461.たとえ情けなくとも
カンパトーレの魔法使いと呼ばれる者の大部分は……歩むはずだった道から外れた落伍者だ。
才無きと判断された者、血統魔法を継げなかった者、祖国で問題を起こして貴族と名乗るのを許されなくなった者、祖国を追放された者、祖国が無くなった者……理由は様々だが魔法使いになるはずだった者達が道を外し、最後の希望に縋って辿り着くのがカンパトーレという国である。
「おい使用人には手を出すな、殺されるぞ」
「わかってるけどよ、流石はカエシウスだ……美人が揃ってやがる」
「見るくらいいいんじゃねえか? どっちにしろ俺達は指一本触れられないからな。ここに肉体があるように見えて実際はリィツィーレ様の血統魔法に閉じ込められてるらしいぜ」
「……便利なのか不便なのかわからない魔法だな。あの小娘の魔法」
「馬鹿ね。聞こえてたら人形にされるわよ。あんな可愛らしくても私達とは違うカンパトーレの精鋭なんだからね」
そんな希望に縋る者達をカンパトーレは一時的に受け入れ、カンパトーレでも上位の貴族達の部下にしたり傭兵として使い捨てたりと……カンパトーレの手足にする。
その活動の中で成果をあげた者だけが、本物のカンパトーレの貴族として迎え入れられる。
毒属性のビクターや常世ノ国から来たマキビのように生まれた国は違っても、カンパトーレに利益をもたらすと判断された者こそがカンパトーレにとっての貴族であり魔法使いなのだ。
トランス城に侵入したこの五人の襲撃者もまた、カンパトーレに本当の意味で迎え入れられるためにジグジーとリィツィーレの部下として動いている者達だ。
「無駄口はここまでだ。そろそろ着くぞ」
「ええ、私達の任務は昏睡しているセルレア・トランス・カエシウスを狙ってノルド・トランス・カエシウスを引き付けること……他は考えない。いいわね?」
「ったく、野心がねえな女ってのは!」
「性別は関係ないわ差別主義者」
襲撃者たちは目的を同じにする味方でありながら、互いに手柄を奪い合う敵でもある。
だが、命令には背かない。
背けばその瞬間に行き場がなくなるのだ。
出身国も考え方も何もかも違う者達を集めてカンパトーレが問題なく統率できているのは、そんな当事者たちの危機意識によるところも大きい。
「よし、この先のはずだ!」
五人の襲撃者達は階段を駆け上がり、カエシウス家の人々の居住区画へと辿り着く。
自分達の任務を果たすべく、襲撃者達はそのまま何年も前から眠り続けているセルレアの部屋に向かおうとするが――
「待て!!」
「っ――!」
廊下の先に、一人の男が立っていた。
「ふむ……ようこそトランス城へ。狙いは誰かな?」
「……ノルド殿とお見受けする」
「深夜の訪問とはずいぶん乱暴なことだな」
ノルド・トランス・カエシウス。
きっちりとした厳かな装いに紳士然とした佇まい。
まるでこの五人の襲撃者を待っていたかのように、彼は立っていた。
ノルドが立つ横には襲撃者が目指すセルレアの部屋がある。
「この世界改変を使っているのは誰かね?」
「…………」
「いや、失礼。これほどの領域に"放出"できる世界改変魔法の使い手が斥候などやらされるはずはないか……野暮な事を聞いてすまない」
挑発にも聞こえるその言葉。
謝罪の声すら五人の襲撃者達にとっては耳障りに聞こえてくる。
成功者から落伍者への、明確な侮辱。
襲撃者の中の一人がノルドの物言いに額に青筋を立てる。
「はん……言うじゃねえかカエシウスの落ちこぼれが。あんたも俺達とさほど変わらねえだろうがよ」
「ほう……? 口は達者でなによりだ若造。だが……惜しいな、実力があれば遠吠えに聞こえなかったろうに」
「あん?」
「だが確かに、私はカエシウスの落ちこぼれだ。そういう意味では君達と一緒かもしれんな」
自分で言いながらノルドは顔を曇らせる。
「いや……去年の事を考えれば、ある意味私は君達以下か……娘に家を乗っ取られる経験などいくら力不足な当主でもそうはないだろうからな」
悔やんでも悔やみきれない去年の出来事。
あろう事か、娘であるグレイシャに全てを掌握されたカエシウス家にとって最悪の事件。
確かに、ノルドとグレイシャでは才能に差がありすぎた。だが……妻の命惜しさに他の家族やマナリルの貴族達百人以上を危機に晒すまでの事態にしてしまったのはノルドの失態であろう。
少なくとも、自分が抵抗していればあそこまでの事態にはならなかった。
少なくとも……ミスティが絶望するようなことはなかったのだから。
貴族と言うには自分があまりに不完全であることをノルドは自覚している。少なくともカエシウス家の落ちこぼれというのは間違いのない事実であろう。
「"放出領域固定"」
だが、それがこの場に関係あるかどうかは別の話。
「!!」
「おい――!」
「止めろ!!」
話の流れの中で自然に、極めて普通の声色で。
焦燥に駆られた襲撃達をよそに……ノルドはギロチンの刃を襲撃者達に落とす。
「【白姫降臨】」
廊下に響き渡る世界を変える音。
重なる声は冷気と共に。奏でる歴史は夜の静謐を借りてこの場に顕現する――!
