーレの襲撃のことでは? と聞き返すことすらも憚れる。
アルムは内心で困惑しながらも大人しく質問に答えることにした。なにせ……ノルドの目はこれ以上無いほどにギラついている。
「どう思うも何も……大切な友人だと思っています」
アルムが答えると、ノルドは素早くラナのほうに視線を向けた。
「……どうだ?」
「はい、嘘をついておりません。彼が嘘をついたり誤魔化す時はもっとわかりやすくなります」
こことは違う異界に存在する嘘発見器なる機械の役割を果たすラナ。
ミスティ付きのメイドであるラナが朝からノルドに付いているのはこの為だった。
ラナもまたアルムとの付き合いがそれなりにある仲。アルムが何かを誤魔化すのが下手なのは当然知っていた。
「友人……友人か……。ミスティとあれだけ一緒で友人ですむのか……」
「有り得ないですよね」
「うむ、私もそう思う」
主従の関係でありながら、やけにフランクに通じ合うノルドとラナ。
当のアルムは、
(カエシウス家の人は使用人の人達とも仲がいいな……)
などと、二人にとってはどうでもいい事を考えていた。
「なるほど、では友人以上の関係を望んだりはしていないのかね?」
「友人以上とは……?」
「カエシウス家はマナリル一の貴族……そして次期当主であるミスティはまだ婚約者もいない。カエシウス家と繋がる為にミスティにアプローチをかける者が稀にいるのだ。そう、稀にな」
「ええ、稀にいらっしゃいますね。稀に」
稀に、と強調するノルドとラナだが……実際は手紙だけでも百人以上は存在する。
直接のアプローチと言える段階まで辿り着けるのは数名か。そこまで辿り着いたところでミスティの心を動かす者はついぞ現れなかったが。
「婚姻や恋人ということでしょうか……その二つが友人より関係性が上かどうかはともかく、それは有り得ません」
「…………どうだラナ? これは流石に嘘ではないか?」
「いえ……驚くべき事に嘘は言っていませんね」
「そんな馬鹿なことあるというのか?」
「この御方はあるのですノルド様」
有り得ないと断言するアルムに動揺の色を見せるノルド。
青天の霹靂とはまさにこの事か。ノルドの額から冷や汗が流れ落ちる。
「……同性愛者かね?」
「いえ、そういうわけではありません」
「遠慮はいらんぞ。貴族ではさして珍しいわけでもない」
「いえ、女性が対象だと思います」
何かこんな話前にルクスにも言われたような、とアルムはベネッタが入院していた時を思い出す。
「では何故だね? 親から見てもミスティはかなりのものだと思うが、好みではないのかね?」
「いえ、そんな事はありません。ミスティほど綺麗で心優しい人はそういないのではと」
「では尚更理由を聞きたいが?」
ノルドの問いに、アルムは眉をひそめる。わかりきったことではないのかと言いたげに。
「理由も何も……ミスティは貴族で自分は平民ですから。立場が違います。魔法学院という場での学友としての繋がりこそあれど、その本分から外れた関係になるのは有り得ない事でないでしょうか?」
「……これは?」
「本気で言っております。最初に会った時から感じていましたが……この方は意外にも身分を人一倍気になさるのです」
ラナに確認を取ると、ノルドは大きくため息をついた。
「……話は変わるが、ドローレスに指示されたジュリアに針で刺されかけたという話は?」
「ジュリアのせいじゃありません。自分が言わないような対応を取りました」
「わかっている。ジュリアを処分する気は無いから安心したまえ。ジュリアに話を聞いたらジュリアは君を褒め、そして自分の職を差し出してきた。全く、一人前の表情をし始めたと思ったら君が絡んでいたとはな。私が聞きたいのは、何故私に報告しなかったということだ」
「自分に降りかかった出来事ですので、報告する必要も無いかと……それにジュリアも事を荒立てたくないと言っていましたから」
「何故、権力を頼らない? カエシウス家という権力は君の隣にあるというのに」
「自分にあるわけではありませんから」
「ここに客人として招かれてかね? 私に言えば使用人達全てを取り調べることもできた」
「権力があるのはミスティやノルドさんであって自分ではありません。自分はカエシウス家とは関係の無いただの平民です。自分に向けられた害意は自分だけの問題ですから」
ノルドはラナに目配せをする。
嘘や誤魔化しの確認だったが……ラナは首を横に振った。
アルムはその全てを本心で言っている。
「なるほど、有り得ないと断ずるのもこういった思考からか……重傷だな」
ノルドとて身分意識が強い人間は幾度と見てきた。
だが、ここまで明確に平民の自分と貴族の間に境界を作っている人間は珍しい。しかも、貧富による諦めからではない。
これは恐らく、平民でありながら魔法使いの道を目指した異端から来るものだろう。
平民と貴族との絶対の差をこの少年は夢を通じて痛いほど心に刻んでしまっている。
「まずは勘違いを一つ正そう……ここはトランス城で君は今客人だ。ここで起きた問題は全てがカエシウス家の問題となる。今後はしっかり報告してくれたまえ。客人を傷つけようなどという使用人を置いておくのはカエシウス家としても不利益だ。そんな使用人を置いているとあっては名折れになる。わかるかな?」
