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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第六部:灰姫はここにいる

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エピローグ -私がいたい場所-

「じゃ、じゃあルクスくんの無事とボク達の任務達成を祝しまして! かんぱーい!」


 研鑽街ベラルタのミスティ宅。

 ぎこちないベネッタの音頭で集まった全員がコップを持ち、そのまま声を合わせて乾杯をする。

 とはいっても、パーティのようなものをするわけではなく単純に晩御飯を一緒に食べるだけの会である。

 なにせ……ここに集まったのは南部での任務を終えたアルム達に加えて、ルクスの容体上アルム達の任務についてを知ったサンベリーナとフラフィネの七人。

 いくらミスティの使用人であるラナが有能であるとはいえ、情報すら無い貴族を含めた七人それぞれの好みに合わせてパーティ用の料理を一人で作るのは責任が重すぎる。

 そこで全員が自由に、そして好き勝手に食べるという趣旨で、祝いと称しながらもただの夕食会となったのである。

 参加者がコップを軽く合わせると、机の上に用意された火の魔石が設置された調理器具に、エルミラが魔力を通し始めた。


「あ、エルミラ……魔力が多すぎです!」

「あち! あち!」


 込めた魔力が多すぎたせいか、魔石から三十センチほどの火柱が出てくる。

 横でミスティに見てもらいながら、エルミラは込める魔力を減らし始めた。


「もう……何やってますのエルミラさんたら」

「どんだけ気合い入れてるし」

「うっさいわね! 貧乏貴族にこんな魔石の使い方わかるわけないでしょ!」


 エルミラはサンベリーナとフラフィネの軽い野次に言い返しながらも、見事魔力を調節する。


「失礼致します。食材と油をお持ちしました」


 そこにタイミングばっちりで油の入った鍋を持ったラナと、乾杯の後すぐにキッチンに向かい、食材の乗ったいくつかの皿を持ってきたアルムが皆が集まるリビングに入ってきた。

 ラナの持った鍋は火を出している火の魔石の調理器具の上に、アルムがテーブルの上にいくつかの皿をゆっくりと並べる。


「申し訳ありませんアルムさん。本来このラナの役目だというのに、運ばせてしまったばかりか、食材を切るお手伝いまでして頂いて」

「いえ、早めに着いて持て余してましたから。それに切るのだけは得意なので」


 並べられた皿の上にあるのは串の刺さった食材達。つまり今回の夕食は串揚げである。

 用意されているのはエビ、イカ、ホタテといった海鮮、かぼちゃ、たまねぎ、ナス、ポテト、山芋などの野菜、他にもヴルストや豚肉、アスパラガスの肉巻き、チーズ、ラナの作った肉団子など様々だ。

 全て食べやすいサイズになって串に刺さっており、ミスティ宅に早めに着いたアルムが切ったものである。カレッラで魔獣を狩り、その肉を捌いていたアルムにとっては食材を食べやすいサイズに切るなど造作も無い。


「ベネッち、これってどうやるし?」

「こう、油に入れて待つんですよー」

「では私も……こうでしょうか……。油が泡立つ音がなんとも小気味いいですわね」

「ルクス、どれ食べる?」

「こういっぱいあると全部食べたくなるね……不思議な料理だ」

「あ、アルム……! これは一体どのくらい待てばよろしいのでしょう?」

「ミスティ、待ってる間ずっと串を握りしめてなくてもいいんだからな?」


 ラナがパン粉や各種調味料を持ってくる間、ミスティやルクス、サンベリーナといった上級貴族達は興味津々だ。

 使用人を雇えない家もある下級貴族とは違い、上級貴族は調理をする経験などあるはずもなく、自分の手で作りながら食べるといった珍しい形式に心を躍らせているようである。

 ルクスの無事だとか、アルム達の任務達成祝いという体はもうどこへやらである。


「そういえば、エルミラさんは何処に領地を頂きますの?」

「さあ? そういう細かい話はまだなのよね……いただきまーす」


 揚がった串にラナが用意した調味料を付け、はふはふと口内を冷ましながらどんどんと進んでいく。

 皆の表情を見れば満足なのは言うまでもない。

 次の串はどんな風になるのだろうと、雑談に興じながら各々手を伸ばしていく。

 ホタテがとてもおいしいと言うミスティ、玉ねぎが甘いと言うベネッタなど……各々のオススメが出来上がり、それを聞いてまた食が進んでいく様は友人同士で食べなければ味わえない感覚かもしれない。

