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【書籍化】白の平民魔法使い【完結】   作者: らむなべ
第六部:灰姫はここにいる

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429.手を伸ばして

「『不可侵(ノナス)無き炎猫(・カプノス)』!」


 エルミラは自身が唱えられる最も強力な強化……獣化の魔法を唱える。

 エルミラの瞳は赤い魔力光で輝き、纏う魔力光は逆立つように輝きながら火へと変わる。

 唱えた獣化は使い手の両手両足に爪を授け、エルミラの体勢は荒々しい前傾姿勢へと変わった。


「がぁっ!!」

『獣化……!』


 エルミラは地面を蹴り、黒い霧を引き裂きながら佇む怪物(トヨヒメ)へと駆ける。

 みしみし、と筋肉が悲鳴を上げる音が耳に届くも、エルミラに躊躇(ちゅうちょ)は無い。

 複数の強化を無理にかけた反動がエルミラの身体に負担を強いる。

 さらに――


「【暴走舞踏灰姫(イグナイテッドシンデレラ)】!!」

『――!?』


 トヨヒメの目前で唱えられる血統魔法。

 鬼胎属性の黒い霧に対抗するかのようにエルミラの周囲に灰が舞い、ドレスとなってエルミラを着飾った。

 地を駆け、トヨヒメに到達するまでに唱えられた"放出"の速度はエルミラにとっての最速。

 エルミラとトヨヒメの距離は瞬時に詰まり、龍の鱗と灰のドレスがぶつかり合う――!


『高位の獣化に血統魔法……ファフ様の魔力下でよくぞ唱え切ったものです』

「上からもの言ってんじゃねえわよ!!」


 エルミラの右手は獣化によって現れた爪と、その上には血統魔法の灰が纏ってある。

 引き裂くようにエルミラが爪を振るうと、トヨヒメも龍の爪を振るって迎え撃つ。

 爪と爪がぶつかる。まるで剣と剣がぶつかり合ったような金属音が辺りに響くと同時に、灰による爆発が起こった。

 両者の手の間で起こった爆風は火花を散らし、二人の身体を弾くようにのけぞらせる。


『爆発が――!?』

(一撃に全部注ぐ――!)


 先に体勢を整えたのはエルミラのほうだった。

 トヨヒメは爆発を予期できなかった分、立て直しが一瞬遅い。それもエルミラの狙い通りだった。

  自身の血統魔法だからこそわかる正確な爆発の瞬間。そして獣化によって得た反射神経と体捌きが、体勢を崩したトヨヒメの隙を突く瞬間を作り出す。

 ……先の龍の息(ブレス)を見てエルミラは悟っていた。

 この魔法生命の力は大嶽丸のように様々な能力を持つ術を凝らすタイプではなく、大百足と同じくその身の"現実への影響力"で圧殺するタイプ。

 ならば……下位の魔法でいくら小細工を弄してもトヨヒメの鱗は貫けない。

 必要なのは最速でその命まで到達させる最大火力。魔法生命の核が無いのなら尚更狙うは本体へのダメージ。

 

「経験ならこっちが上みたいね!!」

『っ――!』

 

