468.めでたしめでたし
「大丈夫かイヴェット」
「ぅ……ノル……ド……様……」
全てが終わり、ノルドが異常を改めて調べていると玄関ホールにいたイヴェットも発見される。
意識は朦朧とし、メイド服は血だらけになっているもののしっかりと息はしていた。
明らかに致命傷ではあったが、そこは流石信仰属性の魔法使いというべきか。意識を失う前に治癒魔法で出血を抑えたらしい。
「申し訳……ありませ……」
「よく生きていた。すぐに医者を呼べ!」
「はい!」
ノルドの指示で付き添っていた従者が一人スノラの町へと駆け出していく。
それとすれ違いになるかのように、アルムがトランス城に戻ってくる。
「イヴェットさん……!」
玄関ホールに漂う鉄錆のような血の匂いと血塗れのイヴェットを見てアルムはすぐに駆け寄った。
イヴェットはアルムを見ると、心配をかけないようにしているのか苦しそうにしながらも無理に微笑んだ。こんな時にも他人を気遣うその姿勢はメイドゆえだろうか。
「安心したまえ。イヴェットは治癒魔法だけなら中々の腕前だ。急所だけは即座に治癒したに違いない。直に医者も来る」
「そうですか……よかった……」
「うむ。アルムくんもどうやら動いてくれていたようだが……その、後ろでドローレスと見知らぬ男を拘束している女性は誰かね?」
アルムの後ろには拘束したジグジーとドローレスを連れたクエンティがいた。
ノルドからすれば当然のようにいる見知らぬ女性がドローレスを縛り上げているのだからおかしな話だろう。
「どうぞ私のことはお気になさらず。ただのアルム様の護衛ですので」
「いや、カエシウス家当主として気にしないわけにもいかんのだが……まぁ、いい。護衛ということはアルムくんがここに来る前に王都に寄った用事は君を同行させるかどうかといったところか」
ノルドの察しの良さにクエンティは目を見張る。
状況を見て信頼していい人間としてはいけない人間を即座に判断できるのは長年の経験からか。
アルムがスノラに来る前に王都に行っていた用事もぴたりと当たっている。
聞いた話の印象よりもノルドが聡い人間だったことに驚いたのか、クエンティは感心するようにへぇ、と声を零した。
(去年の事件も身内のグレイシャが首謀者でなければあそこまでにはならなかったろうに……)
内心でこんな事を思いながら凛々しい顔をしているが……アルムの護衛じゃないとマナリルに協力する気は無いし脱獄もする、という子供の我が儘のような脅し(本人曰く華麗な交渉)で護衛の座についたクエンティである。
この場に国王カルセシスがいれば、よくそんな出来た人間のような顔が出来るな、と呆れられることだろう。
「自分達ではどうにもできませんので、正式にカエシウス家に引き渡します。ドローレスさんは内通者で、こちらのジグジーという男は実行犯です。夜属性の魔法を使っていました」
「ふむ、夜属性はマナリルでは珍しいからな……イヴェットを襲撃したのもこやつであろう。君の部下は生かしてある……全員合わせて情報はたっぷり吐いてもらうからな」
ノルドはジグジーに念押すと、ジグジーは目を逸らす。
ここからの逆転はまず不可能であり、部下は諦めて情報を吐くだろうが……逆転が不可能だからこその精神的な抵抗だった。
「ドローレスは……普段から目の余る言動を耳にしていたが、今回は決定的だな。この城でやっていた事も含めて色々と話す必要がありそうだ」
ノルドに睨まれてもドローレスは静かだった。
アルムとの会話を最後に全てを諦めたのか俯いたまま。普段のドローレスを知っている人間からすれば不思議にすら思うであろう。
「ノルドさん、城の被害は?」
「今動ける使用人達が城内を確認しまわっているが……今の所は問題ないな。使用人の中にはうなされていた者はいるが、外傷を負っているのも今の所イヴェットだけのようだ。侵入したカンパトーレの刺客達は真っ先にセルレアを狙っていたようだが、全て返り討ちにしてある。被害は無いだろう」
城の人間の無事も確認中だが、現状はとくに何も無い。
耳を澄ませば使用人達が忙しなく城内を駆ける音も聞こえてくる。
惨劇を見て上がる悲鳴が聞こえないところを見ると、直接狙われたイヴェット以外はどうやら本当に何も手を出されていないらしい。
「そうですか……アスタやセルレア様……それにミスティは?」
「セルレアも特に様子が変わった気配も無く、アスタも起きてきたのをさっき確認しておるよ。むしろアスタが一番無事と言っていいだろう、世界改変に巻き込まれていたというのにあくびをする余裕があったからな。ミスティは今ジュリアが確認しに行っているが――」
「お呼びですか、お父様」
ラナとジュリアを後ろに控えさせながら、白い寝間着にカーディガンを羽織ったミスティが玄関ホールに歩いてくる。
事態は把握しているようで、次の襲撃を警戒しているような険しい表情だ。玄関ホールにいるアルムの顔を見てもそれは変わらない。
ミスティが歩いてくるのを見て、ノルドは両手を大きく広げる。
「おお、ミスティ……無事だったか!」
「はい、お父様も御無事で何よりです」
ミスティとノルドは無事を確かあうかのように軽く抱き合う。
親子同士のやり取りが終わると、今度はアルムのほうへと向き合った。
「それに……アルムも」
「ああ、ミスティも無事でよかった」
