449.変わった趣向
「ラナ……どっちがいいと思う?」
自室で唸る少女――ミスティ・トランス・カエシウスは悩んでいた。
ミスティの前にあるのは二つの服。
ハイウエストスカートとワンピース。
朝の支度を終えて、今日の服装をどちらにするのかを真剣な表情で自分の最も信頼する使用人ラナに意見を求める。
「どちらでもよいのではないでしょうか……」
一方そんな忠臣であるはずのラナは顔には出してはいないものの、早くしてくれという雰囲気がありありと出ている。
それもまた二人の関係であるからこそなのだが……ミスティを溺愛しているラナにしては珍しい。
というのも、服を悩み続けて早一時間。支度の時を合わせるともっとだろうか。
貴族の支度は時間がかかるというが普段のミスティはそんなことはない。そこらの貴族が見栄のために着るような豪奢なドレスを常日頃から着る事も無ければ、厚い化粧も、凝った髪形にすることも無い。
大規模なパーティに出席する時ですらミスティの支度は他の貴族の半分ほどで済むくらいだ。
それもこれも全てはラナがミスティが幼い頃から培ってきたものだ。
流行に囚われず、ミスティらしさを出すのが一番の着飾り方だとラナは知っている。湯浴みをして体を清め、そのままを少し整えてやるだけが最善なのだと。
その少女が……着るもの一つで普段より時間をかけて悩んでいるのだ。今までに無い事態なのである。
「真剣に答えてよラナぁ……」
「今日のミスティ様の気分からこの二つに絞っただけでもかなりの功績だと自負しているのですが……」
「それはそう……ありがとうございます」
この二つに絞ったのは何を隠そうラナだ。
平民出身でありながらカエシウス家の上級使用人であるラナは高い服にも安い服にも利点があるのを熟知している。
結果、ミスティの持つ服は貴族向けのデザインだけではなく、平民が着るようなシンプルなデザインまで……ミスティに合う服だけがずらっと詰め込まれているのだ。
その中から、ラナは二つに絞った。
からっとした今日の天候、ミスティの気分と調子、そして隣に立つのは誰なのか……最後のは正直むかつくところだが仕方あるまい。
自身の感情はさておいて、ラナはしっかりと仕事を果たしたといってもいい。
「アルム様は平民ですから基本的に服装はシンプルなものしかお持ちではありません。さらに外見も平凡ですので……」
「アルムはかっこいいですよ……?」
「……」
ミスティが、ラナは何を言っているの? という視線でラナを見つめる。
濡れた宝石のような美しい目は純粋すぎて吸い込まれそうだが、その瞳は個人の感情で染まりすぎていた。
対して、ラナは殴りたくなるくらい幸福な少年への個人的感情を捨てながら困ったように言葉を選ぶ。
「えー……ミスティ様にはそう見えるかもしれませんが、アルム様は客観的に見て普通です。珍しいのは髪色くらいでしょうか」
「そういえばエルミラにも言われました……そんなに普通なのでしょうか……?」
「まぁ、ミスティ様自身がお美しすぎるせいか他の方の外見を気に致しませんからね。大体の御方が一緒に見えて、特別な感情をお持ちの御方が特別に見えてしまうお気持ちはわかります」
「ラナはそうやっていつも私を褒めてくれるわね。嬉しいわ」
不意に向けられた可憐な微笑みにラナは一瞬やられそうになる。
十年以上仕えてきた経験と慣れで耐えきり、頑張れ私と自分を鼓舞しながらラナは平常心を取り戻す。
「こ、こほん……つまり、ミスティ様が隣に並ぶとアルム様が思いっきり霞んでしまうので、強調の激しい豪華な服装ですと更にアンバランスになってしまうと考えました」
「確かにアルムはシンプルな服しか着ているのを見たことないですね……一番高いのは制服らしいですし……」
「ですので、このようにシンプルな服装を選びました。ミスティ様は起伏の少ないスタイルですのでハイウエストは似合うでしょうし、ワンピースのようにフリルといった適度に装飾のある服が適しています」
「ラナ……私が体型を気にしているのは知っていますよね……?」
「知っていますが、意見をお話するには事実をお伝えしなければいけませんから」
不満そうに少し頬を膨らませるミスティ。
細められた青い瞳は「羨ましい」と雄弁に語っていた。
ミスティは小柄なだけで誰かを羨む必要無いくらいのスタイルなのだが、本人はグレイシャが身近にいたのもあってコンプレックスらしい。
