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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第六部:灰姫はここにいる

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幕間 -リオネッタ家の地下室-

「マリツィア」

「あら、ルトゥーラさん」


 夏も間近という季節に、冬のような寒さがそこにはあった。

 その部屋は部屋というには広すぎる広々とした空間で、壁から天井に至るまでフレスコ画で埋め尽くされていた。

 壁には三段に等間隔で並べ慣れた棺が置かれており、壁には三段目に置かれた棺を引き出すための階段まで用意されている。

 中心には、人一人を寝かせられるくらいの古めかしい台座のようなものが置かれており、その台座の傍らにはダブラマの魔法使いマリツィア・リオネッタがいた。

 黒いレースのドレスのような服を纏っており、桃色の髪の上には黒いヴェールを被っている。

 どうやら台座の上で何か作業をしているようで、来客のほうをちらりと見るだけで歓迎している様子はない。


「申し訳ありませんが、(わたくし)はコレクションの整理に少しばかり忙しいので用件があるようでしたら手短にお願い致します」


 ここは死体安置所? あるいは共同墓地(カタコンベ)? どちらでも無い。

 ここはリオネッタ家の……マリツィアのコレクションを保管している地下室。

 部屋にある棺の半分には彼女が集めた魔法使いの遺体が眠っている。

 先代が保有していた四体という数を優に超え、三十を超える遺体はそのままがマリツィアの戦績であり、彼女をダブラマの第四位にまで上り詰めさせた功績である。


「ちっ……相変わらず悪趣味な女だな」


 ルトゥーラと呼ばれていた来訪者は顔をしかめて呟いた。

 ルトゥーラ・ペンドノート。マリツィアと同じく王家直属魔法組織の一員であり第三位に位置づけられる魔法使いである。

 リオネッタ家の使用人に着させられた黒い礼服の似合っている赤い髪をした長身の男だった。

 その呟きに、マリツィアは手を止める。


「他の場所でならともかく、この場所で(わたくし)を侮辱するというのなら……コレクションになるお覚悟はおありですよね?」


 桃色の瞳に、黒い輝きが集まっていく。

 コレクションルームには、マリツィアに敗北した遺体が眠っている。

 この場でマリツィアを侮辱するという事は、マリツィアに敗北してしまったここにある遺体全ての生前を侮辱する行為に等しい。

 それをしていいのは、全ての遺体を記録を見ているマリツィア・リオネッタという女王のみ。

 この場でなければ聞き流そう。受け入れよう。

 だが、この場でだけはマリツィアこそが正しく、頂点でなくてはならない。

 授けられた『蒐集家(コレクター)』の二つ名に恥じぬためにも、マリツィア自身の魔法使いとしての信念のためにも。


「……悪かった、いつもの癖でついな」


 ルトゥーラが素直に謝罪すると、マリツィアは再び手を動かし始めた。


「わかってくださればいいのです。ここを出ればいくらでも侮辱して頂いて結構ですので」

「いや、いつものも俺達のコミュニケーションみたいなもんだろが……」

「ええ、わかっております。だからこそ場を考えてくださいませ」


 めっちゃ怒ってるな、と作業に戻るマリツィアを見てルトゥーラは反省する。

 死体を操るという常人からすれば冒涜や異端に映る魔法を使うというのに、このマリツィア・リオネッタという人間は自分の信念には正直な魔法使いなのである。


(殺す前は大して興味ない癖に殺した後はちゃんと向き合うんだからおかしなやつだ……)


 このコレクションルームに入る前にルトゥーラが黒い礼服に着替えさせられたのも、マリツィアがここに入る服装を厳格に指定しているからである。

 ルトゥーラは友人への愚痴を心の内で吐くと、ここに来た用件を話し始めた。


「スピンクスからの伝言だ。何かの魔力残滓が消えたってよ」

「まさか……百足のですか?」

「いや、百足ならわかるから違うらしい。スピンクス曰く、自分が会う前に死んだ魔法生命の魔力残滓がマナリルで消えたんじゃないかってよ。心当たりあるか?」

「いえ……元々彼らは他の魔法生命についてあまり興味がありませんから……そういった話は(わたくし)が取引していた時にも聞かされておりません」

「そうか。なら邪魔になりそうな可能性が一つ消えたってことで終わらせとくか……マナリルに情報求めたらふんだくられそうだしな」

「そもそも、マナリルから連絡も途絶えていますからね。もしかすれば秘匿したい情報なのかもしれません……この大事な時期に無理に探るのはやめておいたほうがよいでしょう」


