プロローグ -答えを知る者-
雪のような幻と、氷とともに現れて。
そうさ、歩けば北の国。
あそこに見えるはスノラの光。
かつての名前は白きトランス、もう無い国の名ラフマーヌ。
僕らの姫様はどこにいる?
見つけたあそこだお姫様。
あれれ変だぞ二人いる?
冠載せた二人いる?
林檎を食べた変わり者。雪の上立つ孤独な待ち人。
どっちがほんとのお姫様?
いつか絶対わかるのさ。
あっという間にわかるのさ。
青と白の冠が――
「何を歌っておられるのですか? "スピンクス"様?」
静かな夜を、少しだけ賑やかにしていた楽し気な歌声が途切れた。
ダブラマ国リオネッタ邸。
長い廊下の行き止まりで窓の外を見ていた女性……魔法生命スピンクスはマリツィアの呼びかけに振り向く。
白のヴェールの中から覗く物憂げな表情、艶やかな紺色の瞳と流れるような長髪。
窓の近くで月光に照らされるその美貌は夜の女神のようだが、何故か月よりも日の下にいなくてはならないような気がした。
「それは……謎掛けですか? 答えなければ、殺されますか? 答えてしまったら、自死されますか?」
スピンクスがそう問い返してきて、マリツィアはくすっと笑う。
最初に聞いた時は物騒な問答だと思ったものだが、ある程度の付き合いになると慣れてくる。
「純粋な興味です。どちらもありえませんのでご安心を」
「そうでしたか……。早とちりしてごめんなさい……。歌がうるさかったですか?」
「いえ、そんなことはありません。廊下に出た時に聞こえてきただけですから」
スピンクスはほっとしたように微笑むと、再び窓の外に視線を移す。
ダブラマではよく見かける白と茶を基調とした建物が並ぶ町並み……ではなく、もっと先を見ているようだった。
「今のは、スノラの童謡……らしいです……」
歌っていた割には知っているのか知っていないのか微妙な答えだった。
マリツィアは思い出すように顎に手をあてる。
「スノラ……カエシウス領の? しばらく滞在していましたが、そんな歌詞では無かったと記憶しておりますが……? もう少し子供らしいといいますか……」
「そうなのですね……。では、これは変わる前の歌詞ということでしょう……」
覚え間違いの可能性など微塵も疑わない。
そんなことは有り得ないとスピンクス自身がよくわかっている。
「私の中に出た答えはこうした歌詞でしたから……」
「あなたの中に答えが出たという事は……まさか、スノラで何かが起こるのですか?」
ふるふる、とスピンクスは首を横に降る。
「いけませんよ……マリツィアさん……。人間はすぐに自分が思い描きたい過程と結果を都合よく繋げてしまう……。スノラの歌が答えとして出たからといって、何かがスノラで起きるわけではありません……。私の中に浮かぶ答えはあくまで情報……。人間の未来を予測する予言でも無ければ、神の権能でもない……。先の答えを紐解くのは私のような怪物ではなく……不完全で脆弱な人間なのですから」
スピンクスの瞳が見ているのは二人の人物。
その二人とマナリルに何が起こるのかを、この魔法生命はすでに見ていた。
だが、見えるのはあくまで"答え"という情報だけ。人の世がどちらに傾き、そこに居合わせる人がどんな選択をするのかはわからない。
訪れる試練を越えられるか超えられないかはその場にいる人間次第。
人の世は美しさも醜さも総じて許容する。そうでなければ、人間は存在し得ない。
「魔法生命になった甲斐があるというもの……。人の世はどこの世界でもこうして、素晴らしい分岐点に立つ方々で満ち溢れている……。魔法の創始者、ダブラマの王、アオイ・ヤマシロ、アルム、そして……此度、試練が訪れる御方……」
人の世を庇護する者であり、人の世を脅かす者。
人を殺す者であり、人を殺したくない者。
矛盾を共存させるその性質がその魔法生命に微笑ませた。
「なればこそ、衝動に恐怖していただけの私も表舞台に立ちましょう……。答えを知るべき者達のために……。すでに舞台に上がっている方々と、舞台に上がっていない方々のために……」
唯一、全てを知っている魔法生命の笑みはどちらに転ぼうとも損なわれない。
人の世がどんな一途を辿ろうとも、ただそこにある人の世を慈しむ者であるがゆえに。
人の世はいつでも試練に満ちている。
謎掛けなど無くとも、常に生と死の選択肢。
最後の時が来るまでに、人はどれだけ天秤を傾け続けることが出来るだろうか。
「さあ……マナリルの皆様方……どこまで辿り着いていらっしゃいますか……? 全てを知るスピンクスが問いましょう……」
仲間外れ……だーれだ?
神様の話ではありませんよ、とスピンクスは念押して……静謐に消えていった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
お待たせしました。第七部『氷解のミュトロギア』の予告を兼ねたプロローグとなります。
更新は来週の火曜日からとなります。相変わらずの長さになると思いますが、読者の皆様にお付き合い頂けると幸いです。