「ふふ、当たり前ですわ。アルムみたいに犯人を捕まえるような働きをできなかったのは情けない限りですが……こうして怪我もありません」
「……本当か?」
何故こんなにも念を押すような聞き方をしてしまったのか、アルム自身わからなかった。
聞かれたミスティも疑問に思ったのか、小さく首を傾げる。後ろに控えているラナがときめきを我慢する顔がちらっと見えた。
「……? わ、私何か変でしょうか……? もしかして寝癖など……」
「いや、そんな事無い。普通にいつもみたいに綺麗だ。そうか……よかった……」
ミスティの無事も確認され、突如トランス城を襲った悪夢の夜はもう晴れたよう。
イヴェットの容体や逃げたリィツィーレの存在など……ほんの少しの不安こそ残るが、今は安堵していいだろう。
優雅な休暇を楽しめるはずだった帰郷期間の中のトラブルはイヴェットの怪我やドローレスの裏切りなどありつつも、一先ずはこうして……無事に終わりを告げた。
『なーんて……そんなわけないでしょう? 平和ボケした皆々様?』
カンパトーレ首都フォビドゥン――フルート宮殿。
見事な天井絵が描かれた……氷で出来たかのような大広間の中央で、一人の女性が祈りを捧げるように手を合わせていた。
その女性の黒髪と幾重にも重ねられた厳かな民族衣装は、どこか大広間の雰囲気には合っていない。しかし、その所作の美しさだけは間違いがないと断言できるものだった。
神の信仰が途絶えたこの世界において、名残だけが残っているその行動は願いを叶えたい時にしばしばやる人々は見られるが……そこに信仰は無い。
この女性がこうして手を合わせているのも、勿論神への祈りなどでは無かった。
『カヤちゃーん……どう? 観測できた?』
「はい、■■■■様。全て問題なく」
何処からか聞こえてきた声にカヤと呼ばれた女性は応える。
ゆっくりと開いた瞳は眩いほどの銀色で染まっていて、魔力光で輝いていた。
祈りの形をした手を離してみれば、その手の平にも銀色の魔力が張られていて魔力光の輝きが大広間を照らしている。
『うふふ、流石……クダラノ家の血統魔法ってほんと便利過ぎて怖いくらい。"霊脈にいる生命を観測する"ってだけでも感知系として優秀なのに、魔法生命の核に干渉もできちゃうんだから……常世ノ国の巫女として崇められてただけあるわねぇ。いつでも使えるわけじゃないのが玉に瑕だけど』
「……恐縮です。ですが、一人観測できなくなった者がいました」
『へぇ? カヤちゃんでも見れない生命体っていたの?』
「はい、例の平民の方……途中でクダラノの血統魔法が弾かれて観測できなくなりました」
『弾かれた……? ああ……何かめんどくさい理に触れちゃったんでしょ、ヴァルトラエルの"天体の観測"じゃなあい? それか新しく作られた自立した魔法で変なルールが出来ちゃったか。まぁ、今あの平民はどうでもいいわ……問題は、お姫様よ』
心底どうでもいいとばかりにアルムの話題を切り上げて、■■■■様と呼ばれた声の主はカヤに問う。
カヤはふるふると体を震わせながら、ゆっくりと口を開いた。
「……■■■■様の仰る通りでした……。リィツィーレの世界改変魔法の間、彼女は動いてもなければ、呪詛への拒絶反応も見られません」
『ああ、やっぱり……ワタシの予想ってほんと当たっちゃうのよね。間違いはない?』
自分が観測した事実を伝えることに躊躇いながら、自分がもう降りられない舟の上に乗っていることをカヤは痛感する。
今更誰に懺悔したところでもう遅い。
聞かれるがままに、カヤは自分がトランス城で起きた騒ぎの間……自分が見続けた静かすぎる事実から導かれた結論を口にした。
「間違いありません。ミスティ・トランス・カエシウスは今――血統魔法が使えません」
カヤと話していた声の主は静かになったかと思うと、
『くふっ――!』
堪え切れない笑いを零して、
『ふふ……ふふふ……あははははははははははははははは!!!!』
カヤの佇む大広間を埋め尽くすような邪悪な笑い声を響かせた。
恐ろしいことに、その笑い声は通信用魔石から聞こえており……その声に乗っている尋常を越えた魔力だけで大広間はびりびりと揺れていた。
青褪めた顔でカヤはただその笑い声に、耳を塞ぎながら顔を俯かせる。近い未来、何が起こるかを知っているがゆえに。
トランス城を不意に襲ったカンパトーレの襲撃。
ジグジーとリィツィーレという二人の魔法使いと部下達を使って確かめたかった事。
その狙いはスノラの制圧でも、トランス城の破壊でも、使用人の殺戮でも、カエシウス家の暗殺でもない。
そんな大それたことが、カンパトーレの戦力で出来るはずがない。
その目的は、ミスティ・トランス・カエシウスが血統魔法を使えるか否か。
笑い声を響かせるの主はただ――それだけを確かめるために彼らの命を使い潰した。
『二人ともよく出来ました……神話の礎になれたこと、光栄に思いなさいな』
声の主が始めるは神が為の神話。
神無き地で"青き王冠"は神の座へと歩を進める。
歩み出せないもう片方を心底から笑い飛ばして。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ここで一区切りとなります。
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