 七人は各々選んだ串を次々鍋へと入れていった。七人もいるととりあえず美味しそうなのを入れていけという雰囲気である。


「北部の可能性はあるよねー。まだ残ってる領地あるしー」

「ああ、北部は確かネロエラとフロリアが調査した土地がいくつかあるんだったな」


 アルムが呟くと、チーズを串と口の間で伸ばしながらフラフィネが言う。


「でも一から北部って……ハードル高いし?」

「フラフィネさんの仰る通りですわ。北部はいいところではありますが、農耕で収入を得るのが難しくなりやすいですから」

「まぁ、それであの広大な北部を今まで維持し続けてたカエシウス家がおかしいんだけどね……同じ四大貴族だけど、僕らがやるには荷が重いよ」 

「ふふ、難しくなりやすいというだけで方法が無くはありませんから。それに補佐貴族の方々がそういった方面に優秀でした」


 ミスティはルクスに謙遜を、と言われながら二本目のホタテに手を伸ばす。

 お嬢様の繊細な舌も油のダイレクトなおいしさに大層ご満悦な様子であった。アルムに見られていそいそと口元を隠す仕草も何処か艶やかだ。


「西部ってどうですの? 詳しくはありませんが、確かロードピスは元々西部の家でしたわよね?」

「ロードピス家の領地だったとこはもうパルセトマ家のになってるから……あー……リニスのアーベント家の領地が空いてるかも?」

「ああ、剥奪されたのは去年だから有り得るね。そうなると東部の元プラホン領も有り得るのかな……今は国領のはずだし……」

「アルムくん、プラホンって誰だっけー?」

「ほら、【原初の巨神(ベルグリシ)】の山の近くにあった村で……」

「あー! あの人!」

「ま、そこはどこ貰っても頑張るしかないって感じよねぇ」


 七人は雑談が進むとともに串を次々と入れていき、手元の炭酸水で喉をすっきりと潤す。

 さあ次の串をとなった時、全員の手が一瞬止まり……エルミラは呟いた。


「どれが私のだっけ……」


 七人の心中を代弁するかのような呟き。

 どれも結局美味しいからと入れながら、そして雑談にも夢中になり……どれが自分が入れた串なのかわからなくなったのである。


「この際、どれをとってもよろしいのではないでしょうか?」

「それもそうね! これ頂き!」

「あ、それ僕の……かも?」

「ルクスのか。なら遠慮なく貰って大丈夫ね」

「どういう意味だい!?」


 そんな、和気藹々? とした雰囲気なまま……本当にただ楽しむだけとなった夕食会は進み、食材の乗る皿が空になってからも雑談だけが続いていった。

 魔法生命によって脅かされた命や命懸けの戦いから、日常に戻るように。








「今夜はご馳走様でした。先にお(いとま)させて頂きますね」

「何かうちとか何もしてないのに呼んで貰っちゃって……」


 夜更けになるかどうかという時間になって、サンベリーナとフラフィネは泊まらずに第一寮に帰るらしく、一足先に帰り支度をすませていた。

 二人を誘ったのはエルミラとベネッタなので、二人を見送るべく玄関先までついていくる。


「二人とも悪かったわね誘って。特にサンベリーナとかルクス嫌いなのに」

「美味しかったから問題ないし」

「お友達であるエルミラさんのためですもの。多少は構いませんわ。なにせ私は懐が広いですから」


 サンベリーナは得意気にお気に入りの扇を音を立てて開く。

 そしてちらっとエルミラに目配せした。


「それで、答えをお聞きしてもよろしいですか?」

「え? なんの?」

「南部に出かける前にお誘いしたでしょう? 帰郷期間に私の領地でスイーツ巡りをしませんかと」

「あー……そうだったわね」


 サンベリーナに言われて、エルミラはそんな事もあったなと思い出す。

 エルミラ本人は社交辞令だと思っていたのと、悪夢のせいでそれどころではなかったのが重なって完全に忘れていたようだった。


「まぁ、答えは聞くまでもないですが」

「え?」

