440.待ち遠しい休暇
「おはえいー」
「おかりなさい、アルム」
学院でロベリア達と別れ、アルムが第二寮へと帰ってくると、共有スペースにはアイスを食べているエルミラとミスティがいた。
丸テーブルの上には紅茶の入ったティーポットに二人分のカップ、バニラアイスの入った二人分のガラスの容器があり、どうやら二人で夕方のティータイムをしていたようである。
「ただいまミスティ、エルミラ。紅茶とアイスは……合うのか?」
二人の座るテーブルに置かれた紅茶とバニラアイスをアルムはまじまじと見つめる。
この一年以上ミスティや他の皆とも一緒にティータイムを過ごしてきたアルムだが、この組み合わせは初めてだった。
「これが合うのよ。ミスティ、言ってやりなさい」
「ふふ、アルムはアフォガートはご存知ですか?」
「いや、全く」
「アイスにコーヒーをかけるのを主流とするデザートなのですが……紅茶やお酒をかけて食べたりもするんです。夏にぴったりでしょう?」
「へぇ……」
「香りが強かったり、クセがあったりする紅茶もこうすると楽しみやすくなったりするんです」
そういえば、とエルミラが食べているアイスを見ると、カップに入った紅茶と同じ色をしたものがバニラアイスにかかっている。
美味しそうに食べているエルミラを見て、アルムはこんな食べ方もあるのかと感心した。
もっとも、アルムがアイスを食べたのは当然ベラルタに来てからであるため、アルムの知らないアイスなどまだまだ山ほどあるのだが。
「どうアルム? 一口いる?」
「!!」
エルミラはミスティをにやにやと見ながら、アイスを掬ったスプーンをアルムに向ける。
そのからかうような表情は、ほら自分のアイスを使って止めてみなさいよ、と言わんばかりだ。
ごくり、とミスティはつい生唾を飲み込む。
自分の使ったスプーンでアルムに食べてもらうということは……。
「~~~~~~!!」
そんな心の準備は出来ていないと、無言の悲鳴をあげながら頬を赤らめるミスティ。
意を決して自分のスプーンを手に取ろうとするが、
「気になるには気になるが、遠慮しておくよ。今日の夜は冷えるらしいから」
ミスティの逡巡など知る由も無いアルムは子供のような理由で断った。
山育ちのアルムにとって天気や温度は重要な健康管理の指標なので大真面目な理由である。
「だってさミスティ」
「残念なようなほっとしたような……って何を言わせるんですかエルミラ! もう! もう!!」
「あはははは!!」
「……? 相変わらず楽しそうだな?」
よくわからないが、ミスティとエルミラが楽しそうなのでよしとするアルム。
二人の会話の意味を察することができる未来は果たして来るのだろうか。恐らくは来ないだろう。
「ルクスとベネッタは?」
「あー……魔法儀式してるわよ」
「え」
あの二人が? とアルムが聞く前にエルミラが続ける。
「最近学院終わった後とか二人でやってるわね。何かベネッタがやりたいんだって」
「そうなのか……知らなかった……」
「ええ、アルムには秘密の予定でしたから……エルミラが今言ってしまったので秘密ではなくなりましたが……」
ミスティの口ぶりから察するに、どうやらミスティも二人が魔法儀式をしていたことを知っていたようである。
うずうずとアルムの中の好奇心がうずき始める。見知った友人であり、力量も高い二人の魔法儀式など魔法オタクからすれば喉から目が出るほど見たいイベントだ。
「俺に秘密? な、なんでだ!? 是非見てみたいんだが……」
「あんたがそう言うから秘密だったのよ。ベネッタが恥ずかしいから見られたくないんだってさ」
「そうなのか……待て、なら何で教えたんだ?」
「何かアルムにだけ秘密にしてるの私が嫌だったから。それに、行っちゃ駄目よ、って言えばあんたは絶対行かないでしょ?」
そう言いながらエルミラがスプーンでアルムは指差すと、アルムはわかりやすく肩を落とした。
「それは……そうだな……見られたくないものを見るのはちょっとな……仕方ない」
「あんたたまに実技棟を見て回ったりする時あるから、やってる事を秘密にしとくより見ないように釘刺しといたほうがいいかなって。南部から帰ってきてから妙に気合い入ってるみたいだからそっとしといてやりなさい」
「ああ……」
沸き上がっていたアルムの好奇心がどんどんとしぼんでいく。
