441.カエシウスの使用人
帰郷期間は生徒達にとっては魔法の訓練漬けの生活に訪れる癒しの期間だが……各家の使用人達にとっては休暇などではない。
ベラルタ魔法学院の生徒になるということは家柄に限らず潜在的な才能を認められたという事であり、そんな生徒を輩出した家には当然注目が集まる。帰郷期間で里帰りしているタイミングを狙って他の貴族がお祝いや挨拶を理由に訪問する機会が増えるのだ。
また逆も然りであり……四大貴族となれば客人として招待しなければいけない貴族も多くなるため、そこに仕える使用人にとってはむしろ忙しい時期となる。
カエシウス家も例外ではなく、これを機にカエシウス家と縁を持とうとする貴族も後を絶たない。
そんな貴族からの膨大な連絡も選別され、やがて使用人達にスケジュールが知らされるのだが……その帰郷期間中のスケジュールには、カエシウス家の使用人といえど辟易してしまうのである。
「気合い入れて乗り越えないとねー!」
「この客室担当誰ー?」
「私私!」
「忘れたらラナさんが帰ってきた時に滅茶苦茶怒られるわよ! 忘れないうちにやっちゃいましょ!」
帰郷期間前ということでカエシウス家は珍しく騒がしい。
煌びやかかつ歴史ある装飾が施されたトランス城の中、使用人すらも優雅と言われるカエシウス家も今だけは他の家と大差無い。
普段よりも念入りに掃除をし、使われていなかった客室まで誠心誠意整備するチェインバーメイドは勿論、キッチンではコック主導の下、キッチンメイドがメニュー作りを相談しながら食材の発注をしたりとてんやわんやだ。
しかし、一番気が立っているのは給仕や来客の取り次ぎ、そして客人の世話を担当するメイド達だろう。
「そういえば、スケジュールにあった最後の一週間って誰が来るか知っている人います? 何でか空白なんですけど……イヴェットさんご存知ですか?」
休憩室に貼り付けられたスケジュールを見て一人のメイドが呟く。
休憩室で座っているメイドの内、制服もどこか他と違うメイドの一人がその呟きに答える。
つややかな髪に知的な顔立ちと、メイドの服を着ていなかったらどこかの貴族かと思うほどの美貌。
カエシウス家ほど大きい家であれば、メイドの数も多く、当然そのメイド達を普段から纏め上げる者が必要となり、上下関係が出来上がる。
このイヴェットという名前のメイドはカエシウス家の上級使用人の一人であり、去年の当主継承式の際、アルムの入城を門の前で断ったメイドでもあった。
「ああ、その一週間は特別だから空けてあるのよ。カエシウス家の恩人である平民の方を招くの」
「あの噂の!」
「私達が凍っていた時に孤軍奮闘したっていう……」
「はぁ!? 平民!? 平民の世話を一週間もするの!?」
休憩室の一角から不満の声が上がる。
声の主はドローレスという金髪碧眼のメイドで、血統魔法を継ぐことができずに二年前に没落した元貴族である。家の金が尽きたところを娘だけは、と去年カエシウス家に仕えることに決まった女性だ。
普段は要領も良くきびきびと働くメイドなのだが、平民の世話に対して納得いかなそうな表情はまだ貴族のプライドを捨てきれていないという事だろうか。
そんな声を叱咤するように、イヴェットはドローレスを睨みつける。
「平民でも貴族でもカエシウス家の大切な客人です。ノルド様がお許しになっている以上、私達はカエシウス家に恥じないもてなしをしなければいけませんよ」
「それは……そうかもですけど……」
「昔はどうあれ……カエシウス家の使用人ならば今は使用人としての人生を受け入れなさい。没落した貴族の落ち着くところは貴族の使用人か商人との縁談と相場が決まっているんですから」
ドローレスはまだ納得いかないという顔だが、イヴェットの言葉には何も言い返せないのか引き下がる。
何を隠そうイヴェットもまた十年前に没落した貴族の娘であり、同じ境遇ながらもメイドとしての働きぶりが認められて上級使用人に上り詰めているいわば先輩なのだ。
「で、でも……なんでスケジュールに書いていないんですか?」