 マリツィアが作業する台座の上には一人の女性の遺体が寝かされていた。

 作業と言っても、マリツィアはただその手で遺体を撫でるように触れているだけ。

 だが、それこそマリツィアの血統魔法にとっては重要なことだった。


「マナリルってことは……またあのアルムってやつかね?」

「どうでしょうか。魔法生命本体ならともかく、魔力残滓まで無属性魔法でどうこうできるかどうか……まぁ、アルム様ならやれてしまいそうでもあるのが恐ろしい所です」

「お前のお気に入りだもんな」

「お気に入りなどではありませんよ」

「おいおい、記録用魔石のグレイシャとの戦いをあんなにはしゃいで見てたじゃねえか。ダブラマの教育係として引き抜こうって提案までしてたしよ」

「ええ、無属性魔法で戦える手段があるとすればダブラマにとっても有益でしょう? それに、まぁ……尊敬はしておりますので」


 しっかりと受け答えしつつも、真剣な表情で台座の遺体を見つめるマリツィア。

 ルトゥーラは真剣に作業するマリツィアの邪魔にならぬよう、ゆっくりと歩み寄る。

 台座の上に寝かされた遺体は赤い髪をした女性だった。


「いつもの身体汚染ってやつか? 鬼胎属性の魔力を流すやつ」

「いえ、それはすでに終えているのですが……妙な反応があったのでチェックしているのです」

「妙なって? 遺体が何か反応すんのか?」

「ええ、遺体に近しい人物や記録に関わることがあるとそういった事が起きますね……とはいっても、この遺体はすでに火葬予定なので不備がないかも兼ねています」

「コレクションじゃねえのか?」

「はい、数年前にダブラマに情報を売りに来た方なのですが……名前も出自も不明でしたので念のために保管していただけです。今改めて記録を見ているのですが、やはり有益な情報は無さそうなのでこのまま火葬するかと」


 ルトゥーラが台座の横を見れば、(しに)化粧(げしょう)用の化粧品がいくつも置かれている。

 遺族が居合わせるわけでもないのによくやるな、とルトゥーラは思うが……口に出せばマリツィアが何て言い返してくるのかはわかりきっているので口には出さなかった。


「あん?」


 それよりも、ルトゥーラは台座の上にある者を見てつい声を上げてしまった。

 化粧品の横には何故か小さな宝石が二つ置かれていたのである。


「これなんだよ?」

「この方の持ち物ですよ。火葬する際に一緒にいれますので」

「ああん!? なんだそりゃ!? もったいねえ!」

「勿体ないかどうかは(わたくし)が決めることです。リオネッタ家が敵から奪うのはあくまで遺体と記録のみ。金品を奪うために死んでもらったわけではありませんから、この方が地に還るのであれば当時の持ち物もお返しするのが当たり前です」

「ったく……真面目だねぇ……」


 ルトゥーラに呆れられながらも、マリツィアは遺体の記録を読み取り続ける。

 ダブラマに来る前はマナリルで酒に宝石、装飾品に豪奢なドレス、そして男と……贅沢をして各地を回っていた記録がある。そこから金が尽き、関係を持っていた男にも見限られ、顔を出していた店や人から嘲笑されながらマナリルを出国したらしい。そしてダブラマの国境を越えてマナリルの情報を売ろうとしたが、その情報も大したものではなく当時十五歳だったマリツィアに殺された記録が最後となる。

 もしかすれば殺された時に持っていた宝石は最後の財産だったのかもしれない。


「……もう少し見てみましょうか」


 さらに遡って、この遺体が最も自分を着飾っている時期にまで辿り着いた。


「家族はいらっしゃったようですが……」


 空っぽの御屋敷。泣いている少女。

 その二つとは正反対に、記録の持ち主であるこの遺体の女性は煌びやかなドレスに毛皮のコートを羽織り、宝石が輝く指輪やネックレスでこれ以上ないほど着飾っていた。

 記録を見ているマリツィアのセンスとは程遠く、悪趣味ですね、とつい呟く。


"お母さんの娘だよ? 私がいるよ?"


 懇願する少女の声。

 娘と言っているところを見ると、この遺体とは親子なのだろう。


"あなたがいるからなんだっていうの?"


 そんな娘の懇願をこの遺体の声は残酷に切り捨てた。

 マリツィアの表情は一気に冷たくなり、遺体の記録の中に見える少女が涙を流し始めて、これ以上見る価値は無いと遺体の記録を見るのをやめた。


「どした?」

「いえ、糞の記録を見るのは不快だなと思いまして」

「はは! お前がそんな事言うってことはこの女相当やばかったんだな?」

「ええ、死化粧すらしたくありませんが……それは(わたくし)の理念に反しますので手早く終わらせるとしましょう」


 ため息をついて、マリツィアは仕方なさそうに化粧品に手を伸ばす。

 ふと、記録の中に見えた少女の顔が頭によぎった。


「はて……誰かに似ていたような……?」

「あん?」

「ああ、いえ……こちらの話ですのでお気になさらず」


 なんにせよ、この遺体は自分の家族を捨てるどころか、その家族から宝石と財産を全て掠め取って出て行ったらしい。


「あなたに……(あか)は似合いませんね」


 マリツィアは遺体に向けて最後に語りかける。

 この遺体が助けてと言う権利すら失っていると知って、マリツィアは遠慮なく火葬の準備を進めるのであった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

とある女性の末路でした。二度と会う事も無く、誰かに偲ばれることもありません。


感想で色々な方に教えてもらって気付いたのですが、ついに500話を突破しました!

めっちゃ書いたなぁ、と改めて思わされた数字です。ここまで書いてこられたのも皆さんの応援あってこそ……これからも白の平民魔法使いをよろしくお願い致します!!

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[良い点] あちゃあ エルミラが母の言葉の呪縛から綺麗サッパリ抜け出したから妙な反応があったのかな マリツィア強いなぁ魔法使いボッコボコじゃないですか ルトゥーラ!3位! [気になる点] 答えをス…
[良い点] エルミラ推しだから、エルミラの母が死んだ後とはいえ世界一(血統魔法だから他に似たのなければ一番なはず...)の葬儀屋(マリツィア)に嫌われてざまぁっ!!って言いたくなるけどエルミラ的には大…
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