帰郷期間 -ルクス・オルリック-
こんなに悩んだのいつぶりだろう。
同行者を連れて帰郷期間に故郷に帰ってきた僕ことルクス・オルリックは、馬車を降りてすぐに難問にぶち当たったのである。
「話には聞いてたけど、綺麗な町ね! 前から来てみたかったのよ」
到着してすぐに、エルミラは子供のように顔を綻ばせていた。
馬車を降りて目の前に広がるのはオルリック領自慢の町アムピト。
王都にも劣らない整備された道路や父の意向で作られた子供に読み書きを教える学校、新しきを取り入れつつ表通りも路地裏もどこかほっとするような親近感を残す町並み、景色を見れば遠くに見える山々と町を抜けた先にある田園地帯が雄大さを感じさせる。
東部に来る機会があればまずはここと胸を張って言える……そんな僕の家がある町だ。
そんな僕の故郷で見せるこの笑顔は果たしてどういう意味なのかと、ただの友人から、ただの友人と言うには曖昧な関係になった今、少し勘違いしそうになっていた。
「来てみたかったのかい?」
エルミラの事だから他意は無いだろうと思いながらも、答え合わせも兼ねて聞いてみると、エルミラは予想通り、にっと気持ちよく笑いながらこちらに振り返った。
「うん、東部とか北部とか……学院に入る前の私じゃどう足掻いてもいけなかったもの。他の奴らを見返してやるって勉強してても、やっぱ話に聞いた観光スポットには憧れちゃってたのよね」
やはり他意は無かったようだ。
勘違いしなくてよかったと僕は胸を撫で下ろす。
先のエルミラの発言は聞きようによっては、前からあなたの住んでた町に行ってみたかったの、と捉えられてもおかしくはない。
まるで以前から自分に浅からぬ感情を抱いていたかのような。
いけない、と僕は振り払うように頭を振る。
女性と二人で帰郷期間を過ごすというシチュエーションに浮かれているのか、思考が短絡的になりかけていた。
思春期というのは本当に素敵な時間と厄介な悩みを作り上げる天才なのである。
「何か進んでいるように見えて、構えられてる店は雰囲気あるわね……この前行ったダンロード領とはまた違う感じ」
「ああ、父上の意向でむしろ町の雰囲気に合わせて整備されているんだよ。ここら辺はアンティークや工芸品を扱ってる店も多くて、発展させすぎるとそういった店の雰囲気を損ねるからね。宝飾品を扱ってる中央区画はもうちょっと王都に近いかな」
「宝飾品? ああ、そっか……オルリック領は魔石事業が盛んだもんね」
「うん、自然と魔石じゃないものも発掘することになるからそういう方向の事業も盛んになるってわけだね」
「うーん、そう思うと鉱脈ある領地ってお得ね……アクセ一つでも平民向けの安価な石と貴族向けの高価な石で違う方向性にいけるもの」
「上級貴族向けだけに限ればラヴァーフル家のほうが上手だけどね。あの家はここ数年で尋常じゃない数の宝石細工職人を抱え込んでるし、女性の心の掴み方が凄いから流行を作るのも上手いんだ」
「あー……サンベリーナって感じ……」
すぐに僕の家には向かわずに、町のことを紹介しながら表通りを歩く。相変わらず活気があって騒がしい。
そんな見慣れた風景の中にエルミラがいると思うと少し変な感じがした。
いや、変で誤魔化す必要は無い。正直に言えば嬉しい。
自分を知って貰えるというのは照れくさくもあるが、それ以上の喜びがある。
ただ問題は……喜びを感じながらも、僕を悩ませる難問は一向に解決しないという点だ。
そう、僕を悩ませている難問というのは先のエルミラの発言のことではないのである。
「あはは! なにこれ! これ普通の鍋にしか見えないけど、アンティークなの?」
「ああ……どうなんだろう……。この店の店主はそれっぽければアンティークなんだって言っちゃう人だからなあ……」
「何かいいわね、そういうの。結構嫌いじゃないわ。普通の鍋が割高で売られてるようにしか見えないけど……売れるのかしら?」
