439.帰郷期間
からっとした日差しが目立ち始めた夏の季節。
マナリル南部ダンロード領で起きた事件から少しして……第一寮が雷で焼かれるなどの事態もあったもののベラルタも日常へと戻っていた。
活気ある街並み、門での厳重な検査に辟易する商人、そしていつも通り学院へと向かう生徒達。
ベラルタ魔法学院ではいつも通り、日々魔法使いになる為の経験を積むべく通う生徒達が研鑽を続けている。
しかし、この季節になると生徒達の関心は魔法とは別にもう一つ……この季節恒例の"帰郷期間"にも向けられていた。
帰郷期間とは貴族達が自分の家や領地に帰り、貴族としての事業や領地運営の勉強と里帰りを兼ねた一か月――移動時間を含めて最長一か月半――の休暇のことである。
慣れない寮暮らしでホームシックになってしまう一年生に訪れた癒しの長期休暇であり、慣れた二年生にとっては一年頑張った成果を里帰りしながら実家に報告できる機会であり、各地を飛び回る三年生にとっては本格的に魔法使いへの一歩を踏み出す前にくつろぎ、今一度自分を見つめ直す機会にもなったりする。
そして共通して……学院で繋がりを持った生徒達同士にとって、さらに交流を深めるきっかけになるイベントでもあるのだった。
「よければ、最後の数日間うちの領地にいらっしゃらない? 入学から今日まで仲良くさせて頂いていますし……パーティなどは開けませんが、お礼も兼ねて是非招待させてくださいませんこと?」
「私みたいな下級貴族がそんな、畏れ多いといいますか……」
「何を言ってるのです。家柄など関係なく……」
「よ、よければ、き、き、帰郷期間を……」
「おいおい、馬鹿は言わないでほしいね。僕の家に君みたいな下級貴族を招けるわけないだろ」
「あなたのとこ、自立した魔法が動き出したって聞いたんだけど大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないですよ……一応動くルートは村から離れていますが、調査はしなければいけません」
「私のとこの記録とか参考になる……? 家絡みは無理だけど、私だけでも協力しようか?」
「本当ですか!? 是非!」
必然、このような帰郷期間の過ごし方についての会話が学院の至る所で繰り広げられることとなる。
各々思いを馳せながら、生徒達は帰郷期間をより有意義なものにしようと動いているのだ。
上手くいく者もいかない者も、これからの人間関係が少なからず変わっていくことだろう。
ベラルタ魔法学院が実力主義であり、生徒達を頻繁に各地に向かわせるため勘違いされがちだが……貴族にとって学校とは教育を受ける場というよりも他の家との繋がりを深めたり、新しい交流を増やすという意味合いのほうが強い。領地に赴く招くという話をいくらでも切り出せる帰郷期間前はわかりやすい機会であろう。
もっとも……魔法戦の経験値を手軽に積めてしまうこの学院は、浮かれて訓練をサボりでもすると、いつの間にか見下していた隣の生徒に抜かれていた……なんてことも有り得るのが恐いところである。
「だぁああああ! むかつくううう!!」
「ふぅ……まだまだですね」
その魔法戦の経験値を手軽に積める魔法儀式を行っている薄紫の髪をした兄妹が一組。
四大貴族の一つパルセトマ家の双子であり、今年ベラルタ魔法学院に入学したライラックとロベリアの二人が実技棟で魔法儀式を終えたところだった。
ロベリアは床に倒れたまま悔しそうに足をばたばたとしており、ライラックは一息つくように額を拭った。
どちらが勝ったのかは言うまでもない。ライラックがロベリアに手を差し伸べると、ロベリアはその手を悔しさの勢いのままはたく。
「がるるるる!」
「そんな威嚇をしようとも、あなたがやると可愛いだけですよロベリア」
「うるさい! バカ兄貴!」
そっぽを向くロベリアにやれやれ、とライラックは呆れた表情を浮かべている。
普段ならばこんな風に感情をむき出しにして悔しがらないだろうに、という妹の心境を察しての表情だった。
何せ二階の観客席のほうには、
「お疲れ様ロベリアちゃーん!」
「お疲れ。ロベリア、ライラック」
二人の同級生であり、家名主義だったロベリアが初めて家柄などを考えずに出来た友人であるフレン・マットラトと……ロベリアが家名主義を見つめ直すきっかけになった張本人であるアルムがいたからだった。
「っくしょう……! アルム先輩とフレンの前で恥かかせやがってぇ……!」
「私も兄としてまだまだ妹に負けるわけにはいきませんから」
「兄貴なら妹に少し花を持たせようとか思わないのかよ!」
「あなたそういうの嫌いでしょうに」
「それはそれとしてむかつくのよ!」
ロベリアとしては、ライラックへの文句が理不尽とわかっていながらも文句を吐き出さざるを得ない。
二人にいいところを見せたいという乙女心がやる気を出したかと思えば、そんな乙女心を本気で阻んでくる実の兄の姿があまりにむかついたのである。
その実の兄であるライラックは、ロベリアのその微笑ましい変化と怒っている姿のどちらもが喜ばしく思っているので愛が悪い。
