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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第七部:氷解のミュトロギア

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470.たった一人だけの予感

「おかえりなさいマリツィアさん……」

「ただいま戻りましたスピンクス様。不便はございませんでしたか?」


 ダブラマの魔法使いマリツィア・リオネッタがスノラのホテルに戻ってきたのは夜が明けてからのことだった。

 マリツィアとしてはもっと調べたかったのだが、カンパトーレの襲撃後ともなればスノラの警備は強化されてしまう。前回と違ってトラブルを起こしに来たわけではないのである。

 戻ってきたのは貴族向けのホテルではなく、可もなく不可もなくといった最低限のものが揃っている部屋。

 その部屋には似つかわしくない女性が一人、窓の外を見ながら佇んでいる。

 花嫁のような白いヴェールを頭に被った気品溢れる佇まいの女性は、帰ってきたマリツィアに視線だけを向けた。

 全てを見透かすような深い紺色の瞳は直視すれば呑み込まれてしまいそうだ。


「流石ですね……あの御方も決して弱くはなかったのに……」

(わたくし)があのカンパトーレの魔法使いとぶつかることは知っていらしたようで」

「はい……。どちらに傾くかはわかりきっていたので……お伝えする気はありませんでしたが……」


 スピンクスと呼ばれるその女性が言う"あの方"とは昨夜マリツィアに敗北したリィツィーレの事だろうと容易に想像がついた。


「コレクションには……しなかったのですね……」

「はい、特に好みの方でもありませんでしたし……鬼胎属性と信仰属性は使い手の意思が特に重要ですから戦闘用としても必要ありませんでした」

「まぁ……。私にはわかりませんがそういうものなのですか……?」

「はい、『蒐集家(コレクター)』の名に恥じぬこだわりというものがございますから」


 普通に会話しているように見えながらも、一切情報を共有せずにスピンクスが昨夜の出来事を知っていることにマリツィアは少し寒気がする。

 この魔法生命の能力はある意味最悪だ。近い未来に敵対するのが(・・・・・・)約束されている(・・・・・・・)だけに、よりそう思った。


「人間はやはり面白いですね……あのリィツィーレという御方も食べてしまいたいくらい可愛かったですが……」


 心底から、この魔法生命の行動指針が"人間のため"という都合がよく、そして歪んだ形であることに感謝してしまう。


「どうやら、昨日の出来事をきっかけに始まったようですね……」


 そんな怪物が一つ、呟いた。

 怪物とは思えない美しい声が時間に触れる。


「……わかるのですか?」

「はい、ですが、ここから先は恐らくわからないでしょう。私がわかるのは分岐点と結末だけ。それに……今回はどちらに傾くかもわかりません。答えしか知らないというのも意外に歯痒いものなんですよ?」

(わたくし)としては羨ましくありますが……」

「それは持っていないからですよ……。隣の花は赤いもの……隣の芝生は青いもの……。だからこそ私は生前に謎掛けを好みました。見えぬ答えに辿り着こうと悩む人の姿が羨ましく、そして(ころ)したいほどに可愛らしいのです……」


 窓からスノラの町を見下ろすスピンクスの瞳には慈愛と殺意が入り混じっていた。

 ぐちゃぐちゃに混ざった魔女の釜のような、複雑怪奇でありながら濁りを感じさせない色。人間では理解し難い感情の動きがそこにはある。

 どれだけ人間らしく振舞っていても、隠し切れない怪物性が言葉の節々に現れていた。


「それに、答えだけならあなた達はすでに知っているんですよ?」

「え?」

「ただそれを答えとして認識できなかっただけ……そんな単純なお話なのです」


 もしや調査が足りなかったのかと、マリツィアは一瞬スピンクスの言葉に惑わされ、スノラでの滞在期間を伸ばそうかと考えたがそうもいかない。

 一月後にはマナリルの王都アンブロシアで謁見の予定が控えている。この言葉を鵜呑みにして滞在期間を延ばすわけにはいかなかった。


「その話は王都アンブロシアに着いた後でお聞かせいただけるのでしょう?」

「はい、そういうお約束ですからね」

「では予定通り、昼にはチェックアウトして王都に向かいます。スピンクス様も出立の準備は整えて頂くようお願い致します」

「はい……。あ、ですがその前にマリツィアさん……湯浴みを急いでくださると嬉しいです……」

「湯浴み……申し訳ございません。一日中駆けずり回っていましたか……ら……」


 窓の方を向いていたスピンクスがゆっくりと部屋を出ようとしていたマリツィアのほうを向く。

 ヴェールの下の表情を見て、マリツィアは眉をひそめた。

 先程までの気品溢れる姿が幻だったかのようにその雰囲気はドス黒く、表情が変わっていないにも関わらず、獣の貌としか思えない殺気が白いヴェールの下に見え隠れしていた。


「先程から我慢していたのですが……マリツィアさんからとてもかぐわしい血の匂いがしていまして……。とても、とても美味しそうで私……嫌なのに、まだ駄目なのに、まだ私の出番では無いのに……食べたくなってしまいます……」


 そう告げて、スピンクスは自分の体を抱きしめる。

 それは衝動に耐えるためか、それとも歓喜に打ち震えているからか。

 常人なら吐きそうになるほどの鬼胎属性の魔力が部屋中に充満している。


「……失礼致しました。急いで行って参りますね」

「ええ、そうして頂けますか……あなた方と敵対するのはまだ少し先……。"アポピスの眼"が開く時ですから……」

「それでは、また後程お迎えにあがります」


 マリツィアが部屋を出て行くと衝動が収まってきたのか……スピンクスは徐々に落ち着きを取り戻していった。


「お祭り……楽しそうですね……。マナリルの王都もこのように賑やかなのでしょうか……とても楽しみですね……」


 溢れ出していた殺気も鬼胎属性の魔力も消え、部屋にはどこからどう見ても貴族の令嬢か奥方にしか見えない穏やかな女性が一人。

 そんな女性が普段は訪れない市井を見て、興味を持っているようにしか見えない。


「この光景も彼女次第では"アポピス"より先に……いえ、この光景どころかこの国(マナリル)が滅びてしまうかもしれませんが」


 その穏やかな女性は不吉な予言を残して、スノラの町を眺め続ける。

 ここだけを切りぬいてみせれば勘違いしてしまうような……町を歩く人々を慈しむ、聖母のような瞳で。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 色々とどういうことだってばよ スノラからいなくなっちゃうのか [一言] 更新ありがとうございます
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