「なるほど、そういう捉え方があるんですね……わかりました」
アルムは素直に頷く。
こういった所は歳相応と言ったところだろうか。
「それともう一つ……君はカエシウス家とは関係の無いただの平民だと言ったな。私達は去年の事件の礼にと君を招待させてもらっている。いわば縁あってというやつだ。それでも私達には関係ないというのかね?」
「はい、ありがたい事だとは思っておりますが……縁があるのとその力に頼る資格があるかどうかは別かと……」
「そうか……実に、悲しい考え方だなアルムくん」
「悲……しい……?」
言われて驚いたのか、アルムは呆然としていた。
悲しいとはどういう事だろう。
ノルドの真剣な表情にアルムは次の言葉を待った。
「これは貴族の話になるが……縁というのは貴族にとって大きな力だ。自分の家だけでは出来ないことが容易に出来るようになる。時にはそれだけで立場すら得る。それどころかとある家と関係があるというだけで、それまでであれば興味を示さなかった周りの家との関係すら変わっていく。先程も言っただろう? カエシウス家と繋がるべくミスティにアプローチをかけたりする者がいると。これもある意味、カエシウス家と繋がることで自分の家の現状を変えようとする向上心とも言える。こちらが受け入れるかはまた別の話だがね」
「なる……ほど……」
「さて、これは貴族だけの話かな? 君も類まれなる縁に恵まれて今ここにいるのではないのかね?」
「それは……」
アルムの脳裏によぎったのは当然、自分に魔法を教えてくれた師匠の姿だった。
自分の人生における大きすぎる分岐点。夢を目指すことすら出来ないことに絶望した中現れ、歩き方を教えてくれた……憧れの魔法使い。
「君の考え方は実に素晴らしい。自らの身分を弁え、権力に頼らず自分で背負おうとする姿は勇ましく、私が思う以上に厳しく生きてきたのだと想像できる。だが、それは君自身の力だけで生きてきたのか? 君が無属性とはいえ魔法を使えるようになったのは、君だけの力なのかね?」
「……いいえ、師匠が教えてくれた力です」
「その力を持った君に私達カエシウスは救われた」
頭の中に固く結ばれた紐が解けていくよう。
平民と貴族という覆せない現実。その現実は確かに覆せないが、機会があれば当然、違う場所に立っていても手を結ぶことはあるだろう。
覆せないからといってわざわざ、互いを断絶する境界を作る必要は無い。
平民と貴族……二つの立場の間に縁を築けるくらいの余白があってもいいはずだ。
「決して、君と私達が関係が無いなどと言わないでほしい……特にミスティの前ではね。君にそんな事を言われればひどく悲しむだろう。私とて少し悲しい。あれだけの大恩を受けて、何も返させてくれないのかとね」
「そ、そんなつもりじゃ……無かったんですが……」
「頼る資格が無いと言ったが、君は充分に資格を得ている。君が私達や誰かと築き上げた縁は紛れもなく君自身の力なのだ。縁に頼ることを覚えれば君の人生はもっと豊かになる。困った事があれば私やミスティをちゃんと頼ってほしい。ミスティもきっと、君に頼られれば嬉しいはずだ。頼るのと利用するのは似ているようで全く違う……利用されるのは腹が立つが、頼られるというのは存外悪くない」
「……ありがとうございます」
ノルドに笑い掛けられ、アルムは深々と頭を下げる。
シスターに諭されたような懐かしい感覚に少し嬉しくなって、下げた先で無意識に顔が緩んだ。
「ははは、どうも説教じみてしまったな……大人というのはこれだからいかん」
「いえ、なんというか……柔らかく? なった気がします」
「さて……今日はミスティと祭りに行くのだろう?」
「はい、昨日何も無かったということなので改めて……楽しみにしています」
「予想以上に長くなってしまったな、行ってきたまえ、くれぐれもさっき言ったことを忘れないでくれたまえよ」
「はい、勉強になりましたが……襲撃に関しての話は本当によかったのですか?」
「そういう事を調べるのは我々大人の仕事だ。君達は優秀で実績もあるがまだ子供……その歳での思い出は大切だぞ。しっかりと作ってきたまえ」
ノルドは気にするなと言わんばかりに手をひらひらとさせ、それを見たアルムは口元で笑って席を立った。
「それでは失礼します」
「楽しんできたまえ少年少女。大人のお節介も説教も責任も、君達の輝きのためにあるべきなのだからね」
アルムはノルドに一礼するとそのまま部屋を出た。
ノルドが満足そうな表情でその背中を見送ると、黙って話を聞き続けていたラナは一言ノルドに尋ねる。
「ノルド様……背中を押していませんか?」
「ううむ……そうなんだよなぁ……もっと恩着せがましい奴であれば楽だったんだがなぁ…………我が娘ながら見る目がある……」
机の上で頭を押さえながらぼやくノルドの苦悩を見ながら、ラナは呆れたように肩をすくめた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
大人の長い話はたまーに役に立ったりするかもしれません。