「それに……服もそうですが、これから会うアルム様は服装や体型といった細かいことをお気になされないのでは?」
「それはそうかもしれないですけど……どう思うかはともかくとしてアルムは服装の変化などは案外気付くんです……故郷で狩猟をしていたからか戦い慣れしているからか観察眼が人一倍あるらしく……」
「何というか、美点のはずがとてつもなく厄介に聞こえますね」
どうしたものかと考えを巡らせるラナ。
少し考えて……今日は変わった趣向を見せるべきだと思い至る。
ここはスノラ。アルムにとっては馴染むべくも無い場所。二度目とはいえ慣れない土地だ。
ならば、初日はその雰囲気自体をミスティを通じて無理矢理馴染ませてみるのはどうだろうかと。
「ミスティ様。ご意見させて頂いても?」
「勿論よ。何か名案でも思い浮かんだの?」
「名案とは言い難いですが……こういった趣向は如何でしょうか?」
「それでは、明日からはジュリアが一人でこちらに参りますのでよろしくお願い致します。とはいっても……お着替えも自分でなされるので起床のお知らせだけの役目になりそうですが」
早朝アルムの部屋。
滞在中の世話係であるジュリアと今日だけ付き添いのイヴェットがアルムの支度をしに部屋を訪れていた。
とはいっても、アルムは着替えも自分でする上に化粧や髪形も特にいじらないのでイヴェットの言う通り本当に起床を知らせるくらいのものだった。
アルムから何かを要求することもほとんど無いので、使用人からすればある意味楽な客人であろう。
「いえ、顔を洗うお湯なども持ってきて頂いているのでありがたいです」
「お役に立てたのならなによりです。ジュリアは新人なので何かと御迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「よ、よろしく……お願い致します……」
ぺこりと頭を下げるジュリアの表情は少し暗い。
アルムも昨日と雰囲気が違うのはわかったのだが、それこそ朝だから調子が出ないのかなと思う程度だった。
そんなジュリアの陰鬱な空気が伝播する前に、ノックの音が鳴る。
「ミスティです。入ってもよろしいですか?」
「ああ、大丈夫だ」
扉の向こうからの声にアルムが答えると、イヴェットは扉に駆け寄ってすかさず扉を開けた。
「失礼、しますね」
扉を開いた先にいたミスティは躊躇いがちに部屋へと入ってくる。
朝陽に照らされて煌く水色がかった銀髪、青い宝石のように輝く瞳。
透き通るような白い肌、小柄ながらもスレンダーなスタイル。
その容姿は侵し難い美そのものであり、ミスティをまだ見慣れていないジュリアに至っては目を奪われている。
そんな入ってくるミスティの姿にイヴェットの目は驚いたように丸くしていた。
ミスティの服装はアルムには見慣れてていても、イヴェットには見慣れない服装だったからである。
「お、おはようございますアルム」
「制服?」
それはベラルタ魔法学院の制服だった。
白を基調としたシンプルながらも高級で、それでいてアルムも馴染みある服装。
今日の二人の予定はトランス城の案内。ならば、まずは馴染みある空気を二人の間に形から作ろうというラナの提案だった。
ミスティは半信半疑ながらもラナの提案を受け入れ、トランス城にいながら制服という状況に言いようのない恥ずかしさを覚えて少し顔を赤らめていた。
「は、はい……その……今日はお互いにベラルタでの服装でと思いまして……いかがでしょうか?」
これで、それはおかしいだろう、などと言われればミスティは羞恥で逃げ出すところだが……。
「ああ、そういう……なるほど、なら俺も制服に着替えよう」
アルムがそういう事を言わないであろうことはミスティだけでなく、ラナも一年以上前からの付き合いなのでわかっている。
「何か、不思議な感じがして面白いな」
ミスティはアルムが笑って受け入れてくれることに安堵したのか、小指に嵌めた指輪をきゅっと握りしめた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
『ちょっとした小ネタ』
今回の趣向を提案したラナという女性は「風の噂によれば制服デートという概念が存在する」と自信満々に供述しており、容疑を認めております。