「いらっしゃらないんでしょう? とても残念ですけれど」


 サンベリーナはエルミラの後ろの奥……リビングに微かに見えるルクスのほうを見た。

 エルミラもリビングに座るルクスのほうを少しだけ見て、


「うん、悪いわね」


 サンベリーナに笑い掛けながら、そう答えた。

 そう、二年目の帰郷期間をどう過ごしたいかはもう自分自身よくわかっている。


「本当に残念ではありますが……またの機会ということで。今度もまたお友達としてお誘い致しますね」

「うん、ありがとねサンベリーナ」

「私が皆様と行きたいだけですからお礼を言われるようなことは……」

「いや、誘ってくれたのもそうだけど……ほら、ルクスを助けてくれたことも。ありがと」

「……それこそ、お礼を言われるようなことはありません」


 サンベリーナはエルミラに礼を言われると、湧き上がってくる感情をぐっと抑えてエルミラに背を向ける。

 フラフィネにだけは、その気持ちが分かった。

 あの日、ガザスでエルミラの背中に心動かされた者同士。エルミラにお礼を言われるというのはそれとなく特別なのだ。


「私はただ、正しいと思ったことをしただけです。たとえ私の行動が無駄だったとしても……そうしたかっただけです。あの日のあなたが、そうさせたんですよ」


 背中越しにそう告げると、サンベリーナはそのまま第一寮のほうへと歩いていってしまう。

 その後ろをフラフィネはエルミラに手を振りながら着いていった。


「じゃ、うちもおやすみだし」

「ボク、サンベリーナさんとフラフィネさん送ってくるねー! お先におやすみー!」

「あ、うん……三人ともおやすみ」


 エルミラの横からベネッタもサンベリーナを追いかけるように着いていった。

 遠目ではわからないが、サンベリーナにフラフィネがよかったね、などと言うような声が少しだけ聞こえてきたが……やがて丘を下りていった三人の声は聞こえなくなった。


「あれ、ベネッタは?」

「二人のこと送るって一緒にいったわ……こっちもアルムとミスティはどうしたのよ?」


 三人を見送ってリビングに戻ると、リビングにはルクスが一人だけ残されていた。

 テーブルの上の鍋や皿が片付けられているところを見ると、アルム達は片付けしに行ってるのだろう。


「キッチンのほうに行ったよ。ラナさんを手伝うって……僕は病み上がりってことでここに座っておけってさ」

「ふーん、主役が一人置いてけぼりにされてるのちょっと笑えるわね」

「ははは、確かに」


 リビングを横切って、エルミラはルクスの隣に座る。

 本当に、驚くくらいにリビングは静かだ。

 先程まで騒がしかった影響もあるだろうが、まるで夜の静けさがリビングにまで入ってきたかのような。

 エルミラだけは、この静けさの一端が自分の緊張にあるのだと理解していた。

 隣に座ったものの、エルミラの目がうろうろと泳ぐ。

 何をすべきかわかってはいるものの、いざ実行するとなると難しい。

 それでも、意を決してエルミラは口を開いた。


「あの、さ」

「エルミラ」


 二人の声が被る。

 互いに先にどうぞと手でジェスチャーするが、その動きも被ってしまった。

 エルミラもルクスもそんな自分達がおかしくて、吹き出すように笑ってしまう。


「じゃあ僕から。今回は本当にありがとうエルミラ……助かった」

「何回も聞いたってば。私が勝手に動いただけよ」

「うん、それでも……僕の家の問題に巻き込んだみたいなものだから」

「……うん」


 今回の事件の発端となった出来事をエルミラはルクスに伝えていた。

 無論、トヨヒメから語られた話ではあるが……それでも今回の事件がルクスの母親をトヨヒメが恨んだ末の事件だったことは間違いない。


「母上も魔法使いだったから、そこには色んな事情があったんだろう。僕達から見て正しいと思ったことでも……そのトヨヒメという人からすれば大事な人を奪った憎い相手だったんだ。矛先が僕にいってもおかしくない」