自分の好奇心は大事だが、友人が見られたくないと言っている事を無視してまで見ようとは思えない。
どうやらエルミラには完全に見透かされているようだった。
南部から帰ってきてから、というのは気になるが、ベネッタにはベネッタの考えがあるのだろうとアルムはきっぱりと諦める。
「エルミラはいいのか? 帰郷期間はルクスの領地に行くんだろう? 準備とかは無いのか?」
エルミラがルクスの領地に行くことはすでにアルム達も知っている。
アルムはエルミラも予定が出来てよかったと思う程度だったのだが、一緒に聞いていたミスティとベネッタの祝福っぷりは今でもアルムの記憶に新しい。
その時のミスティ達の喜びようは、下手をすればエルミラのロードピス家が復権すると聞いた時よりも喜んでいたのではというくらいの勢いでアルムが気圧されるほどだった。
「そうだけど、特に私が準備するような事は無いし……まぁ、マナーは不安だけどミスティに教わってるから怖いものなしって言わないよね」
「ここ数日熱心でしたからね、よく頑張っていたと思います」
「まぁね、これからは没落貴族じゃなくて貴族になるわけだし……表ではしっかりしないとだわ。その分あんたらの前ではいつも通りだけど」
「うふふ、エルミラが急に他人行儀になってしまっては寂しいですから……存分にいつも通りでいてくださいな」
「そういうあんたらは?」
エルミラはアイスの最後の一口を食べながら二人を指差す。
この帰郷期間はエルミラがルクスの領地に行くように、アルムはミスティの領地に行くのだ。
スノラもトランス城も一度行っているとはいえ、帰郷期間はほぼプライベートのようなもの。
エルミラとしては自分の緊張もあるが、アルムのほうもアルムのほうで心配なのであった。
何せ同じように四大貴族の領地に訪れるのだから他人事とは思えない。
「アルムは去年のお礼のためにカエシウス家が直々に招待しておりますから、エルミラが不安に思うことはありませんわ。すでにお父様にはその旨を伝えておりますし、トランス城では今頃帰郷期間中の予定が知らされているはずですから用意も万全かと」
「ふーん……そういうもん?」
思わせぶりなエルミラの様子にアルムとミスティは顔を見合わせる。
「いやさ。学院の貴族でさえ私やアルムに対して僻みみたいな声もあったわけじゃない? カエシウスって言ったらマナリル最高の貴族よ? 働いてる使用人とかカエシウス家と繋がってる貴族とかが平民を招待……しかも次期当主のミスティから招待されるって知ったら面白くないって思うやつも出てくるんじゃない?」
「そうなのか?」
ピンと来ていないアルムはエルミラの言葉をそのままミスティにパスする。
自分に向けられる敵意や殺意には敏感だが、悪口などに留まる嫉妬や僻みなどにはどうにも疎いのがこの男である。
ミスティは余裕のある微笑みのまま、エルミラの不安に答えた。
「普通だったらそうかもしれませんが、アルムがカエシウス家の恩人であることは去年の事件から周知の事ですし……それに使用人の皆さんや貴族の方々はそれこそあの日アルムに助けられた人達でもありますからそういった心配は無用かと。それに、アルムが滞在する日程の予定は万が一に備えてカエシウス家の中だけに留めておりますから」
「お、流石ミスティ。ちゃんと外の対策はとってるのね」
「念のためですね。アルムにはスノラでの滞在を楽しんで頂きたいですし、私も、その……アルムと過ごす時間は出来るだけ確保したかったので」
ミスティの雪のように白い頬がうっすらと染まる。
その柔らかい声と表情には帰郷期間への期待がこれ以上無いほど込められていた。
「うん、楽しんできてねミスティ」
「はい、エルミラも」
「頑張ってとは言わないでおいてあげるわ」
「そこは……はい」
笑い合うミスティとエルミラ。
二人の会話が共通した感情で繋がっていることはまだアルムにはわからなかったが……友人達が笑い合っているその光景がアルムにとっても尊いものだ。
「……スノラか。久しぶりになるな」
必然、話題の中心だった帰郷期間への期待も高まる。
アルムは無意識に北の方角を見つめて……他の学院の生徒と同じように帰郷期間を待ち遠しく思い始めた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
アフォガート家でやったらおいしかったです。




