帰郷期間 -フロリアとネロエラ-
「フロリア……ちょっと……その……」
「んー?」
マナリル国タンズーク領。
近くの町から少し離れたタンズーク邸の庭で、フロリアは芝生に座ってくつろいでいた。
その近くにはタンズーク家と共存する白い魔獣エリュテマの一匹であり、フロリアに懐いているロータが一緒になって寝転がり、フロリアの背もたれになっている。
ネロエラは他三匹のエリュテマを引き連れながら、そんな光景を複雑そうな表情で見ていた。
「さ、流石に無防備過ぎないか……?」
「何が? はい、ロータちゃん」
フロリアは家の人間よりもくつろぎながら、おやつの鶏のささ身をロータの口に投げ込む。
ロータは声を鳴らして、フロリアのおやつに食らいつく。
ネロエラは休憩がてら庭まで降りて来たのだが……そんな時にこの光景を目の当たりにしたのである。まるでフロリアの実家のようだ。
「ネロエラはお仕事終わったの?」
「いや、もう少しだな……今日徹夜すれば……」
「駄目よ。ただでさえあなた寝不足なんだから、ちゃんと寝てからにしましょう」
「し、しかし……せっかくフロリアが来てくれているのに……早く終わらせて、その……」
言いにくそうにもじもじとするネロエラ。
新部隊の一件で色々やらなければいけない事があるとはいえ、初めて出来た友人が遊びに来ている機会も逃したくない。なにせコンプレックスでもあるこの牙のような歯を気兼ねなく見せる事の出来る相手なのだ。
そんなどちらもとりたい欲がネロエラの目の周りに隈を作っていた。肌が白いのもあって、隈の黒さが目立っている。
「それで体壊してもっと何も出来なくなったらどうするのよ……全く……よし、今日はもう終わりにして一緒にのんびりしましょう?」
「い、いや駄目だ。は、早く終わらせて気兼ねなくだな……」
「別に徹夜して終わらせないといけない決まりはないでしょ?」
「わ、私が決めたんだ」
「決めなくていいの」
「し、しかしだな……」
意外にも、互いに頑固な押し問答。
フロリアとしてはネロエラを休ませたい。帰郷期間に遊びに来てからというもの、ネロエラはろくに寝ていないのは知っている。
どうしたものかとフロリアは考え、ネロエラの後ろにいるエリュテマの三匹……カーラ、スリマ、ヘリヤを見て思い付く。
「なら、あなただけじゃなくて部隊全員でどうするかを決めましょう」
「ど、どういう事だ……?」
「まだ正式ではないけれど、ここにいる私とネロエラ、そしてエリュテマ達は同じ隊の部隊員になるでしょう? ならあなたの仕事も私達とは無関係じゃないじゃない?」
「そ、そうだな……その通りだ。魔法使いと魔獣の混合部隊だからな」
「そうでしょ? そして今、あなたが仕事をするべきか休むべきかを隊長のあなたと副隊長の私の意見がぶつかっている……それなら皆交えて多数決で決めるの。ネロエラがどうするかをね」
名案でしょ、と言いたげにフロリアはネロエラに笑い掛ける。
だが、ネロエラはフロリアの提案を聞いて苦笑いをした。
「ふ、フロリアそれは……確かにエリュテマ達とフロリアは仲良くなったが、そ、それでもタンズーク家とのパートナーであり、私をリーダーとして動く子達だ……勝負は目に見えているぞ?」
「そう? なら多数決で私が勝ったら私の言う通り休むのね?」
「万が一にも無いとおもうが……いいぞ」
「それじゃあまずロータちゃん……どう思う? ネロエラは休んだほうがいいと思わない?」
フロリアの背もたれになりながら芝生に寝ころんでいたロータがその声で体を起こす。
「ロータ、私達の未来のためにも……私はまだ頑張るべきだ。そうだろう?」
ネロエラもフロリアも自分につくようにと短いアピールをする。
それを聞いたロータはネロエラとフロリアの顔を交互に見て……フロリアの頬を大きな舌で一舐めすると、改めてその場に落ち着いた。どうやらネロエラのほうに行く気は無いらしい。
「ろ、ロータ……」
「いえーい! これで二対一ね! よしよし、ロータちゃんわかってるう!」
嬉しそうにロータの首元をがしがしと撫でるフロリア。
ロータも寝ころびながら、嬉しそうにそれを受け入れていた。
本来危険な魔獣であるエリュテマだが、その表情は穏やかでそこらのペットのようだ。半開きになった口から覗く鋭利な牙が無ければ勘違いしそうになる光景だ。
「ま、まぁ、ロータは今もフロリアとくつろいでいたからな……今更仕事という気分にはなれないだろう……」
「おやおやぁ? 声が震えてるんじゃありませんこと? ネロエラさん?」
「くっ……調子に……! つ、次だ!」