 体勢を崩したトヨヒメとの距離を即座に詰め、エルミラの左手がトヨヒメの首を掴む。

 手にある炎の爪が首の鱗を貫ければよかったが、いくら上位魔法に数えられる獣化でもその硬さには太刀打ちできない。

 やはり必要なのは通常の魔法とは一線を画す血統魔法。

 ドレスだった灰が渦となってエルミラの右腕に集まる。


「い……ぎっ――!」


 突如、エルミラの左腕に激痛が走る。

 トヨヒメの龍の息(ブレス)によって焼けた左腕。痛むのは当然だが、今走るのはそれとは別の痛みだった。内側から牙を立てられたかのような感覚にエルミラは表情を歪める。

 見ればエルミラの左腕には炎属性の赤い魔力光とは別の、黒い魔力光が灯っている。


『馬鹿な人――! すでにファフ様の呪法はあなたの腕に刻まれているというのに!!』


 走ったのは攻撃を許さぬ呪いの痛み。

 エルミラの左腕は先程の龍の息(ブレス)によって強制的に呪法が刻まれている。


「んなもん……! 知るかぁあああ!!」


 だが、そんな事でエルミラは止まらない。

 呪法に逆らった者がどうなるかを知っていても勝機はこの瞬間しかない。

 激痛の走る左腕の力はさらに強くなり、トヨヒメを絶対に逃がさないという意志を見せる。

 全ての灰が集約した右腕が狙うのは鱗が一番少ないトヨヒメの顔だった。


「ぶっ飛べぇえええ! 糞女ぁ!!」

『っ――!』


 繰り出されるは痛みを無視した躊躇の無い一撃。

 力を込めたエルミラの右腕がトヨヒメの顔面へと叩きこまれる。

 獣化によって強化された筋力によって繰り出された拳はトヨヒメへと到達し、その瞬間二人を中心に大爆発が巻き起こった。

 集約された灰はトヨヒメの隙を作った時とは比べ物にならない轟音を立て、爆風が中庭一帯に広がる。


「あぶっ……!」


 爆風による勢いでエルミラは吹き飛ばされ、ごろごろと地面に転がる。

 土と(すす)で顔も制服も汚れるが、そんなもの気にしている余裕は無い。

 がばっ、と顔を上げ、先程まで自分とトヨヒメが立っていた場所へと目を向ける。

 今の一撃がエルミラにとっての最大火力。

 爆発によって生じた黒煙が中庭に広がりながら空へと上っていく。


「ぁ……」


 その黒煙の中から、それは歩いてきた。

 黒い霧を引き連れて。


『本当に、お見事ですね』

「こ、この……! 化け……物め……!」


 賞賛の声とともに歩いてくるトヨヒメ。

 立ち込める爆発の熱と黒煙の中から平然と歩いてくるその姿は拭えぬ悪夢のようだった。

 口の端から血を流し、着物こそ吹き飛んでいるものの、纏っている紫の鱗とその

命は健在。

 今できる最大をぶつけての結果はエルミラにとって絶望でしか無かった。


『自身の血統魔法への理解度、勝利のためにと戦略を組み立てられる冷静さ、獣化を使いながらも安定した"現実への影響力"を保つ技量、ファフ様の呪法にも屈しないその精神力……あなたが優秀な使い手であることは間違いありません。常世ノ国(とこよ)であれば主王から直々にお声が掛かってもおかしくないでしょう』

「そりゃ、どうも……」

『ですが、優秀であるだけでは越えられないのです』


 そう……優秀で越えられる程度の力なら、一国は滅びない。町は崩壊しない。国は脅かされない。

 それが魔法生命。異界に刻まれた恐怖の記録。

 この世界に渡ってきたのは、その伝承一つ一つが人の世を脅かせる……紛れも無い怪物である。


『ファフ様の偉大なる御力は!!』

「っ……が……!」


 トヨヒメに生える尾が動き、起き上がるエルミラの体に叩きつけた。

 骨が軋み、ひびが入る音がする。

 紫の鱗はまるでやすりのように受け止めた右腕の皮膚を削いだ。


「ご、の……! 『炎竜の息(ドラコブレス)』!」

『今更そんなものが効くと思いましたか!? 本物に偽物をぶつけるなどと!!』

「ごぶっ……! あ……がっ……!」

『これが最初の四柱ファフニール様の御力! そしてトヨヒメの愛! 人間一人が受け止めようなどと元より無理なお話なのです!!』


 エルミラの右腕から放たれた熱線をトヨヒメはいとも簡単にその爪で引き裂く。

 トヨヒメはしなる尾を再びエルミラに叩きつけた。鞭よりも鋭く、鉄球よりも重い一撃がエルミラの体に圧し掛かる。

 鮮血が舞う中、龍の爪がエルミラの強化を引き裂く。紫の鱗が皮膚を削ぎ、人に無いはずの龍の尾がエルミラの肉体に致命的なダメージを負わせ、龍の爪にある毒がエルミラの体を蝕んでいく。