「あ……ああ……!」
襲撃者達の視界に広がるのは文字通り世界が変わった廊下。
氷。氷。氷。
見渡す限り氷。廊下に取り付けられている燭台の蝋燭の火が揺れているのがおかしいほどの極寒。
窓の硝子が氷を纏い、城の石壁は氷の壁に。
吐く息の白さは今が夏であることを忘れさせる。
襲撃者達は考えてもいなかった。血統魔法は貴族にとっての切り札。情報を奪われるかもしれない未知の世界改変魔法にトランス城が包まれている状態で使うはずがないと高をくくってすらいた。
そして何より……あのカエシウス家が自分達のような者に対して、躊躇いも無く血統魔法を放ってくるなど有り得ないと……。
「ひっ……! くそ……! ごの……!」
「『火炎の渦』! 『火炎の渦』!!」
襲撃者達の足元からゆっくりと氷が這う。
五人の足は氷漬けとなり、力づくで引き抜こうとしても全く動かない。
中位の火属性攻撃魔法を放つ者もいるが、五人を絡めとる氷はその表面が溶けることも無い。
ぱきぱき、と音を立てて足から氷が這いあがってくる。
それは可視化される死へのタイムリミット。絶対に抗えないノルドが改変した世界での事象だった。
「どうしたね? 私と君達はさほど変わらんのだろう? ならば、これくらいは簡単に切り抜けられるはずだ……私の血統魔法の"現実への影響力"はグレイシャの半分も無いはずだからな。それこそミスティと比べたらお遊びにも等しい。放出領域を固定したものだからさらにお粗末な状態だ」
「ぐぞ……! 溶けねえ! 外れねえ!!」
「上位の攻撃魔法を二つか三つ連発でもすれば抜け出せるくらいはできるだろう。ああ、それより下は使わないほうがいい……どうせ無駄になってしまうからな」
「そ、そんなの使えな――! いや! この……!」
そう、たとえノルドが貴族界隈でどう言われていようとも……彼はカエシウス家に生まれ、血統魔法を受け継ぎ、北部を纏め上げていた貴族であり魔法使い。
「私の噂を聞いて、安堵でもしたか? 去年の失態で私が大したことないとでも思ったか?」
落ちこぼれているのはあくまで……カエシウスでの話。
あまりに突出し過ぎている魔法の才が生まれる中で、平凡なのは誰かと選ぶ時だけの話。
娘二人の才能に比べれば確かに平凡だろう。
カエシウスにしては平凡だろう。
「確かに私は娘の起こしたクーデターに抵抗もできなかった情けない父親で、もう一人の娘も助けられぬ臆病者だ。北部を統べるには相応しくない人間だと言われても仕方が無い」
だが。
「だが、君達と私がさほど変わらないなど勘違いも甚だしい。たとえどんな失態を見せようとも、歴史の中で劣っていようとも……それでも私はカエシウスだ」
「助け――!」
その言葉を最後に五人の襲撃者達は凍り付く。
魔法使いとしての、根底からある格の違い。
才と志……どちらも無い魔法使いでは触れることすら出来ない高み。
それはまさしく残雪が彩る山頂の如く。
たとえ歴代と比較されて落ちたと評されようとも、それはあくまでカエシウスという天才の庭の中でということを襲撃者達は理解していなかった。
彼の立つ場所は常人では届かぬ領域であり、彼はカエシウスの名を背負う者に他ならない。
「いささか大人げなかったかな? だが恨むのなら、この部屋を攻撃するよう命令した君達の上司を恨むといい」
創り出された氷の世界の中で、ノルドは襲撃者に向かって弔いの言葉を告げる。
五人の襲撃者にこの声が聞こえているはずもない。
彼らはたった今、ノルドの血統魔法によって物言わぬ氷像になってしまったのだから。
「ふむ……妙な襲撃だな……」
この程度の襲撃者が何人いたところでさして問題にはならない。
今トランス城を包んでいる世界改変魔法も規模こそ大きいものの、カエシウス家の人間を狙うには力不足という他無い。なにせ、血統魔法から愛されてもいないノルドですらこうして簡単に抵抗し、呑み込まれずにすんでいるのだ。
恐らくは精神に直接介入するタイプ。狙いは使用人? それとも血統魔法を継いでいないアスタ? いや、この魔法の"現実への影響力"では平民ですら遠隔で殺すのは難しいだろう。血統魔法から愛されているミスティに至っては何の影響も与えられまい。
加えて、何故かトランス城に入り込んだ襲撃者達は殺戮を目的としていない。道中の部屋を無視して、真っ直ぐにセルレアの部屋に向かって来たのが何よりの証拠である。
ならば、精神干渉の"現実への影響力"に抵抗力が無いアルムか。
いや、だとすれば、わざわざトランス城にいるタイミングを狙う必要も無い。
「狙いが読めぬな……一体何だ……?」
使用人をどれだけ失ってもカエシウスが揺らぐ事は無い。
この程度の規模の襲撃ではカエシウスが落ちる事も無い。
そんな事はカンパトーレもわかっているはず。
であれば、一体この攻撃には何の意味があるというのか。
この世界改変魔法は何のためにトランス城を包んでいる――?