「どうでしたかアルムさん」
「力量が拮抗してて見てて気持ちがよかった。わざわざ見せて貰って悪かったな、二人が定期的に魔法儀式しているって聞いてつい頼み込んでしまった」
「いや、それはいいんすけど……でもうちが勝ったとこ見て欲しかったっす……」
観客席に上がってきた二人にアルムが声をかけると、ライラックはともかく、ロベリアは子犬のようにしゅんとしている。さっきまでライラックにぶつけていた苛立ちはどこへやらだ。
「ロベリアちゃんてばアルムさんが今日来るって張り切ってたんですよ」
「そうなのか?」
「フレン! あんたねぇ!!」
「きゃー! ロベリアちゃんに襲われるー!」
ロベリアの気合いの入りようをさりげなくばらすフレン。
顔を赤らめるロベリアを他所にアルムは何故だろう、と首を傾げている。
「よくわからんが……魔力量はロベリアのほうが上だから、勝ちたいならもう少し大胆に魔力を"充填"したほうがいいんじゃないか。少なくとも、威力の面で押し負けることは減ると思う」
「え? うちのが魔力多いん、ですか?」
「ああ、ロベリアはもうそろそろ魔力を閉じれるようにならないといけなさそうだな」
「兄貴のほうが上だと思ってたっす……何か微妙に相殺できない時が多いから……」
ロベリアが魔法儀式の際に感じていた印象を伝えると、アルムは頷く。
「ライラックのほうが"変換"の技術が高いからな。後出しで相殺しようとするとイメージが追い付かないんだろう。ロベリアの魔力で一対一なら打ち勝つくらいの勢いで"充填"と"変換"をすると優位がとりやすいかもしれない。あくまで一対一の時はな」
「な、なるほど……勉強になります……! 他には何かあったり、しますか?」
「大したことは言えないが……魔力量を活かす方法としては――」
アルムのアドバイスに真剣に耳を傾けるロベリア。
その様子を見てロベリアを知るライラックとフレンの二人は顔を見合わせる。
ライラックの閉じているような細目から覗く薄紫の瞳とフレンの桃色の瞳がばっちり合った。
(いつもと違うロベリアちゃんも可愛いですねお兄さん)
(そうだろう?)
知り合って短いながら、ロベリアを通じて仲良くなった二人。
背後にいる兄と友人がロベリアのことなら視線で会話できるまでになっている事などロベリア本人が気付いているはずもない。
それはさておいて、アルムからのアドバイスをロベリアが聞き終わると、ライラックが話を切り出した。
「そういえばアルムさん。帰郷期間はパルセトマ領に来ませんか?」
「俺がか?」
「はい。帰郷期間といっても私とロベリアはまだやる事も少ないですし、お礼やお詫びも兼ねて是非案内させてください」
ライラックの提案にロベリアは内心で喜びながら、ライラックへの評価が急上昇していく。
自分では少し気恥ずかしく、どう誘ったものかと二晩悩んでいたことをライラックは代わりにさらっと言ってくれたのだ。
何て素晴らしい兄を持ったのだろうとロベリアは尊敬の眼差しでライラックを見つめ始める。
ロベリアは初めてライラックが兄であることを心から感謝するが――
「ありがたい話だが……すまない、帰郷期間はもう予定があるんだ」
「そうでしたか。それは残念です」
アルムの返答を聞いた瞬間、ライラックへの短い感謝の時間は終わりを告げた。
決してライラックが悪いわけではないのだが、やっぱ兄貴は兄貴か、と妹らしくも理不尽な失望の視線がライラックへと突き刺さる。
「あ、アルム先輩……ちなみにどんな予定がある、んですか?」
「ああ、ミスティにカエシウス領に誘われているんだ。去年のお礼もしたいってことで……西部や東部はベラルタから比較的近いが、北部は山越えをしないといけなくて遠いからな、ライラックやロベリアの領地にも行ってみたいが流石に時間がとれないと思う」
「そう……すよね……」
カエシウス領に行くと聞き、ロベリアは肩を落とす。
せめて他の領地の貴族とであれば一緒にパルセトマ領に来てください、などと言う事もできたが……カエシウス家が住むトランス城のあるスノラは北部最大の観光地であり、ミスティはすでに当主継承が決まっているカエシウス家の次期当主。
この時期にパルセトマ領を訪問するとは思えない上に……ミスティがアルムに入れ込んでいるのは、以前ミスティと会話した時に嫌というほどわかっている。恐らくスノラで過ごす時間を譲ったりしないだろう。
「はぁあ……やっぱミスティ様かぁ……」
「私で我慢してね、ロベリアちゃん」
「我慢なんて……フレンが来るのもちゃんと、その、う、嬉しいけど……それはそれとして残念って話で……」
「……がわいい」
「ちょっ……!? フレン鼻血出てる!」
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お待たせしました。第七部更新開始となります。
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