「だから特別だとさっき言ったでしょう? ノルド様がお決めになったことなのですから私達はその意図を汲んで働かなければ。それに……直前までお客様のお名前がわからないなんてことはよくあるでしょう? 便りが届いた次の日にお客様が到着するなんて日常茶飯事ではありませんか。何か困ることでもあるんですか?」
「っ……!」
イヴェットが聞くと、ドローレスは納得いっていないような表情でそっぽを向く。
ドローレスが口をつぐむと、休憩室にいる他のメイド達も話題に食いつき始めた。
「むしろカエシウス家なんてお金あって給金には困らないし、大きな問題起こさなければ解雇される事も無い最高に安定した場所よね」
「あ、でも少し前に没落した貴族が復権するって話ありましたよね!」
「南部のダンロード領で起きた事件を解決したってやつね……何て名前の家だったかしら……?」
「さあ? 貴族の名前なんて有名なところしか覚えていないものね……」
「元貴族が復権したり平民がカエシウス家に招待される時代かぁ……私もそんな星の下に生まれたらなぁ!」
「カエシウス家に仕えられる時点で充分裕福でしょうが、そこらの貴族よりでかい城で暮らしてるのよ私達」
「あはははは! それは確かに!」
お茶を飲み、お菓子をつまみながらわいわいと最近の噂話を話すメイド達。
四大貴族の使用人は待遇も良ければ休憩室一つとっても広く清潔であり、ミスティの計らいで使用人用の茶葉やお菓子なども用意されているので休憩中はまさに自由である。
スケジュールをじっと見つめる一人のメイドが続けて呟いた。
「この一週間って誰がこの平民のお客さんのお世話するんです?」
「極端に特別に扱うなとノルド様にご命令を受けているのだけど……どうしたものかと悩んでいるのよね」
イヴェットも立ち上がりそのメイドと一緒になってスケジュールを見ながら、うーん、と唸り始める。
平民が客人としてトランス城に招かれるのは初めてなことに加えて、ノルドからの特別に扱うなという命令の意味を図りかねていた。
命令そのものが特別なゆえに上級使用人である自分がつこうとも考えていたが……命令の意図を汲み取るならばむしろその逆なのか――?
「ならジュリアを世話係にしましょうよ」
「え?」
悩むイヴェットの背中に再びドローレスの声が掛かる。
そして次の瞬間には休憩室中の視線が、部屋の端っこに一人座っているジュリアというメイドに向けられた。
「へ……? え……?」
注目の的となっているジュリアというメイドは素朴な印象を持ったメイドだった。
髪を後ろにまとめており、鼻の上に少しそばかすのあるまだ成人もしていない小柄な少女。
何故自分の名前が話題に出たのかと、視線に困惑しながらきょろきょろとしている。
「ジュリアは私のすぐ後に入ってきた子だけど、まだ客の対応させたことなかったでしょ? 丁度いいんじゃない?」
「…………」
ドローレスが何を考えているのかはイヴェットにもわかる。平民の世話などしたくないから自分に指示される前に早々に担当を決めて逃げたいのだろう。
その意図に従うのは癪だったが、ノルドの命令の意図を決めかねているイヴェットにとっては新人のジュリアは悪くない選択肢だ。
命令に沿っていないようであれば自分が責任をとればいいだけであり、相手が平民なら新人のジュリアがミスをしてもカエシウス家の事業や交流には全く関係ない相手なので、比較的ミスを恐れずに経験を積ませるいい機会となる。
「ジュリア、どう? そろそろやってみる?」
「え、えっと……っ!」
ジュリアがおどおどと目を泳がせていると、ドローレスがきっと睨む。
ジュリアはその視線でびくっと体を震わせると、小さく頷いた。
「ならこの一週間はジュリアに頑張ってもらいましょう。いつまでも新人でいられるわけにもいきませんからいい機会です。私や他の子もサポートするので気負わず……教えたことをきっちりこなせばいいのよ」
「は、はい……イヴェットさん……」
イヴェットは震えるジュリアに歩み寄り、安心させるようにぽんと肩を叩いてやる。
ジュリアがその後ろを見ると、ドローレスがこちらを向きながら口元で笑っていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
第六部から話に出ていた帰郷期間編となります。