ネロエラは後ろを振り向き、自分に付き添ってくれている三匹のほうを向く。
そして一番手堅いであろう一匹の名前を呼んだ。
「カーラ!」
カーラは名前を呼ばれてネロエラとフロリアの間まで歩いてくる。
完全に状況をわかっているような行動であり、エリュテマの知能の高さが窺える。
カーラはネロエラが率いている四匹のエリュテマの中で最年長であり、他の三匹よりも落ち着いているお姉さん的ポジションである。
「か、カーラはわかるだろう? 私達が認められるためにどれだけ苦労をしてきたか……今私がやっているのは私達が認められるために必要な作業だ。一度休息するなどもってのほかだろう?」
「あなた達が苦労してきたのは知っているわカーラちゃん。でも体を壊す事になったらそれこそまずいじゃない? まだ時間には余裕があるんだし、ネロエラは休むべきだと思うの。見てよネロエラの隈。無理させちゃまずいと思わない?」
ネロエラとフロリアのアピールを聞き、カーラは両方の顔を交互に見ると、ネロエラの顔のほうを向いて一旦止まった。
「カーラ……!」
やはりわかってくれたか、とネロエラは嬉しそうに名前を呼ぶ。
カーラは冷静で真面目なエリュテマだ。そんなカーラが一日休息をするなんて怠惰な選択肢を選ぶはずがない。
だが、ネロエラが勝ち誇ったように笑うと……カーラは再びフロリアのほうを向いた。
「か、カーラ……?」
カーラは二人の顔をひとしきり見たかと思うとため息のように唸り、
「カーラ? カーラ!? カーラああああ!?」
「さっすがカーラちゃん!」
ネロエラに背中を向けてフロリアのほうにゆっくりと歩いていった。
フロリアの近くまで歩いて来たかと思うと、こちらに一票とでもいうかのようにフロリアの頬を一舐めする。
フロリアはすかさずロータにやってやったのと同じように、カーラの首元を撫でた。
白い毛にわしゃわしゃと指が滑るように入っていき、ロータと違って感情は顏に出ないが、大きな耳がぴこぴこと動いていた。
「馬鹿な……カーラが何故……おやつか……? おやつなのか……? ささ身がそうさせるのか……?」
「私と同じでネロエラが心配なのよ。流石カーラちゃんはわかってるわ……見なさいこの世話焼きお姉さんみたいな顔」
「ど、どういう顏だ……ん?」
ネロエラが少しショックを受けていると、後ろにいたヘリヤとスリマの二匹はネロエラの隣をすり抜け……フロリアのほうへと歩いていった。
二匹はフロリアのほうまで歩いてくると、カーラと同じようにフロリアの両頬を同時に舐める。
「へ、ヘリヤ!? スリマ!?」
「やったー! ヘリヤちゃんもスリマちゃんも愛してるー!」
フロリアが手を伸ばそうとすると二匹は撫でられるのは拒否する。
ヘリヤとスリマの二匹はフロリアとの関係こそまだぎこちないものの……今回ばかりはネロエラに休息が必要だとフロリアの味方についたようである。
こうして多数決はただフロリアの圧勝という形で幕を閉じる。
始まる前にしていたネロエラの勝ちを確信した表情はもうどこにもなかった。
「そ、そんなぁ……」
「流石マナリル二の美少女フロリアちゃん……男だけじゃなくてエリュテマも虜だなんて末恐ろしいわね……」
崩れ落ちるネロエラの横の前でフロリアはてきとうな勝利宣言を終える。
「さ、五対一で私の勝ちなんだから今日は休むこと」
「くぅん……」
「エリュテマみたいな声出しても駄目よ」
フロリアはそう言って、自分の太ももをぽんぽんと叩いた。
「おいで、膝枕してあげる。皆一緒に休みましょ」
「む、むむ……し、仕方ない……」
ネロエラは多数決の敗者として言われるがまま……フロリアの足を枕にして芝生に寝ころんだ。
少し恥ずかしそうにしていたが、寝転がったらそんな羞恥もどこかへ消えたのかネロエラはそのまま体重を預ける。
「いい天気ねー」
「そうだな……本当に、そうだ……」
そんな二人にエリュテマ達も寄り添うように寝転がって、全員での昼寝タイムが始まる。
やがてフロリアとカーラ以外の全員が寝息を立て始め、フロリアはネロエラの髪をそっと撫で始めた。エリュテマの毛のように白く、それでいて女の子らしい柔らかな髪を起こさないように何度も、何度も。
「おやすみ、ネロエラ。頑張ったね……偉い偉い」
ネロエラが立てる小さな寝息よりも小さな声で、フロリアはネロエラの頑張りを褒めながらその頭を撫で続ける。
ただ一匹、カーラだけは起き続けて……そんな光景をじっと見続けていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一区切り恒例のやつです。