 エルミラはかろうじて維持している獣化で抵抗するも、トヨヒメの一撃一撃を防ぎきれない。

 強化された体も、攻撃魔法も、獣化すらも関係ない圧倒的な"現実への影響力"による侵略。

 小細工など何処にもなく、半魔法生命と化したトヨヒメの純粋な生物の力によってエルミラの身体が追い詰められていく。


『尻尾を巻いて逃げるというのなら見逃してあげてもよろしいですよ? あなたの命は正直、あってもなくても変わりませんから』

「だれ、が……! 逃げるがああ!」


 痛みと血が危険信号を発し続ける。みっともなく逃げても生きるべきだと本能が警告する。

 それでもエルミラはトヨヒメと殴り合い続けた。

 いや、殴り合っているという言葉すらもう正しくない。

 その光景はすでに一方的過ぎる蹂躙。

 土と煤に塗れていたエルミラの体は、トヨヒメの一撃ごとに赤い液体で上書きされていく。


『見逃してさしあげるというのに……トヨヒメの慈悲すら受け取らぬというのなら、本当に死者になるしかありませんね?』

「わだしが逃げてもルクスが死ぬだけで……にげでも……! なにも、がわらないじゃないのよ!!」


 歯まで血で染まるほど血を吐きながらエルミラは叫ぶ。

 涼しい顔のトヨヒメとは対照的な痛ましい表情。

 トヨヒメが差し出した最後の逃げ道もエルミラは放棄した。


『逃げなくても、何も変わりませんよ。死者が二人に増えるだけのお話。あなたもルクス・オルリックも……今日ここで短い人生を終えるのですよ!!』

「っづ――!!」

 

 トヨヒメに殴りつけられたエルミラの頭から、ゴン!! と鈍い音が鳴る。

 生き物の頭から鳴るにはあまりに不吉で致命的な音。

 同時にエルミラの体に力が入らなくなり、足は崩れ、その場で膝をつく。

 恐怖が顔を覗かせ、死がよぎる瞬間だった。

 そんなエルミラに止めを刺すべく、トヨヒメは尾をエルミラに叩きつけ続ける。

 繰り出される乱打にエルミラはまともに抵抗することすらできなくなり、ついにはただトヨヒメの攻撃を受け続けるだけとなった。


(ごめん……ごめん……! みんなごめん……!)


 自身の死がよぎったエルミラが心の中で呟いたのは、謝罪だった。


(ごめんアルム……! ごめんミスティ……! ごめんベネッタ……! ごめん……! ごめんルクス……!)


 トヨヒメの怪力と"現実への影響力"を押し返せる魔法はエルミラには無い。

 怪力の両腕によって絶えず殴りつけられ、そこらの建物なら砕くであろう尾を受け止め、その一撃一撃でエルミラの身体とその下の地面が砕けていく。

 押し返す気力ももう無く、ただその命の残り火で戦いを引き延ばすのが精一杯。

 薄れゆく意識の中、自分が死んで悲しむであろう友人達と自分の手で助けたかった少年に、エルミラは涙を流しながら謝罪を繰り返す。


『抵抗が弱くなっていますよ? そのまま潰れるおつもりですか?』

「るっ……ぜえええええええええ!!」


 霞む視界。毒で焼ける肌。削がれていく肉に飛ぶ鮮血。

 だが、その痛々しい傷のどれもがエルミラの流す涙とは関係ない。

 エルミラの涙はただ自分の無力から。止まらない涙には悔しさがにじみ出ている。

 自分では無理だった。

 戦って、守って、それが限界。自分では誰も救えない。

 手を伸ばしても、届かない。

 届かない。自分では――届かなかった。

 ああ、もしここにいるのが自分以外の誰かだったら――


「なんでわたしじゃ……助けられないのよ……」


 少女は悲しく呟いて、トヨヒメの薙ぐように放たれた尾の一撃に耐えられず横に吹き飛ぶ。

 エルミラの体は赤い血を中庭に振り撒き、意思を持たない人形のように地面に叩きつけられてそのまま動かなくなった。

 トヨヒメは動かないエルミラを見て、立ち上がるのを一瞬待つが……動く気配は無かった。

 少し歩いて、トヨヒメは地面に寝そべるエルミラの顔が覗ける位置まで移動する。


『……まだやりますか?』

「…………」


 返答はない。

 ただ一人、呪詛の怪物に立ち向かった少女はもう声すら出せないほどに限界だった。

 たとえ出せる気力があったとしても、その喉はすでにまともに発声もできない。

 強化によってかろうじて五体を保つ肉体からはゆっくりと、赤い命が流れ出ていく。


『もう終わりですね?』

「…………」


 かろうじて生きているだけのエルミラの顔には生気が無く、ただ冷たい涙が流れるばかりだった。

 友達一人……大切な人一人も助けられない絶望が苦い記憶と合致する。


"あなたがいるからなんだっていうの?"