「そうね」

「でも、少し嬉しかった」

「え?」

「母上に向けられる恨みをほんの少しだけでも、僕が受けることができたからね。そりゃ死ぬのはごめんだし、呪法を送られ続けた時は痛くて死にそうだったけど……母上に何もしてあげられなかった僕からすれば少し嬉しいとも思うんだ。自己満足だけどね」

「……そう」


 どんな人だったの、と聞きそうになってぐっとこらえた。

 それを聞くのは今じゃない気がするとエルミラの胸の中がざわざわと騒いだからだ。

 それを聞くのはきっと私が、エルミラが、この先にちゃんとしっかり踏み出してから。

 恋心を自覚しただけで一歩前進だ、と満足するのも選択肢の一つだが……それで胸の炎が落ち着くとは思わなった。

 隣同士に座る二人。

 その距離は近くて遠い数センチ。

 ほんの少しでも近づけと、ルクスの話が終わるとエルミラは口を開いた。


「ねぇ……ルクス」

「うん?」

「次の帰郷期間……あんたと一緒に行ってもいい?」

「――――」


 ルクスは、まさか、とでも言いたげな表情だった。

 絶句して声も出ず、ぱくぱくとしている口がどれだけの驚愕だったかを物語っている。

 とはいえ、勇気を出したエルミラ側からすれば早く返事を貰いたいわけで……ルクスの思考が停止している間、エルミラは頬を染めながら答えを待った。


「……駄目、かな?」

「あ、いや……その、驚いて……」


 動揺を表すように、ルクスは金糸のような髪を乱暴にかいた。

 彼なりの照れ隠しだろうか。似合わないな、とエルミラは思いながらもルクスが次の言葉を言ってくれるのを待つ。


「えっと……うん、是非オルリック領にきてくれ。大歓迎だよ」

「ほんと!?」

「ああ、父上もきっと喜ぶ」

「へへ……よかったぁ」


 ルクスからの答えを聞いて、エルミラは嬉しそうにはにかむ。

 その表情に、ルクスの心臓が跳ねた。


「えっと、どういう……意味に捉えたらいいのかな?」


 ついルクスは聞いてしまう。

 それが野暮なのだとわかっていても信じられないという気持ちがそうさせる。


「言わないと……わかんない?」


 問われたエルミラはというと、首を傾げて照れがちにそう答えた。

 染まった頬はエルミラの赤い瞳によく映える。

 そこからは何も言わず……二人はテーブルの下でどちらからともなくそっと手を重ねた。

 エルミラは触れた手を引き寄せるようにして、きゅっと握った。

 自分がいたい場所。

 自分が守った場所。

 眩かったはずの彼が、今はこんなにもはっきりと見えている。

 二つが重なる温もりを確かに、この手の中に感じられている。

 きっともう二度と――あの悪夢を見ることは無いだろう。


 やがて、恥ずかしくなったエルミラが頬を染めながらルクスをちらっと見ると、ルクスもまた照れているのか、その頬をほんのりと染めていた。

 そんな近付いたのかぎこちないのかわからない互いが少しおかしくて、エルミラはつい笑ってしまう。

 エルミラの笑い声の中には心底からの笑顔の時だけ見える……可愛らしい八重歯が、その顔を覗かせていた。

第六部『灰姫はここにいる』完結となります。

エルミラをメインに据えた回となりましたが、いかがだったでしょうか?この作品一番の長編である第五部の後ということで自らハードルを上げたような感覚に陥っていたのですが、素直に書けて今とても安心しております。

第五部完結ということで、感想や下部にある☆の評価、ブックマークやレビューなどの応援を是非よろしくお願い致します。これを機に自分の事も少しだけ応援してくれたら嬉しいです。

読了報告なども嬉しいので、是非。


予告通り、エピローグ後は短い番外を二つほど投稿しようと思います。

その後、第七部のプロローグを予告がてら更新致します。

ここまで書けたのも、そしてこれから書こうと思えるのも皆様の応援のお陰です。

どうかこれからも「白の平民魔法使い」をよろしくお願い致します。

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神回
[気になる点] このまま行く所まで雷光の勢いで燃え上がっちまぇよ2人ともよぉ……!!
[良い点] 色んなところが熱々でいいですねw
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