「うーん、去年帰ってきた時もこれあったからなあ……」
「数十年待って本物のアンティークになれば将来売れるかもね」
エルミラは個性溢れる店をきょろきょろと目移りさせながら歩いている。
時々立ち止まって、また歩き始めて、立ち止まって歩き始めてと……ただ歩いているだけで楽しそうだ。
しかし、その間……エルミラが歩く度に揺らしている手が気になって仕方なかったのである。
つまりだ。その……これは、手を繋いでもいいのだろうか。
いや、待ってほしい。これを聞けば気持ち悪いと一蹴する人もいるかもしれないが……今の僕にとっては重要な難問なのだ。
そもそも……僕の領地に行っていいかとは言われたが、それから関係性が変わるような出来事は一切無いのだ。
僕とエルミラの関係は友達のようなそれとは違うような、曖昧なものなのである。
ゆえに僕は自然とその手を取る事は出来ない。
万が一、あの日の出来事で僕が都合のいい方向に勘違いしていたとしたら、僕は淑女の手を勝手に握る無礼者だ。紳士たる振舞いに相応しくない。
「ねぇねぇ、ルクス。何かいい匂いしてきたわ」
「ああ、ここら辺はカフェも多いから……どこかによるかい?」
「ううん、まずはルクスの家に行ってからにしましょ」
けれど、僕に向けるこの笑顔を勘違いとは思いたくない。
なにより、こうして帰郷期間を二人一緒に過ごしている事実こそ友人という枠におさまらない証拠ではないだろうか。
「……ルクス? どしたのさっきから? 何かあった?」
「え?」
エルミラが僕の異変に気付いたようで、立ち止まって顔を覗き込んでくる。
真っ赤な瞳が心配そうにこちらを見つめてくる。
「もしかして馬車に酔った? やっぱりどこか座っていく?」
「いや、そんなことないよ。大丈夫大丈夫。ちょっと考えごとしてただけさ」
「そう? なんか顔が強張ってるというか……目線が落ち着かないというか……。私ったらはしゃぎすぎ……た?」
「そんなことないさ。むしろ嬉しいよ」
「……何か隠してない?」
誤魔化すような僕の返答が気に入らなかったのか、エルミラに詰め寄られる。
本当のことを言うまで散策の続きは無しと言いたげな雰囲気だ。
心優しい彼女のことだから恐らくは……僕が不調を隠していると思っているのだろう。
僕はついにこの難問から逃げられないことを悟って、
「エルミラ」
「うん、何?」
「……嫌だったら怒ってくれていいから」
そう前置いてから、勢いのままエルミラの手を握った。
彼女の手が思っていたよりも小さくて、思っていたよりもひんやりとするの夏のせいだろうか。それとも僕が熱くなっているからだろうか。
「……なんか落ち着いてないなって思ったら……そういうことね」
嫌がられたと思うとエルミラの顔を直視できない。
だが、握った手は振り払われることなく、僕の強引な行動に対して怒号も飛んでこなかった。
恐る恐るエルミラの顔をちらっと見ると……エルミラは顔を真っ赤にさせて、握られていないほうの手で自分の顔を半分隠していた。隠しきれていない口角はほんの少しだけ、上がっているような気がする。
「もう……そ、そんなことで悩んでるなら早く聞きなさいよ……こ、このくらい別にいつだってしてやるんだから……」
そう言って、エルミラは僕の手をきゅっと握り返してきた。
ああ、思春期ってのは本当に素敵な時間と厄介な問題を作る天才だ。
彼女のこんな表情を見せてくれると同時に、着々と友達という関係ではいられなくしてくる。
あまりの気恥ずかしさに僕の頬も熱くなるのを感じていると、周りの人達から好奇の目で見られていることに気付いて僕らはその場を後にした。
勿論、互いの手をしっかりと繋いだまま。
いつも読んでくださってありがとうございます。
お休みの最後に彼らの帰郷期間をおとどけです。