 母とも呼びたくない女の声がエルミラの頭の中に響く。

 自分には何も無い。

 ミスティのような才能も無い、ベネッタのように誰かを認めさせるものも無い。

 アルムやルクスのように……誰かを救える力も無い。

 あの時出て行った母の言った通り、自分がいても何かが変わることは無く……それが死ぬよりも悔しかった。

 

『さようなら、エルミラ・ロードピス。たった一人の勇敢な御方。せめて……あなたが最後の敵だったことに意味がありますように』


 最後まで戦い続けたエルミラにトヨヒメは手向けの声を送る。

 トヨヒメと周りで戦いを見ていたローチェントの生徒達に見つめられながら……ずっと走り続けていた少女は虚ろな目のまま、その意識を閉ざした。

 

 











 闇の中に赤い瞳が浮かぶ。

 そこは真っ暗で何も無い。

 夜なのか――それとも何も見えないのか。

 奇妙なことに、自分の姿だけは鮮明に見ることができた。

 現実とは違って、傷一つ無い。


「…………今度は声出せるのね」


 ベラルタで見た見覚えのある悪夢だった。

 違いは今回は声が出せるし、動けるということ。

 柔らかい感触のする右手を開くと、前回と同じくそこには灰が握られていた。

 さらさらと下に落とそうとすると、舞うように周囲に飛んでいく。

 体にざらつく何かが張り付いている。それもやっぱり灰だった。


「ここは……? それに……トヨヒメは……?」


 何故自分は今夢を見ているのだろうか?

 正直……今あの母親の言葉を聞くのは堪える。

 戦って、守って……結局は誰も救えなかった。ルクスを助けられなかった。

 ただでさえあの言葉を聞くだけで最悪な気分になるというのに、自分の無価値を突き付けられた今は特に聞きたくなかった。


『…………って……』


 何処からか声が聞こえて来た。

 前と同じだ。

 恐らくは……自分は意識を失って、そのまま夢を見ているのだろう。

 もしかしたら、母親のあの言葉を聞かされてそのまま死ぬのかもしれない。


「ほんっと……死ぬ時まで最悪なのね……」


 目を閉じて呟いて、いつあの言葉が聞こえてくるとかと身構える。


『やっと繋がった。ったく……死にかけてようやく繋がるってどんだけあの記憶が邪魔してたのよ』

「え?」


 しかし、聞こえてくるのは前回の悪夢とは違う声だった。

 声と一緒に、こつ、こつ、とヒールの音がゆっくりと近づいてくる。


『ま、でも……こういういい子ちゃんにはお節介の一つもかけたくなるじゃない?』


 真っ暗な空間を歩いてくるのは一人の女性だった。

 鮮やかな赤い髪と紅石のような瞳はその女性が着飾っている豪奢なドレスすら霞ませていて、自信に満ち溢れた女性の表情と歩いてくるヒールの音がその女性の存在感を際立たせている。

 たとえこの場が百人以上が踊る舞踏会の会場だとしても、その振舞いだけで他全ての存在を喰い、周囲の目を惹き付けてしまいそうな。


「あんた……誰……?」


 見惚れながら、エルミラが問う。

 問われた女性は右足を少し前に出しながら、尊大に笑った。


『ほら、(かしず)いて靴にキスくらいしなさいな。私は"シャロン・ロードピス"。光栄に思いなさいお嬢ちゃん? あんたの御先祖様がほんの少しだけ……助言しにきてやったわよ』


 見知らぬ女性のその名前をエルミラが知らぬはずがない。

 その名はエルミラの家名であるロードピス家最初の一人。

 三五〇年前に貴族として成り上がり、ロードピス家を作り上げた先祖の名前だった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

ここで一区切りとなります。

次の本編更新から第六部最終章「灰姫はここにいる」の更新を開始します。応援よろしくお願いします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] エルミラはすごい。 やはり現状ですと主人公メンバーではアルムの次くらいに戦えてる魔法使いなのかと思ってます。ミスティ、ルクスの方が歴史は上ですが、ファフ様の魔力内かつこれだけ激情してる中で…
[良い点] まだだ! エルミラはまだ戦える! 彼女の力はこんなもんじゃない! と、思っていたら、御先祖様登場! エルミラは御先祖様の血を色濃く継いでいるみたいですね(笑)
[良い点] 圧倒されていても諦めずに抵抗し続けたエルミラ 過去の経験を基に獣化+血統魔法の一点集中で必殺を狙った点 [気になる点] ファニアさーん! ボロボロのエルミラがそれでも頑張っているのに、貴方…
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